魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第二十六話 慰労会(前半ガーネット視点)

「なんですってぇ!?」

 ガッシャーン!!

「ひぃっ!」

 私はテーブルのティーセットを怒り任せにひっくり返した。不快な報告を持ち込んだ侍女は、私の声と食器の割れる音にびくりと身を縮ませた。

 侍女からすれば、遠征に出ていた騎士団が一人も欠けずに帰城したことは喜ばしいこと。それなのにその報告に怒り狂う私の心情が理解できないとばかりに怯えている。

「ただの一人も?死ななかったというの?魔力溜まりが出来るほどの濃密な地域ばかりを選んだというのに?」
「ひ…さ、さようでございます…全員お疲れのご様子ですが、命の危険は及ばなかったそうで…団長様が毎日魔力の発散の時間を取っていたとか…」
「……イリアム」

 私はギリギリと爪を噛んだ。小賢しいあの男のことだ。魔力の巡りをコントロールするために色々と策を練っていたのだろう。

 とはいえまさか生きて帰るとは思わなかったわね…自分の魔力に焼け焦げた情けない姿を、それを見て泣き崩れるあの愚図の姿を楽しみにこの一月過ごしてきたというのに!!

「いいわ、お父様に詳細を聞いてくる。報告が上がってるでしょう」
「はっ、はひっ」
「あんた…名前なんだっけ、まあいいや。それ、綺麗に片付けときなさい」
「はっ、はい!」

 私は真っ赤な髪をかき上げて、お父様の執務室へと向かった。



「お父様!!」
「おお、ガーネットか。どうかしたか?」

 執務室に入ると、お父様の机の上には書類ではなくてたくさんのお菓子が積まれていた。お父様の口髭にお菓子のカスがついている。咀嚼のたびにたぷたぷと数重に重なった顎が波打つ。
 私はツカツカと歩み寄って適当にお菓子を摘んで口に放り込むと、バンッと机を叩いてお父様に迫った。

「イリアムが無事に帰ったそうですわね」
「おお!そうなのじゃ、心配しておったが一人も欠けずに帰ってきおったわい。流石イリアムじゃの。ふぉっふぉっふぉっ」

 目を怒らせる私に対して、呑気に肩を揺らすお父様に苛立ちを感じる。

「各地で魔力溜まりができておったとかでな、駐屯兵の要請や定期的な地方巡回、それに減税や医療費の増額などなど…色々言っておったがのう…どれもこれも必要とは思えんのじゃがなあ。大切な予算をそんな辺境の地に割くなど考えられんのう。自分たちでどうにかすればいいものを…」

 お父様はボソボソと遠征の報告内容を話しているけれど、そんなことには興味はない。
 私が怒りに震えていると、そのことに気付いていないお父様は、楽しそうにポンと手を打った。

「そうじゃ、予定通り遠征の慰労会を開くつもりなのじゃ。美味い料理をたらふく食えるぞお。ガーネットも参加すると良いぞ。イリアム以外にも騎士団には高位貴族も所属しておるしのう」

 遠回しに結婚相手を見繕えと言われているようで、より一層はらわたが煮え繰り返る。目の前のお菓子を全部燃やしてやろうか、と考えてふと妙案が浮かんだ。ニンマリと口角が吊り上がる。

「…ええ、そうね。喜んで参加するわ。ああ、お父様、ゲストを呼びたいのだけれど、いいかしら」
「ん?ゲスト?いいぞ。ガーネットの好きにするといい」

 お父様はゲストが誰か聞きもせずに快諾した。
 本当に私に甘くて笑えてしまう。

 そうと決まれば早速手配が必要ね。
 私は再びお菓子を口に放り込むとお父様の部屋を後にした。




◇◇◇

「慰労会…?」
「ああ。君も参加するようにとのお達しだ」

 イリアム様が遠征の報告を終えて屋敷に戻ってきたのは夕食どき。はぁ、と疲れ切った顔でドカッと席に着いたイリアム様は忌々しそうに慰労会のことを口にした。


 そういえば、お姉様の手紙にも書かれていたっけ?
 ――王城に招待する、と。


「その、慰労会は王城で…?」
「そうだ。王家も参加する」
「そう、ですか」

 そこに私が招かれたということは、数年ぶりに家族と顔を合わさねばならないということ。何故かぶるりと身が震え、私は震える腕を手で擦った。離宮に送られたあの日の嘲笑が反芻して脳裏に響く。

 その様子を辛そうに見つめるイリアム様が、深く頭を下げた。

「すまない。ソフィアを王家に近付けるのは本意ではないのだが…王命に反すればどんな不条理な制裁を受けることになるか…それこそソフィアの身に危険が及ぶかも分からない。それに招待客以外は城に入れない。だから、ジェイルを連れて行くこともできない」
「イリアム様…お顔を上げてください」

 家族…と会うのは正直怖い。
 でも、いつまでも避けているわけにもいかない。
 ――向き合う時が来たということよね。

 私はごくりと喉を鳴らすと、真っ直ぐにイリアム様の目を見つめた。私は大丈夫だと、伝えるように。

「行きます」
「ソフィア…」
「正直、不安ですし…怖いです。でも…」

 イリアム様は急かさずに私の言葉を待ってくれている。私は深く息を吐き出して両手をギュッと握った。

「イリアム様が隣に居てくれるなら、頑張れます。私の側に…居てくださいますか?」

 縋るようにイリアム様の藍色の瞳を見つめる。
 その目は僅かに見開かれ、今度はイリアム様が深く息を吐き出した。

「……当然だ。ソフィア、あなたは俺が守る」

 イリアム様はガタッと椅子を鳴らして立ち上がると、カツカツと早足で私の側に来て腰を屈めた。視線を合わせて安心させるように頭を撫でてくれる。
 胸が詰まり、ギュッと喉の奥が締め付けられる感覚に襲われる。最近イリアム様と居ると、たまに襲われる感覚。これは一体なんなのかしら?

「ありがとう、ございます」

 絞り出すようにお礼の言葉を述べると、イリアム様はふわりと私を包み込むように抱きしめてくれた。


 ――この人が側に居てくれるなら、きっと大丈夫。


 私を包み込む温もりに、ふわりと香るいつものコロンの匂いに、じわりと広がる安心感。私は目を閉じてイリアム様の優しさに身を委ねた。
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