魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第二十九話 謁見と決別②
「ん?おお、イリアムではないか。此度の遠征ご苦労であったぞ。無事に戻って何よりじゃ」
「……ありがとうございます」
国王…いや、お父様はくちゃくちゃと食べカスを飛ばしながらイリアム様を一瞥した。そして一瞬、俯きがちにイリアム様の隣に立つ私に視線を投げた。
ギュッと心臓が縮み上がったが、お父様は何が言葉をかけるでもなく、興味なさげに視線を手元の料理に戻した。
――幼い頃から何も変わらない、本当に関心がないという目。
無関心ほど心がすり減ることはないと思えるほどに、私はずっとその目が恐ろしかった。
そしてお父様は気怠げに再び口を開いた。
「イリアムよ、あの日約束したであろう?何があっても返品は不可だと」
「…何の話をしているのですか。ソフィアは返しません」
「ふむぅ…それの何がそんなにいいのか分からんが…よほど具合でもいいのかのう。ふぉふぉ、お主も所詮は一人の男ということか」
……具合?
一体何の話かとイリアム様を見上げようとして、肌を指すような怒気を感じ、背筋がぞくりとした。
魔力が怒りに激しく燃えている。私は慌ててイリアム様の手を強く握った。
イリアム様はハッと我に返ったように私を見て、申し訳なさそうに眉根を下げた。なぜか、少し泣きそうな目をしているように見えた。
「もうこれ以上話すことはないようです。失礼します」
イリアム様はそう言うと、私の手を引いて謁見の列から外れた。
結局、お父様以外の誰も私をちらりとも見ようとはしなかった。
まるで元から誰もいないかのように。
存在を無視されることは幼少期にもあったけれど、私たちの関係は昔も今も何も変わらないらしい。私が離宮に居ようと、誰かの妻として過ごしていようと興味がないようだ。
会場の隅まで移動した私はがくりと腰が抜けて、イリアム様に身体を支えられた。
「す、すみません。緊張が解けて…」
「気にするな。さっきは助かった、ありがとう」
「え?」
「あなたを侮辱されてつい怒りに身を任せそうになった。正気を保てたのはソフィアのおかげだ」
「いえ、そんな…私のために怒ってくれて、こちらこそありがとうございます。やっぱり私と家族の関係は、これまでもこれからも変わりそうにありませんね。……むしろそれが分かってスッキリしました」
「え?」
私は怪訝な顔をするイリアム様ににこりと笑みを向けた。
「私、離宮に居た頃はそれなりに毎日過ごしてきました。エブリンやジェイルもいたし、みんなのことが大好きだったから。でも…きっと、ずっと心のどこかで家族と一緒に過ごしたい、認めてもらいたい気持ちがあったんだと思います。ふふっ、散々厄介者扱いされて、おかしいですよね」
イリアム様は静かに私の話を聞いてくれている。
その美しい藍色の双眸は、いつも真っ直ぐ私を見ていてくれる。
「ですが、イリアム様と家族になって、公爵家で暮らすようになって…本当の家族は、楽しい時や辛い時、どんな時でも側に居て支え合う存在なんだと思うようになりました」
「ソフィア…」
「始まりは互いの利益のためだったとしても、私はイリアム様ともっと分かり合いたい。新しい家族との関係を紡いでいきたい。私を顧みてくれない人たちのために心を痛めるだけ無駄だって、実際に会ってようやく踏ん切りがついたみたいです」
「ソフィア…ああ、そうだな。俺ももっとあなたのことを知りたい。これから色んなところに行って、色んなものを見て、二人の時間を重ねていこう」
イリアム様は穏やかな笑みを浮かべて私を見つめてくれる。
この人が居るだけで、孤独で家族の愛に飢えていた心が満たされていくようだ。
――これからは、私を妻に迎えてくれて、私の存在意義を見出してくれたイリアム様のために生きよう。そう強く決意することができた。
「では、もうこんなところに用はないな。そろそろ…」
「あらあ?せっかく招いてあげたのに、もう帰るっていうの?」
私とイリアム様が出口に向かおうとしたまさにその時、シャンパングラスを片手にカツカツとヒールの音を鳴らしながら私たちに近づいて来たのは――
「が、ガーネット…お姉様」
――第二王女であり私の実の姉でもある、ガーネットお姉様だった。
「……ありがとうございます」
国王…いや、お父様はくちゃくちゃと食べカスを飛ばしながらイリアム様を一瞥した。そして一瞬、俯きがちにイリアム様の隣に立つ私に視線を投げた。
ギュッと心臓が縮み上がったが、お父様は何が言葉をかけるでもなく、興味なさげに視線を手元の料理に戻した。
――幼い頃から何も変わらない、本当に関心がないという目。
無関心ほど心がすり減ることはないと思えるほどに、私はずっとその目が恐ろしかった。
そしてお父様は気怠げに再び口を開いた。
「イリアムよ、あの日約束したであろう?何があっても返品は不可だと」
「…何の話をしているのですか。ソフィアは返しません」
「ふむぅ…それの何がそんなにいいのか分からんが…よほど具合でもいいのかのう。ふぉふぉ、お主も所詮は一人の男ということか」
……具合?
一体何の話かとイリアム様を見上げようとして、肌を指すような怒気を感じ、背筋がぞくりとした。
魔力が怒りに激しく燃えている。私は慌ててイリアム様の手を強く握った。
イリアム様はハッと我に返ったように私を見て、申し訳なさそうに眉根を下げた。なぜか、少し泣きそうな目をしているように見えた。
「もうこれ以上話すことはないようです。失礼します」
イリアム様はそう言うと、私の手を引いて謁見の列から外れた。
結局、お父様以外の誰も私をちらりとも見ようとはしなかった。
まるで元から誰もいないかのように。
存在を無視されることは幼少期にもあったけれど、私たちの関係は昔も今も何も変わらないらしい。私が離宮に居ようと、誰かの妻として過ごしていようと興味がないようだ。
会場の隅まで移動した私はがくりと腰が抜けて、イリアム様に身体を支えられた。
「す、すみません。緊張が解けて…」
「気にするな。さっきは助かった、ありがとう」
「え?」
「あなたを侮辱されてつい怒りに身を任せそうになった。正気を保てたのはソフィアのおかげだ」
「いえ、そんな…私のために怒ってくれて、こちらこそありがとうございます。やっぱり私と家族の関係は、これまでもこれからも変わりそうにありませんね。……むしろそれが分かってスッキリしました」
「え?」
私は怪訝な顔をするイリアム様ににこりと笑みを向けた。
「私、離宮に居た頃はそれなりに毎日過ごしてきました。エブリンやジェイルもいたし、みんなのことが大好きだったから。でも…きっと、ずっと心のどこかで家族と一緒に過ごしたい、認めてもらいたい気持ちがあったんだと思います。ふふっ、散々厄介者扱いされて、おかしいですよね」
イリアム様は静かに私の話を聞いてくれている。
その美しい藍色の双眸は、いつも真っ直ぐ私を見ていてくれる。
「ですが、イリアム様と家族になって、公爵家で暮らすようになって…本当の家族は、楽しい時や辛い時、どんな時でも側に居て支え合う存在なんだと思うようになりました」
「ソフィア…」
「始まりは互いの利益のためだったとしても、私はイリアム様ともっと分かり合いたい。新しい家族との関係を紡いでいきたい。私を顧みてくれない人たちのために心を痛めるだけ無駄だって、実際に会ってようやく踏ん切りがついたみたいです」
「ソフィア…ああ、そうだな。俺ももっとあなたのことを知りたい。これから色んなところに行って、色んなものを見て、二人の時間を重ねていこう」
イリアム様は穏やかな笑みを浮かべて私を見つめてくれる。
この人が居るだけで、孤独で家族の愛に飢えていた心が満たされていくようだ。
――これからは、私を妻に迎えてくれて、私の存在意義を見出してくれたイリアム様のために生きよう。そう強く決意することができた。
「では、もうこんなところに用はないな。そろそろ…」
「あらあ?せっかく招いてあげたのに、もう帰るっていうの?」
私とイリアム様が出口に向かおうとしたまさにその時、シャンパングラスを片手にカツカツとヒールの音を鳴らしながら私たちに近づいて来たのは――
「が、ガーネット…お姉様」
――第二王女であり私の実の姉でもある、ガーネットお姉様だった。