魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第二十三話 ガーネットの手紙

 イリアム様の部屋に続く扉をノックすると、間も無く扉が開かれた。

「入ってくれ」
「はい。失礼いたします」

 差し出された手にそっと自分の手を添えて、私は扉をくぐる。作業机の上には木箱が置かれており、その蓋は開いていた。


 手紙、読んでくれたのかな…

 少し気恥ずかしくてソワソワした気持ちになる。


 イリアム様は以前と同様に一人用のソファに私を誘導してくれた。

 対面に腰掛けると、イリアム様はすぐに私の手に持っているものに気が付いた。

「ソフィア、それは?」
「……これは」

 私が恐る恐る差し出したものを見て、柔らかかったイリアム様の表情が強張った。目には憎悪とも思える炎がゆらめき、鋭い視線で私の手元を睨みつけている。


 私が握りしめていたのは、ガーネットお姉様からの手紙。
 流石に内容を検めねばならないと思い、持って来ていた。


「今朝、届いたのですが…一人で見る勇気がなくて。一緒に読んでくださいませんか?」

 イリアム様は片手で額を抑えると、はぁと一つため息を落として、作業机からペーパーナイフを取り出した。

「どうせ碌な内容じゃない。いいか、この女の言うことを間に受けるんじゃない。心無い言葉は毒のように心を蝕んでいく。そんな戯言に君が傷付く必要はない」
「イリアム様…」

 イリアム様は真っ直ぐに私の目を見てそう言うと、断りを入れてから私の手から手紙を取り上げた。慣れた手つきで封を切ると、躊躇いがちに私に手紙を差し出した。

 少し震える手で手紙を受け取り、ふぅーと肺に溜まった息を吐き切り意を決して手紙を開いた。

 イリアム様が手紙を持つ私の手を包み込むように握ってくれて、空いた手で肩を抱き寄せてくれる。そして落ち着かせるようにポンポンと肩を叩いた。

「……ありがとうございます」

 ほっと安心感が胸に広がり、私は手紙に視線を落とした。


 内容はこうだった。

 ――――――
 イリアムがあんたなんかを選ぶなんて本当に愚か。
 遠征が終わったら王城に招いてあげる。感謝なさい。
 遠征から戻った騎士を労う慰労会が開かれるの。
 でも、きっと慰労会じゃなくて告別式になるわ。
 そう、イリアムのね。
 馬鹿は馬鹿らしく遠征先で野垂れ死ぬだろうから。
 真っ黒に焼け焦げているかしら?
 それとも溢れた水で溺死でもしたのかしら?
 雷に焼かれて感電死?どれも酷い姿でしょうね。
 ねえ、結婚して一ヶ月で未亡人になる気持ちはどう?
 本当は二度とあんたの顔なんて見たくないけど、
 打ちひしがれた様を見るのは楽しそうだわ。
 離宮に送られた日のように絶望した顔を見せて頂戴。
 存分に笑ってあげるから。
 ――――――


「……ふぅぅ」

 読み終わった私は深い息を吐いて手紙から顔を上げた。手紙は明確な悪意に満ちており、アハハという蔑むような甲高い笑い声まで聞こえるようだった。何度も向けられた嘲笑は、耳にこびりついたように蘇り反響する。

 チラリと寄り添ってくれているイリアム様の表情を窺うと、何故か口元には笑みが浮かんでいた。

「ふん、下品な手紙だな。やはり俺が遠征先で魔力の暴走を起こして死ぬことを期待していたのか……はっ、残念だな。俺は元気に戻ってきた。こうしてソフィアの元にな」

 手紙に向かって、そして最後は私に向かって言葉を紡いだイリアム様。イリアム様はお姉様に何か嫌なことをされたのかしら?言葉の節々に棘を感じるような…

 イリアム様は視線が合うと、安心させるように優しく微笑んで再び肩を叩いてくれた。

 
 そこで私はあることに思い当たった。


「ま、まさか、遠征って…」

 私は手紙とイリアム様の言葉に嫌な予感を覚えて問おうとした。けれど、言い切る前にイリアム様は答えを口にした。

「そうだ。聞きたくもないだろうが、ガーネット王女は俺を伴侶にと望んでおられた。ずっと断り続けてきた俺がアッサリとソフィアと結婚したものだから嫌がらせをしたんだろう」


 伴侶ということは、イリアム様との結婚を望んでいたということ?お姉様はイリアム様が、好きだった…?


 モヤモヤと得体の知らない黒い感情が胸に広がっていく。


「い、嫌がらせって…!命に関わるのですよ!そんな、嫌がらせで済むことではありません!」
「ソフィア、ありがとう。俺のために怒ってくれているんだな…確かに、ソフィアに出会う前の俺だったら遠征先で倒れて命を落としていたかもしれん。だが、俺の身体はソフィアに癒されていたし、それに心も…あなたのところに無事に帰りたいという強い思いが俺を支え続けてくれた」
「イリアム様…」

 イリアム様の言葉に胸が詰まる。なぜだか喉の奥がぎゅっとして、苦しい。先程覚えた黒い感情がサァッと消えていく。

 私が自分の感情に戸惑っていると、イリアム様は私の手を強く握った。

「なあ、ソフィア」
「はい、なんでしょうか」
「この手紙、要らないよな?」
「え、ええ…正直手元には残しておきたくないです」
「じゃあ貰うぞ」

 えっ、と思った時にはスルリと手紙を抜き取られてしまった。慌てる間もなく、イリアム様は胸の高さに手紙を掲げると、次の瞬間鮮やかな朱色の炎が手紙を包み込んだ。

 イリアム様の魔法だ!と思った時には手紙は跡形もなく燃え尽きてしまっていた。

「よし、ゴミ掃除完了だ」
「ご、ゴミ…」

 酷い言いように思わず目を瞬く。
 だが、少し心がスッとしたのも事実だった。

 確かお昼にジェイルも手紙を燃やそうとしていたわね。存外二人は似たところがあるのかも?と私は見当外れなことに思考を巡らせた。


「さて、手紙の存在なんか忘れて少し話そう。俺はもっとあなたのことが知りたい」
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