魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第二十二話 ソフィアの手紙(イリアム視点)

 遠征から一人も欠けることなく帰還した。

 流石にキツい遠征だった。
 騎士団の面々も疲労困憊だ。幸い誰も魔力が暴走することはなかったが、油断は大敵だ。団員達にはしっかり休んで疲れをとって欲しい。

 国王に帰還の報告だけ簡単に済ませた俺は、団員に帰宅を命じ、すぐに公爵家に戻った。


 一分一秒でも早くソフィアに会いたかったから。
 無事な姿を見せて安心させたかったから。


 屋敷に着いてスミスに尋ねると、ソフィアは中庭でお茶を楽しんでいるようで、着替えもせずに中庭に向かった。

 逸る気持ちを抑えてはいたが、自然と早足になった。


 ソフィア。君の笑顔が早く見たい――


 だが、そこに居たのはボロボロ涙を流すソフィアで、至近距離に護衛騎士のジェイルの姿があった。あろうことかジェイルはソフィアの涙を拭おうとしており、俺の中にぶわりと嫉妬心が燃え上がった。

 ――結局俺の早とちりだったが、あまりの余裕のなさに自分でも笑えてしまう。ソフィアのこととなるとこれほど盲目的になろうとはな。



 その後スミスに不在の間の様子を聞き、ソフィアが不自由なく屋敷で過ごせていたようで安心した。
 公爵家の使用人達とも打ち解けて、仲良くなったようだった。積極的に勉強にも励んでいたようで鼻が高い。流石はソフィアだ。公爵家の役に立ちたいと仕事の申し出をしたらしいが、そこは追々でいいと思っている。しばらくソフィアにはのびのびと過ごして欲しい。


 用事を済ませ、ソフィアの部屋に足を踏み入れた時、情けなくも俺の心臓は早鐘のようにうるさく鳴り響いていた。二人がけのソファに並んで座り、緊張で身体が硬くなった。

 だが、ソフィアと話しているうちにすぐにぎこちない雰囲気は和らぎ、心地よい時間が流れた。
 やはり彼女の隣は癒される。遠征先で浴び続けた余剰な魔力や負の感情が浄化されていくようだった。

 ソフィアは俺の手紙に対して返事を(したた)めてくれたらしく、丁寧に木箱に入れられた手紙を渡してくれた。じん、と胸が熱くなった。照れ臭そうに微笑むソフィアは、俺の手紙が支えになったと言った。


 その後、僅かな時間だがお互いの近況を語り合った。

 初代当主様の本について、ソフィアが指摘したことには驚かされた。言われてみれば仔細に欠けているようにも思える。ソフィアもかなり気になっている様子だったし、俺の方でももう少し当時の資料がないか探してみなくてはならないな。

 こうして二人の時間はあっという間に過ぎていった。
 離れた時間を埋めるには到底足りなかったので、思い切って就寝前に前のように自室で話さないかと誘ったら、ソフィアは嬉しそうに笑顔を弾けさせた。それだけで胸が温まるのだからソフィアは凄い女性だ。




 夕食後、素早く湯浴みを済ませた俺は、ソフィアが訪れる前に彼女の手紙を読んでおきたいと思い、割れ物を扱うように木箱の蓋を開けた。
 そこには四通の手紙。俺が出したのも四通だったからそれぞれが返事になっているようだ。日付が記されているので古いものから手に取った。
 丸みを帯びた可愛い文字が彼女らしい。それを目にしただけでも口元が緩んでしまう。

 手紙の内容は、公爵家での出来事や、本で学んだ知識、俺の身を案じる言葉など、思いつくまま書いたのだろうなと思えるほど支離滅裂だったが、そこがまた愛おしかった。一生懸命ペンを走らせる姿が容易に想像でき、ますます笑みが深まる。
 どの手紙からも俺のことを大切に想ってくれていると伝わってきて、危うくソフィアも俺と同じ気持ちでは?と勘違いしそうになった。

 真っ白な雪のように純情無垢なソフィア。
 叶うならば彼女を無下に扱ってきた王家とは二度と関わりを持たせたくない。社交界も最低限の参加に留め、この公爵家から出したくない…そう思ってハッとした。

「……それだと離宮での過ごし方と変わらないじゃないか」

 彼女は外の世界を見たいと望んでいた。
 手紙にも無事に帰った暁には王都やそれ以外にも色んなところに一緒に行きたいと書かれていた。

 俺はグシャリと前髪を掻き、自嘲した。

 ソフィアは籠の中の鳥じゃない。
 危険から遠ざけるために閉じ込める権利など俺にはない。彼女に降り掛かる火の粉は俺が払えばいい。彼女の笑顔がいつまでも曇ることがないように、ずっと側で守り続ける。それが俺の務めだ。

 しばらくは遠征の報告や後始末で忙しいが、落ち着いたら王都の街へ出かけよう。流行りのカフェでケーキを食べて、本屋や雑貨屋を巡り、彼女に似合う花を贈ろう。


 ソフィアは喜んでくれるだろうか?
 いつもの笑顔を俺に向けてくれるだろうか……


 そうだ、夕陽がよく見える丘がある。
 そこで彼女の誤解を解いて、改めてプロポーズするのもいいかもしれない。俺の心はこんなにもソフィアでいっぱいなのだ。どれほど愛しているか、彼女を求めてやまないか、分かってほしい。スミスにもしっかりと想いを言葉にして伝えろと口うるさく言われていることだしな…

 コンコン

 決意を新たにしていた時、控えめにソフィアの部屋に通ずる扉が叩かれた。
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