魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第二十一話 欠けたページ

「まったく、落ち着いてください」
「でもぉ…」

 自室に戻って化粧を直した私は、部屋の中を行ったり来たり落ち着きなく歩き回っていた。

 忘れ物をしたとかで中庭に行っていたエブリンも戻って来ており、ソワソワと浮き足立つ私を見兼ねて声をかけて来た。

 落ち着けと言われても、イリアム様からの呼び出しを今か今かと待っているのだもの。落ち着けるわけがないわ。話したいことや聞きたいことがたくさんある。でも、遠征から戻ったばかりのイリアム様の迷惑にはなりたくない。


 さっきから私は自分の欲望と葛藤しているのだ。


「ふぅ…何だか緊張しちゃうわ。本を読んで気持ちを落ち着けようかしら」
「それがいいですね」

 ソワソワ疲れしてしまいそうなので、私は机の引き出しから初代当主様の本を取り出してパラパラと開いた。

 イリアム様が居ないこの一ヶ月間、毎日読んでいた本。もう十周は読んだだろうか?要所要所の内容を覚えるほどには読み込んでいた。

 本には当時の国や国民の様子から、魔竜が消滅した後の復興の様子まで細かく記録されていた。


 だけど、喉の奥に小骨が引っかかったような違和感を感じるのよね。本当に大切なことが記されていないような…


 この本のこともイリアム様に聞こう。
 そう頭で考えてからハッとする。

「ああっ、もう!またイリアム様とお話しすることを考えているじゃない!」

 コンコン

 私が頭を抱えて机に突っ伏したタイミングで、イリアム様の部屋へ繋がる扉がノックされた。

 私はバッと顔を上げて扉を見た。

「ソフィア、待たせた。今、いいか?」
「イリアム様っ!はい、大丈夫です!」

 私が扉に駆け寄っている間に、エブリンは綺麗なお辞儀をして私の部屋から出て行った。テーブルの上には中庭で食べ損ねたお菓子と紅茶が用意されていた。
 私は心の中でエブリンに感謝しつつ、ドキドキ高鳴る胸を押さえて扉を開けた。

「…やあ」
「こんにちは。イリアム様」

 つい先ほど会ったばかりなのに、何故だがイリアム様のお顔が見れない。私はモジモジしながら、テーブルを指さした。イリアム様はそれだけで私の言いたいことが分かったのか、躊躇いつつも、「では…」と私の部屋に足を踏み入れた。

 遠征前はイリアム様のお部屋にお邪魔したけれど、自室に招くのは初めてである。一緒に屋敷で過ごしたのは僅か二日だから当たり前と言えば当たり前なのだけれど。

 私の部屋の真ん中にはローテーブルが置かれており、今はそこに煌びやかなお菓子やティーセットが並んでいる。そして座面の低い二人掛けソファが並んで置かれており、私たちは少しの隙間を開けて並んで腰を下ろした。


 沈黙が部屋を支配し、私たちはお互いにまっすぐ前を見据えたまま動けずにいた。


 うう…何だか緊張する…前よりもイリアム様が魅力的に見えるのは何故かしら。


 しばしの沈黙の後、イリアム様が徐に口を開いた。

「その…元気だったか?」
「あっ!はい!げ、元気モリモリです」

 私は慌ててイリアム様に身体を向けて、両手で力こぶを作って見せた。イリアム様は目を瞬き、すぐにプッと吹き出してしまった。少し張り詰めていた空気も和んだ気がする。

「ははっ、そうか。それならよかった」

 イリアム様の笑顔が、以前より眩い。
 私は至近距離に見る殺傷力の高い笑顔に目を眇めた。

「あっ!そうだ、手紙…」

 私は慌てて立ち上がると、机の上に置いていた木箱を手に取った。そしてソファに戻ると、改めてイリアム様に身体を向けて自分の膝の上に木箱を置いた。

「ああ、さっき言っていた…貰ってもいいのか?」
「はい、イリアム様を想って書きました……その、恥ずかしいので後でお一人で読んでください」
「分かった。嬉しいよ、ありがとう」

 イリアム様は本当に嬉しそうに頬を赤らめて木箱を受け取ってくれた。
 そして愛おしそうに木箱の蓋を撫でている。何故か自分の頭を撫でられた気分になって頬に熱が集まってしまい、ぶるぶる頭を振って熱を逃した。

 私はイリアム様の手紙に何度も励まされたし支えられた。そのことが少しでも伝わればいいな。

「遠征、大変でしたよね?なのに手紙まで…私、とても嬉しかったです。イリアム様のお手紙があったから、この一ヶ月信じて待つことができました」
「よかった。…俺の自己満足にならなくて」
「え?」
「あ、いや、何でもない。大事に読ませてもらう」

 イリアム様は少しだけ気まずそうに瞳を揺らしたものの、すぐに優しい笑みを向けてくれた。


 その後、遠征先で見た光景や民の様子、騎士団員の面白おかしい話、公爵家でのささやかな出来事など、私たちは離れていた時間を埋めるように小一時間ほどお互いのことを話した。

「その本…読んでくれているのだな」

 不意にイリアム様が机の上に置かれた本に視線を投げたので、私もつられてそちらに目をやる。

 初代当主様の本。
 私は再び立ち上がり、本を取りに行く。

 パラパラと捲りながらソファに腰を下ろして、私は気になっていたことを尋ねてみた。

「あの…この本は、代々大切に受け継がれてきたもの、ですよね?」
「ああ。何か気になることでもあるのか?」

 イリアム様の問いに、私は僅かに躊躇った。もし今から言うことが間違っていたら、イリアム様のご先祖様を侮辱することになってしまう。

 私は覚悟を決めてごくりと生唾を飲み込んだ。

「その……誰かが、ページを意図的に抜いた…というのは考えられないでしょうか?」
「なに…?」

 恐る恐る発した言葉に、イリアム様の目が鋭く細められた。

 私は該当のページを慎重に、グッと繋ぎ目が分かるように開いた。そしてその繋ぎ目を指でなぞった。

「やっぱり…ここ、ページが欠けているようです」

 イリアム様が怪訝な顔をして私の手元を覗き込む。

 国中に魔力が満ちて負の感情が蔓延っており、その状況下で魔竜が姿を現したという記述。そして次のページには『封魔の力』により魔竜が消滅し、魔力が霧散したという記述。その間にはやはり今はなきページが存在していたように思える。

「どのようにして魔竜が姿を現し、そしてどのようにしてその魔竜を消滅させるに至ったのか…そこの記述があまりにも薄いように思うのです。後世に残すためなら、もっと詳細に記録されるべきことなのに」
「確かに…概要は記されているが、魔竜を消滅させる手法についても『封魔の力』としか書かれていないな。『封魔の力』ばかりに気を取られて気が付かなかった」

 私の指摘に、イリアム様も顎に手を当てて思案顔になる。


 もし、もし…こんな仮の話考えたくもないけれど、現代において、魔竜が再び顕現し国を蹂躙するならば、『封魔の力』が国の明暗を左右する。


 本当に私にその力があるのなら、私は知らねばならない。この力の使い方を――
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