魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第三十三話 光と闇
「あら?」
机の引き出しに何か引っ掛かりを感じた私は、ガコンと引き出しを取り外した。
慰労会からは既に一週間が経過していた。
イリアム様は復帰した騎士団の仕事が立て込んでおり、毎日朝早くから出勤していく。私はそんなイリアム様と共に起床し、朝食をとってお見送りをする。そして夕食前にはなんとか帰宅してくれるイリアム様を出迎え、一緒に夕食をとって夜は同じベッドで眠る。
見送り時や出迎え時、イリアム様は蕩けるような笑みを浮かべて私を抱きしめる。たまに額に唇を寄せては満足げに出掛けていく。
毎度顔が真っ赤に染まるので、エブリンにニヤニヤと含みのある笑みを向けられてしまって恥ずかしい。
イリアム様が留守の間は、いつものようにスミスさんと勉強に励み、空いた時間は書斎で『封魔の力』や魔竜の出現についての記述を探した。
だけど、それっぽいものは見つからず、結局初代当主様の本を頭から読み返すばかりである。
――そして今、いつも本をしまっている自室の机の引き出しを開け閉めしていると、引き出しの奥に何かが詰まっているような違和感を覚えた。
取り外した引き出しを机の上に置き、空洞の中を覗き込む。
「紙?よいしょ…っと」
奥でくしゃりと潰れていたのは一枚の紙だった。
手を伸ばして破かないようにそっと取り出してみる。随分と古い紙みたいだ。机に置いて、手で優しくシワを伸ばしてみる。
「これ……もしかして?」
何とか本来の形に戻して、目を凝らして紙を見てみると、色褪せてはいるが文字がびっしりと刻まれていた。
私は慌てて初代当主様の本を開いて、シワシワの紙と見比べた。紙のサイズも筆跡も同じ。やっぱりこの本の一ページだわ!
前にイリアム様に相談した欠けたページ。
もしかして、もしかしてこれがそうかもしれない。
私は逸る気持ちを抑えつつ、紙に書かれた文字を読み始めた。
「えっと……インクが掠れて読みにくいわね…」
長年引き出しの奥に詰まっていたため、紙の状態は良いとは言えない。紙に顔を近づけて目を凝らして見る。
「魔力の起源…?は、闇の力。希望、や幸福…といった相対する…光の力が、均衡を…保っている」
私は椅子を引いて腰掛けると、ペンとインク、そして真新しい紙を一枚取り出して、何とか読み取れた内容を記していった。
――魔力は元来、古の魔族が有していた闇の力であり、不安や恐怖、不信感といった負の感情が高まるとその力は暴走し、最悪の場合は死に至る。
希望や幸福、人を愛する気持ちといった光の力が相反する闇の力を打ち消し、均衡を保っている。負の感情が高まりそのバランスが崩れてしまうと、膿のように溜まった魔力は魔物を生み、悪意ある者を依代として魔竜が顕現する――
表面にはこのようなことが書かれていた。
「魔力の起源が闇の力だなんて…」
私はその事実に驚きを隠せなかった。
魔法は尊ばれ、生活に根付き、今ではなくてはならないものとなっている。魔力がない私にとって、魔法はキラキラ輝く夢のようなものだった。
「それに…負の感情の高まりが魔力の暴走の原因、ってこと?」
今の王国は、王家への不満や猜疑心が蔓延り、負の感情に囚われている。ここに記されている状況に類似し過ぎている。
私は浅くなった呼吸を整えるため、深く息を吐いて、ゆっくりと吸った。
そして、ぺらりと紙を捲り、裏面に目を通した。
日記のような文体で、当時のことが綴られているようだ。
――XXX年◯月▲日
魔竜が王都に現れた。
魔竜の吐く黒炎が王都を焼き、まるで地獄絵図のようだった。
近衛兵長を勤める夫が果敢に魔竜に挑んだが、魔竜は獰猛で、夫は深い傷を負って瀕死の重症となってしまった。
彼を救うために飛び出した私は、無我夢中で……
気が付けば、魔竜は光の粒子となって消滅していた。
後から知ったことだが、時の宰相が王国転覆を目論んでいたらしい。彼の邪な思いが贄となり、魔竜が現れたのか。宰相の消息が不明なため、仔細は分からずじまいとなった。
所々記憶が抜け落ちており、はっきりと分からないことばかりであるが、確かなことがある。
それは、夫の死を予期した時、助けたい一心であったこと、そして私が夫を…深く深く愛しているということ。誰かを愛する気持ちは最も強い光の力となるのかもしれない――
「誰かを、愛する気持ち……」
そして、愛する人を守りたいと思う気持ち。
その想いの強さが重要だと、ここには記されている。
慰労会の日、イリアム様が炎に包まれた時――
確かに私はイリアム様を守りたい一心で、そしてその根底にはイリアム様を愛する気持ちがあった。
やはり、イリアム様の推測通り、誰かを想う強い思いが私の内なる力を引き出したのかもしれない。
「この紙のこと、イリアム様にもお伝えしなくちゃ…!」
私は興奮してガタンと椅子を鳴らして立ち上がったものの、この内容全てを伝えると、私の秘めた想いに気付かれてしまうのではと思い直してカアッと頬に熱が集まった。
いつかこの気持ちは伝えたい。
でも、まだ自覚したばかりの新芽のように若くも愛おしいこの気持ちをもう少しゆっくりと育てていきたい。
まだ伝える勇気もないし――
……うん、うまくかいつまんで伝えることにしよう。
私はそう思い直すと、静かに椅子に座り直し、イリアム様に伝えるべき内容を紙にまとめ始めた。
それにしても、何故このページだけ抜き取られていたのかしら?なんだか、その理由は些細なもので、今の私にもその気持ちが分かるような気がする。
恐らく、ページを破いたのはこの本を記した本人――初代当主様。そしてその理由はきっと……
「初代当主様は、とてもご主人を愛していたのね」
夫への愛が災いを退けた。
それ程に深い愛――
それを本に残して後世に残すのが、そして愛するご主人ご本人に伝わってしまうのが、恥ずかしかったのではないだろうか。
かつての災禍を救った人物として、どこか遠い人のように感じていたけれど、彼女も夫を愛する可愛らしい一人の女性なのだ。
急に親近感が湧いて、私は笑みを浮かべながらペンを動かし続けた。
机の引き出しに何か引っ掛かりを感じた私は、ガコンと引き出しを取り外した。
慰労会からは既に一週間が経過していた。
イリアム様は復帰した騎士団の仕事が立て込んでおり、毎日朝早くから出勤していく。私はそんなイリアム様と共に起床し、朝食をとってお見送りをする。そして夕食前にはなんとか帰宅してくれるイリアム様を出迎え、一緒に夕食をとって夜は同じベッドで眠る。
見送り時や出迎え時、イリアム様は蕩けるような笑みを浮かべて私を抱きしめる。たまに額に唇を寄せては満足げに出掛けていく。
毎度顔が真っ赤に染まるので、エブリンにニヤニヤと含みのある笑みを向けられてしまって恥ずかしい。
イリアム様が留守の間は、いつものようにスミスさんと勉強に励み、空いた時間は書斎で『封魔の力』や魔竜の出現についての記述を探した。
だけど、それっぽいものは見つからず、結局初代当主様の本を頭から読み返すばかりである。
――そして今、いつも本をしまっている自室の机の引き出しを開け閉めしていると、引き出しの奥に何かが詰まっているような違和感を覚えた。
取り外した引き出しを机の上に置き、空洞の中を覗き込む。
「紙?よいしょ…っと」
奥でくしゃりと潰れていたのは一枚の紙だった。
手を伸ばして破かないようにそっと取り出してみる。随分と古い紙みたいだ。机に置いて、手で優しくシワを伸ばしてみる。
「これ……もしかして?」
何とか本来の形に戻して、目を凝らして紙を見てみると、色褪せてはいるが文字がびっしりと刻まれていた。
私は慌てて初代当主様の本を開いて、シワシワの紙と見比べた。紙のサイズも筆跡も同じ。やっぱりこの本の一ページだわ!
前にイリアム様に相談した欠けたページ。
もしかして、もしかしてこれがそうかもしれない。
私は逸る気持ちを抑えつつ、紙に書かれた文字を読み始めた。
「えっと……インクが掠れて読みにくいわね…」
長年引き出しの奥に詰まっていたため、紙の状態は良いとは言えない。紙に顔を近づけて目を凝らして見る。
「魔力の起源…?は、闇の力。希望、や幸福…といった相対する…光の力が、均衡を…保っている」
私は椅子を引いて腰掛けると、ペンとインク、そして真新しい紙を一枚取り出して、何とか読み取れた内容を記していった。
――魔力は元来、古の魔族が有していた闇の力であり、不安や恐怖、不信感といった負の感情が高まるとその力は暴走し、最悪の場合は死に至る。
希望や幸福、人を愛する気持ちといった光の力が相反する闇の力を打ち消し、均衡を保っている。負の感情が高まりそのバランスが崩れてしまうと、膿のように溜まった魔力は魔物を生み、悪意ある者を依代として魔竜が顕現する――
表面にはこのようなことが書かれていた。
「魔力の起源が闇の力だなんて…」
私はその事実に驚きを隠せなかった。
魔法は尊ばれ、生活に根付き、今ではなくてはならないものとなっている。魔力がない私にとって、魔法はキラキラ輝く夢のようなものだった。
「それに…負の感情の高まりが魔力の暴走の原因、ってこと?」
今の王国は、王家への不満や猜疑心が蔓延り、負の感情に囚われている。ここに記されている状況に類似し過ぎている。
私は浅くなった呼吸を整えるため、深く息を吐いて、ゆっくりと吸った。
そして、ぺらりと紙を捲り、裏面に目を通した。
日記のような文体で、当時のことが綴られているようだ。
――XXX年◯月▲日
魔竜が王都に現れた。
魔竜の吐く黒炎が王都を焼き、まるで地獄絵図のようだった。
近衛兵長を勤める夫が果敢に魔竜に挑んだが、魔竜は獰猛で、夫は深い傷を負って瀕死の重症となってしまった。
彼を救うために飛び出した私は、無我夢中で……
気が付けば、魔竜は光の粒子となって消滅していた。
後から知ったことだが、時の宰相が王国転覆を目論んでいたらしい。彼の邪な思いが贄となり、魔竜が現れたのか。宰相の消息が不明なため、仔細は分からずじまいとなった。
所々記憶が抜け落ちており、はっきりと分からないことばかりであるが、確かなことがある。
それは、夫の死を予期した時、助けたい一心であったこと、そして私が夫を…深く深く愛しているということ。誰かを愛する気持ちは最も強い光の力となるのかもしれない――
「誰かを、愛する気持ち……」
そして、愛する人を守りたいと思う気持ち。
その想いの強さが重要だと、ここには記されている。
慰労会の日、イリアム様が炎に包まれた時――
確かに私はイリアム様を守りたい一心で、そしてその根底にはイリアム様を愛する気持ちがあった。
やはり、イリアム様の推測通り、誰かを想う強い思いが私の内なる力を引き出したのかもしれない。
「この紙のこと、イリアム様にもお伝えしなくちゃ…!」
私は興奮してガタンと椅子を鳴らして立ち上がったものの、この内容全てを伝えると、私の秘めた想いに気付かれてしまうのではと思い直してカアッと頬に熱が集まった。
いつかこの気持ちは伝えたい。
でも、まだ自覚したばかりの新芽のように若くも愛おしいこの気持ちをもう少しゆっくりと育てていきたい。
まだ伝える勇気もないし――
……うん、うまくかいつまんで伝えることにしよう。
私はそう思い直すと、静かに椅子に座り直し、イリアム様に伝えるべき内容を紙にまとめ始めた。
それにしても、何故このページだけ抜き取られていたのかしら?なんだか、その理由は些細なもので、今の私にもその気持ちが分かるような気がする。
恐らく、ページを破いたのはこの本を記した本人――初代当主様。そしてその理由はきっと……
「初代当主様は、とてもご主人を愛していたのね」
夫への愛が災いを退けた。
それ程に深い愛――
それを本に残して後世に残すのが、そして愛するご主人ご本人に伝わってしまうのが、恥ずかしかったのではないだろうか。
かつての災禍を救った人物として、どこか遠い人のように感じていたけれど、彼女も夫を愛する可愛らしい一人の女性なのだ。
急に親近感が湧いて、私は笑みを浮かべながらペンを動かし続けた。