魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第二十四話 これは疲れているからであって

 ポカンと呆けたままの私の顔を覗き込み、イリアム様が優しい声音で囁いた。自ずと頬には熱が集まり、私は赤く染まった顔を隠すように俯いた。


 ――誕生日、星座、好きな食べ物に趣味、嫌いな食べ物や苦手なもの、本当に些細なものまで問われるままに答えた。そしてイリアム様もご自身のことをたくさん教えてくれた。
 他愛のない会話が楽しくて、手紙の内容に暗く沈んでいた心が浮上する。


 そしてあっという間に夜も更けてきたので、そろそろ寝ようと言う話になった。

 私は自室に戻ろうと立ち上がったけれど、足が扉へと向かわなかった。何故だかイリアム様の側を離れたくなかった。


 また、添い寝を頼んだら…イリアム様はどう思うのかしら?また一緒に寝てくれると言ってくれたけれど、覚えているかしら…?


 イリアム様は早々に電気を消してベッドに滑り込むと、立ち尽くしている私を不思議そうに見た。

「どうした?寝ないのか?」

 そして布団をめくって首を傾げている。それはまるで、同じ布団に入るように促しているようで、私は驚き目を見開いた。

「えっ!?一緒に寝ても、いいんですか?」

 恐る恐る尋ねると、イリアム様は一呼吸置いて、両手で顔を覆って天を仰いでしまった。

「いや!その、すまない!てっきりまた一緒に眠れるものだと…や、悪い、聞かなかったことにしてくれ」

 あーうーと頭を抱えるイリアム様が可愛くて、私は思わずくすりと笑ってしまった。自室に向けていた足をベッドに向けてイリアム様の元へと歩み寄る。

「一緒に寝ても、いいですか?」
「……ソフィアさえ良ければ」

 遠慮がちに差し出された手を取り、私もベッドに滑り込んだ。

 電気が消えていてイリアム様の顔がハッキリ見えないのが残念だ。今イリアム様はどんな表情をしているのかしら。



「お疲れなのにお話に付き合っていただきありがとうございました」
「いや、俺がソフィアと一緒に過ごしたかったんだ」

 人一人分空けて、ベッドに横になる私たち。イリアム様の方へ身体を向けて心からのお礼の気持ちを伝える。

 イリアム様は何故か、チラチラと私を見ては頭を抱え、天井を睨みつけては私を見ている。
 どうかしたかと首を傾げていると、イリアム様は自分に言い聞かせるように何かを呟いている。

「そうだな、うん、疲れている。だから、これは疲れているからであって…」
「ん?」
「…はぁ、我ながら言い訳じみていて情けがない。ソフィアには情けない一面ばかり見せている気がするな」

 よく分からないけれど、そんなことはないと言おうとした時、イリアム様がくるりと身体をこちらへ倒した。

 暗闇にも目が慣れ、イリアム様の表情がぼんやりと浮かび上がる。暗がりの中でも、その瞳が熱を帯びていることだけは分かった。

「だ、抱きしめながら眠ってもいいだろうか」
「…えっ!?」

 言葉の意味を理解した途端に、私の顔は茹蛸のように真っ赤になってプシュウと頭から湯気が出た気がした。
 ぐるんぐるんと忙しなく視線を彷徨わせていると、「駄目だろうか?」とイリアム様がか細い声で囁き、縋るように私の手を握った。びくんと心臓が跳ねてますます体温が上昇する。

 私は意を決したようにギュッとイリアム様の手を握り返した。手が震えてしまう。いっぱいいっぱいになって頭が上手く回らないけれど、私は自分を納得させる理由を探した。

「えと、その……遠征で魔力が不安定だから、ということですよね?」
「えっ!?あ、ああ。頼めるか?」


 やっぱり…!イリアム様は遠征でお疲れだから…『封魔の力』を求めているのね。そうよ、それだけなんだから…

 危うく勘違いするところだった。
 イリアム様が私を…なんて、そんなことは本当に都合のいい勘違いだと自分を戒める。


 私は一人納得すると、精一杯の笑顔で頷いた。イリアム様の頬がひくついている気がするけれど、暗いので見間違いだろう。

「も、もももちろんです!私はイリアム様の『救命装置』でもありますから!」
「ぐっ」
「大丈夫です!変な勘違いをしてイリアム様を困らせるようなことはいたしませんので!」
「ううっ」

 イリアム様は少し項垂れて、「照れ隠しで誤魔化すのは俺の悪い癖だな…だから勘違いされて…」と何やらブツブツ呟いて深いため息を吐いた。

「…では、失礼する」
「っ、はい」

 顔を上げたイリアム様は少し身じろぎをして私を抱き寄せた。すっぽりとイリアム様の胸に収まり、私はその厚い胸板に両手を添えた。


 ドキドキとどちらのものか分からない鼓動の音が耳に響く。


 恥ずかしくてたまらないけれど、同時に多幸感に包まれる。ほうっと息を吐いた私は、堕ちるように眠りについた。
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