魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第二十話 イリアムの帰還

 一度零れると次から次へと涙が溢れてくる。

 涙が零れるごとに、心に蓄積していた色んな気持ちが流れていくようで、私は静かに涙を流し続けた。

「あー、泣かせたかったわけじゃないんだがなあ」

 ポロポロ泣く私を前に、ジェイルは困ったように頭を掻いている。私も困らせたいわけじゃないのよ。だけど止まらないの。そう視線で訴えると、分かってると言うようにジェイルは小さく笑って頷いた。


 ジェイルは躊躇いがちに瞳を揺らすと、そっと指を私の目元に伸ばして――


「何をしている」

 冷たい声に縛られたように固まった。

「え……イリアム、さま?」

 待ち焦がれた声に弾かれたように顔を上げると、ジェイルの後ろには厳しい顔をしたイリアム様が佇んでいた。騎士服姿のままで、前髪はぴしりと後ろに撫で付けられている。

「なぜ、ソフィアが泣いている」

 イリアム様の氷のような声に、ジェイルはばつが悪そうな顔をして手を引っ込めた。そして素早く立ち上がり、何も言わずに頭を下げた。

「本当に、イリアム様…?」
「ああ。ただいま、ソフィア」

 私は信じられずに再びイリアム様の名前を呼んだ。
 厳しい表情でジェイルを見据えていたイリアム様は、私に視線を移すと破顔して応えてくれた。

「イリアム様っ!」

 私は飛び出すように立ち上がると、イリアム様に抱きついた。イリアム様はギョッとしつつも躊躇いがちに肩に手を置いてくれる。

「ご無事で…ご無事で何よりです。お会いしたかったです」
「ソフィア…ありがとう。君の存在が心の支えになってくれたよ。手紙は無事に届いていたかい?」
「はい…はいっ!あ、私お返事を書いたんです。後ほどお持ちしますので、受け取ってくださいますか?」
「返事…?ああ、もちろんだ。嬉しいよ」

 イリアム様の胸の中で顔を上げると、こちらを見ていた彼と視線が絡んだ。イリアム様はフッと笑みを漏らすと、親指の腹で涙を拭ってくれた。

 イリアム様の目は少し充血していて、目の下にはクマもできている。心なしか少し痩せた気もする。やっぱり過酷な遠征だったのね。本当に無事に戻ってきてくれてよかった。

「あの、騎士団の皆様は…」
「ああ、みんな無事だよ。一人も欠けることなく帰還した」

 私の言わんとすることを察し、イリアム様は安心させるように微笑んだ。その言葉を聞いて私も安堵の息を吐く。

「あっ…!おかえりなさいませ」
「エブリン」

 その時、膝掛けを取りに行ってくれていたエブリンが戻って来て、イリアム様を視認すると深く頭を下げた。

 そして私の顔を見て、困ったように眉根を下げた。そりゃそうよね。私の顔は涙でぐちゃぐちゃになっているはずだもの。

「わり、泣かせたのは俺だわ」
「はあっ!?」

 正直に白状したジェイルに、エブリンは目をひん剥いた。そのあまりの変わりように思わず吹き出してしまう。

「ふっ、あはは!エブリン怖い顔してる」
「ソフィア様…はあ、積もる話もあるかと思いますが、まずはお化粧直しいたしましょう」
「ええ、お願いするわ」

 私はそっとイリアム様から離れ、崩れた化粧を今更ながらハンカチで隠した。流石にボロボロの顔をお見せするのは恥ずかしいもの。

「あの、お疲れだと思いますが…後ほどお部屋をお訪ねしてもよろしいでしょうか?」
「……ああ、もちろんだ。今からスミスと不在にしていた間の報告を受けるから、部屋で待っていてくれ」
「はい、では後ほど」

 私はエブリンに連れられて屋敷へと戻った。

 

◇◇◇

 残されたジェイルは、気まずげに頭を掻いた。
 イリアムの怒気がひりひり肌を刺激するのだ。

「……勘違いしないでくださいよ。俺は姫さんとは別に好きな女がいますんで」
「ほう…?」

 未だにジェイルへの敵意を納めないイリアムは、半信半疑といった様子でジェイルを睨んだ。この場を言い逃れるための嘘ではないかと疑っているのだ。

「ジェイルっ!ソフィア様に何言ったのよ!?」
「げっ、エブリン」

 その時、ソフィアを他の侍女に任せたのか、エブリンが鬼の形相で戻ってきた。
 
 ジェイルは面倒そうにしつつも、その目に慈愛の色が滲んでいることにイリアムは気付いた。

「……なるほど」

 口元に手を当てたイリアムは、ようやく厳しい雰囲気を和らげた。誤解が解けたとホッとしつつも、気まずそうにジェイルは視線を逸らした。

「ま、そういうことなんで、心配無用ですよ」
「そのようだな。早とちりした。すまない」
「なに?何の話?」

 男二人で顔を見合わせてクククと肩を揺らしていると、一人理解が追いついていないエブリンが戸惑いがちに二人の顔を交互に見てジェイルの服の裾を引いた。

「男同士の大事な話」
「ええー」

 ジェイルの回答に不服そうに頬を膨らませるエブリン。
 彼女もまた、ソフィアの前では見せない表情をしていることにイリアムは気付く。

「まったく、いつも言ってるけどジェイルはね…!」
「げ。それ長くなる?」

 この様子だと、本人に自覚があるかは不明だが、うまくまとまって欲しいと、そう思いながらイリアムはソフィアを支える大切な人達を見つめた。
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