魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第二十五話 イリアムの魔法

「う…ん」

 翌朝目が覚めると、身動きが取れないことに気がついた。

「ん?…ひゃっ」

 寝ぼけ眼で顔を上げると、端正なお顔立ちが視界を埋め尽くした。ぴゃっと肩を震わせてようやく昨日の就寝時のことを思い出した。


 イリアム様と抱き合って寝たんだった…!


 依然として私を固く抱きしめたままスヤスヤ眠るイリアム様。いつも凛々しいイリアム様も、寝ている姿は母性をくすぐる。

 一ヶ月の間、一人で広いベッドで寝ていたから、イリアム様の温もりが心地よくて安心する。
 私はイリアム様が寝ていることを確かめて、すり、と胸板に頬を擦り寄せた。

「…ふふ」

 調子に乗ってグリグリと額を擦り付けていると、私を抱きしめていた手が解かれてしまった。急に離れた熱を追うように見上げると、イリアム様が両手で顔を覆っていた。

「起こしちゃいましたか?」
「……いや、大丈夫だ。起きていた」

 こっそりイリアム様の胸の中を満喫していた私は、気まずさと申し訳なさに眉を下げた。顔色は窺えないけれど、大きな手からはみ出た耳は真っ赤に染まっている。やりすぎちゃったかしら…

 私はそっと厚い胸板から身体を離して上体を起こした。

「疲れは取れましたか?」
「ああ、すっかり元気になったよ」

 未だに朱色の頬を腕で隠しながら、イリアム様も起き上がる。自然とお互いの視線が絡み、気恥ずかしさに小さく笑みを溢す。なんだかそんな些細なやりとりにも幸せを感じる。


 身支度を整えるため、自室へ戻ろうとした時、イリアム様がとある提案をしてくれた。

「ソフィア、あなたに魔法を見せる約束をしていただろう?昼からは登城せねばならんが朝は空いている。ソフィアさえ良ければ朝食後に中庭で披露しよう」
「本当ですかっ!嬉しいです!」

 遠征前の約束を覚えていてくれた。そのことが喜びを一段上に押し上げ、私は思わずぴょんぴょんと年甲斐もなく飛び跳ねてしまった。
 イリアム様もプッと吹き出して、「そんなに喜ばれると頑張らないといけないな」と言った。

 ちょっとした魔法は見せてもらっていたが、本格的な魔法を見せてくれるのだろうか?離宮では遠目に眺めていたイリアム様の魔法を間近で見られるんだもの!私が浮き足立つのも仕方がない。

 支度を手伝いに来たエブリンに呆れた顔をされたけれど、弾む気持ちを抑えられなかった。



◇◇◇

「さて、では簡単な魔法から」
「お願いしますっ!!」
「ふっ、あまり期待しすぎないでくれよ」

 朝食を済ませ、場所を移して中庭のど真ん中。

 私は用意された椅子に座り、少し離れた位置に立つイリアム様を見つめている。後ろにはエブリンとジェイルも控えている。特にジェイルは同じ騎士として、イリアム様の実力を間近で見たいと申し出てきた。

「俺が得意にしているのは雷魔法だが、大抵の魔法は使える」

 イリアム様が両手を前に出すと、手のひらから天に向かって水魔法が放たれた。幾筋もの水が互いに捩れるように吹き上がる。イリアム様がパン!と両手を叩くと、水の柱は一気に弾け、キラキラと陽の光を反射しながら細かい雨となって中庭の花壇に降り注いだ。
 薄く虹がかかり、幻想的な光景に思わず息を呑んだ。

 続いてイリアム様は降り注ぐ水滴目掛けて指を軽く振った。ぴゅんっと黄緑色の何かが視界をよぎったと思った途端、パチパチ!と水滴の間を眩い稲光が駆け巡った。
 雷魔法だ。威力は調整されているようで危険な感じはしない。イルミネーションのように中庭が魔法で彩られていく。

「すごい…」
「多属性魔法を使えるのって本当に一握りの才能ある人物だけなんだぜ」

 私が感嘆の声を漏らすと、後ろで控えるジェイルが教えてくれた。ジェイルの声にも興奮の色が滲んでいて、イリアム様の凄さがより一層理解できた。

「最後だ」

 イリアム様はそう言うと、腕を軽く振り上げた。途端にびゅうっと強い風が吹きつけて慌てて髪を抑える。
 細やかな風刃が幾つかの花の茎を切り、旋風がその花たちを吹き上げる。風に包まれた花はイリアム様の手元へ収束していく。

「これを」
「わあ…」

 色鮮やかな花々はあっという間に花束となり、イリアム様は私の目の前まで歩み寄ると、片膝をついて私に花束を差し出した。

「嬉しい…ありがとうございます。イリアム様から花をいただくのは三度目ですね」
「そうだな。これから先、数えきれないほどの花を贈ろう」
「ふふふ、楽しみです」

 私は花束を受け取ると、花を傷めないように優しく腕に包み込んだ。花弁に顔を寄せて香りを嗅いでみると、ふわりと優しい香りが舞って、ほわりと表情まで解ける。

 私の様子をイリアム様は嬉しそうに見つめてくれている。目元を和ませ、風に乱れた私の髪を優しくすいてくれる。目が合うと笑みを深めてくれて、胸が温かくなる。
 なんだかすごく幸せだなあ……


「……ねぇ、ご主人様って厳しい印象だけど、ソフィア様の前だと人が変わったようよね」
「あー…姫さんが好きで好きで仕方がないって滲み出てるもんなあ」
「ソフィア様ご本人がその好意に気付いていないのが不憫だわ…」
「ま、時間が解決すっだろ」

 二人の世界を作り出す私たちの後ろで、エブリンとジェイルが小声で囁き合っていた内容は風に溶けて私の耳には届いていなかった。
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