魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第三十一話 自覚する想い

 イリアム様と屋敷に帰ると、血相を変えたエブリンが飛び出してきた。王城での出来事がすでに公爵家に伝えられていたらしい。真っ赤になった目で私たちの無事を確認すると、その場に崩れ落ちてわっと泣き出してしまった。

 いつも冷静沈着なエブリンがここまで取り乱す姿は初めて見たので、わたわたと戸惑っていると、スッとジェイルがエブリンの側にしゃがみ込みその肩を抱いた。

 エブリンは泣きじゃくりながら、「ばかばかばか」とジェイルの胸をポカポカと叩いている。「いてて、八つ当たりすんなって」とジェイルは眉を顰めているけれど、その目はとても優しかった。

「姫さん、無事でよかった。無理を言ってでもついて行けばよかったとどれだけ後悔したか…あんたにもしものことがあったらと思うと、俺は…」
「ぐすっ、ソフィア様っ、うっ、本当にご無事で…っ」

 心配をかけた申し訳なさと、これほど私を想ってくれている嬉しさが混じり合うように心に染み渡る。

 イリアム様は一歩前に出ると、深く腰を折って二人に頭を下げた。それにギョッとしたのは私を含めたその場のみんな。

「俺がついていながらソフィアを危険な目に合わせた。本当にすまない」
「ちょ、やめてください!そんなつもりは毛頭ありませんので!」

 ジェイルが制止し、エブリンも涙が引っ込んだようで慌ててみんなでイリアム様を取り囲む。

「あなたは本当に愛されているな」

 イリアム様は頭を上げると、私に向かって笑みを深めた。私も笑顔を返して頷いた。

「はい。二人とも…ありがとう。ごめんね、心配かけて」

 エブリンとジェイルは顔を見合わせると、何も言わずに私をギュッと抱きしめてくれた。
 私にはこんなに大切に想ってくれる人たちがいる。この温もりを大事にしたい、心からそう思った。



◇◇◇

「あっ、あの!イリアム様っ、何を…」
「あなたに怪我がないか確かめている」

 着替えと湯浴みを済ませた私は今、イリアム様の膝の上にいる。

 イリアム様に横抱きにされて、至近距離で頬に触れられている。

「だ、大丈夫ですので、その…下ろしてくださいっ」
「駄目だ。擦り傷ひとつ逃しはしない」

 羞恥に震える声で訴えるも、イリアム様は頷いてくれない。顔や手、腕に怪我が無いかをしっかりと確認している。
 いつもは照れ屋なイリアム様がなんと大胆なことを…私は顔が熱くなりすぎて頭がクラクラしてきた。


 無理…恥ずかし過ぎる…!


「も、だめです…」
「ソフィア!?」

 限界を迎えた私は、ぷしゅうとイリアム様の肩に崩れ落ちた。今の私には刺激が強過ぎる。

 だって、イリアム様が炎に包まれたあの時、私は気付いてしまったから。



 ――私は、イリアム様が好き。



 エブリンやジェイルも大好きだけど、その好きとは違う。イリアム様を想うと胸が温かくなって、でもギュッと切なくなって、もっと側にいたくて触れたくて、だけど恥ずかしくて……初めて知る感情に戸惑うけど、嫌じゃない。

 いつから憧れが恋に変わったのかは分からない。
 もしかするともうずっと前からそうだったのかもしれない。


 僅かに顔を上げてイリアム様を盗み見る。

「!」

 だけどイリアム様もこちらを見ていて、バッチリ視線が絡んでしまった。深い藍色の瞳に映る私の顔は恋慕に塗れていて、改めて自分の気持ちを自覚してますます恥ずかしくなる。


 こ、こんな顔をしていたら、イリアム様に私の気持ちなんて簡単にバレてしまうわ…!


 慌てて再び肩に顔を埋めると、イリアム様は可笑そうに笑った。

「ソフィア、くすぐったい」
「す、すみません…」

 困った。
 私たちは夫婦だけど、イリアム様にとっての私は、魔力を安定させるための存在。私が居ないとイリアム様は長くは生きられない。だから、私を大事にしてくれるのも当たり前と言えば当たり前。
 二人の時間を重ねたいと言ってくれたし、信頼し合っているとは思う。でも、果たしてそこにあるのは私と同じ熱量の愛なのだろうか?


 『愛してる』と伝えたら、イリアム様はどんな反応をするのだろう。

 困ったように眉を下げるかしら。
 ありがとうと微笑んでくれるかしら。
 ――同じ想いだと、愛を囁いてくれるかしら。


「ソフィア」
「は、はいっ!」

 物思いに耽っていると、イリアム様が心配そうに声を掛けてきた。慌てて顔を上げると再び視線が絡み合う。息が止まりそうになるけれど、何とか顔を背けたくなるのを堪えて見つめ返す。

「俺を焼いた炎を収めた時、何か力を放つきっかけがあったのか?」
「きっかけ…」

 真剣な顔をして尋ねるイリアム様。
 私はあの時のことを思い返す。

 目の前でイリアム様が炎に包まれて、このままじゃ死んでしまうと思って、イリアム様を失うことが恐ろしくて……そしてその時ようやく自分の気持ちに気が付いた。

 イリアム様のことで頭がいっぱいになって、助けたくて必死で、咄嗟に飛び出していた。

「イリアム様を助けたくて…無我夢中で、ただ必死でした」
「うーん、そうか。もしかすると相手を守りたいという強い思いが契機になるのかもしれんな」

 思案げに瞳を伏せるイリアム様。こんな時だけど、憂いを帯びた表情につい見惚れてしまう。

「ふむ、書斎で片っ端から文献を検めてみるか。調べるのは明日以降にして今日はそろそろ休もう」
「はい、それでは…」

 イリアム様の言葉に、私はようやく解放されるとホッと息を吐いて膝からおろされるのを待った。けれども、期待とは裏腹に私の身体はふわりと浮いた。

「ひゃあっ!?い、イリアム様!?」
「ん?もう寝るだろう?ベッドまで運ぶ」
「じ、自分で歩けます!」
「嫌だ。今日はもう離すつもりは無いし一秒たりとも離れたく無い」
「ええっ!?」

 イリアム様は楽しそうに笑いながら、私の抗議の声を拒絶して私を横抱きにしたままベッドに潜り込んだ。そのまま抱き締める体勢を変えて、私を腕に包み込んで横たわった。

 向かい合う形でぎゅうっと強く抱きしめられて、ドクドクと心臓が脈打つ。

「……今日、もうここまでかと思った時、ソフィアが俺を救ってくれた。あなたは初めて会ったあの日と今日と、二度俺の命を救ってくれた。本当に感謝してもしきれないな」
「イリアム様…」
「ああ…もう俺はあなたを離してやれそうにない。どうかずっと側に居てくれ…」

 イリアム様が熱を孕んだ声で囁いたと同時に、額に柔らかな感触が広がった。

「許可なく触れたことを許して欲しい」
「い、今…えっ」
「おやすみ、ソフィア」

 何が起きたか理解した途端、ぶわりと体温が上昇した。イリアム様は私の肩に顔を埋め、まもなく規則正しい寝息を立て始めた。

「ね、眠れない…!」

 普段寝付きがいい私も、今日ばかりは眠るまで少し時間を要してしまった。
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