魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第三十六話 おめかし

「さて、やりますか」
「お願いするわ」

 鏡越しに見えるのは、気合い十分で腕まくりをするエブリンの姿。

 私は椅子に座ってドキドキしながらエブリンの手で化粧とヘアセットを施してもらう。


 今日は念願のイリアム様とお出かけをする日。
 雲ひとつない晴天で、絶好のお出かけ日和になった。

 今日になるまで指折り数えてずっと楽しみにしていた私は、どうしてもウキウキ心が弾んでしまう。

「ふふ、ソフィア様はすっかり恋する乙女ですね」
「えっ!…………わ、分かる?」

 エブリンが楽しそうにくすくす笑う。
 そんなに分かりやすいかなと恥ずかしくて少し視線を泳がせてしまった。ほわりと頬に熱が籠る。

「バレバレですよ。気付いていないのは公爵様だけかと思います」
「ええっ?!」


 そんなに顔に出ているの!?


 思わず顔を覆いそうになるけれど、化粧をしているのでエブリンに制止されてしまう。行き場を無くした両手を膝の上でこねくり回し、思い切って相談してみることにした。

「ねぇ、エブリン」
「なんでしょうか」
「私とイリアム様って、政略結婚じゃない?」
「…………そうですね」

 私の言葉に、鏡越しのエブリンは微妙な顔をしている。

「?だからね、イリアム様は生きるために私と一緒にいると思っているのだけれど…イリアム様ってすっっっごく優しいじゃない?それに…その、か、かっこいいし素敵だし…一緒にいればいるほど、イリアム様が好きって気持ちが大きくなっていくの。この気持ちを伝えることは、イリアム様の負担になってしまうかしら」
「そんなことはありません。きっと、きっとお喜びになりますよ」

 恥ずかしくって顔を上げられなかったけど、エブリンの声はとても優しく落ち着いていて、本当にエブリンの言う通りなのでは、という気持ちが芽生える。
 エブリンは徐々に縮こまってしまった私の肩をグイッと押して、背筋をまっすぐにしてくれる。

「ほら、出来ましたよ!とっても可愛いです」
「わあっ!素敵っ!エブリンありがとう!」

 左右の髪を捻りながら後ろに流してハーフアップに纏めてくれている。髪留めには濃い色のサファイアが使われていて、イリアム様を想起させてドキリと胸が高鳴った。
 首を左右にもたげて、鏡経由で髪型を確認する。首を傾ける度にサラリと淡いブロンドの髪が光を反射する。化粧は濃すぎず薄すぎず。とても自然で健康的に仕上がっている。


 えへへ、こうしておめかしすると気分も高揚するわね。
 ジェイルにも見せに行こうかしら。


 私は扉を開けてひょこっと廊下に顔を出した。
 ジェイルはいつものように扉の側に立ってくれている。

「ジェイル、どう?どう?」
「おー、可愛い可愛い」
「ええー?本当にそう思ってるの?」

 私を一瞥したジェイルは、フッと笑みを漏らすと賛辞を送ってくれた。軽口を叩きながら、私も笑みを浮かべる。

 その時、背後でカツンと靴の鳴る音がした。

 振り返ると、そこには支度を済ませたイリアム様の姿があった。白シャツに藍色のベストとジャケットを羽織り、シンプルながらも爽やかな出立ちにドキッとする。

「ソフィア、支度はできたか?」
「は、はいっ!お待たせしました」

 思わずぽけっと見惚れてしまった私は、ハッと我に返って勢いよく返事をした。イリアム様はおかしそうに肩を揺らしている。

「全然待っていない。約束通りの時間だ」
「ありがとうございます。その、ど、どうでしょうか?」

 せっかくエブリンが可愛く仕上げてくれたのだもの。
 イリアム様の反応が知りたくて、つい尋ねてしまう。

「………………」
「イリアム様?」

 イリアム様は口元を押さえてじっと私を見つめるばかりで、何も言ってくれない。え、もしかして似合っていないのかしら?とじわじわ不安な気持ちが押し寄せてくる。

「…………可愛すぎる」
「えっ」

 空耳?そう思ってイリアム様の表情を窺う。

 口元を隠したままそっぽを向いていたイリアム様は、ごほんと咳払いをすると、真っ直ぐに私を見つめてもう一度答えてくれた。その頬も耳もほんのり赤く染まっている。

「とても可愛い。よく似合っている」
「あっ、ありがとうございます…」

 嬉しくて恥ずかしくて、私は照れ笑いを返す。


 ジェイルに言われた『可愛い』よりもずっとドキドキする。それはきっと、私がイリアム様に恋をしているから。


「慰労会の時にも思っていたが、あなたが俺の色を身につけてくれるのはとても嬉しいな」

 イリアム様は目元を和ませて、私の髪に手を伸ばした。後頭部に留められているサファイアの髪留めに気付いてくれたらしい。気付いてもらえて嬉しいような照れくさいような…私はモジモジと視線を彷徨わせた。

 イリアム様はそのまま私の淡いブロンドの髪を撫でて一房指に絡めると、そっと唇を落とした。イリアム様の藍色の髪が頬を掠めてふわりといい香りがする。

 一呼吸遅れて、カアッと体温が急上昇した。一気に身体が火照って汗が吹き出しそうになる。

 イリアム様はたまに距離感がおかしくなるのよね……
 翻弄される方の身にもなって欲しいわ。

「それでは、行こうか」
「はいっ!」

 イリアム様はパタパタと熱くなった顔を仰ぐ私に優しく微笑むと、すっと左肘を差し出した。え?と見上げれば、視線で催促されてしまい、慌ててそこに手を添えた。
 イリアム様は満足げに鼻を鳴らすと、私の歩幅に合わせて歩き始めた。

「それじゃあ、行ってきます!」
「ああ、気をつけて」
「行ってらっしゃいませ」

 今日は二人だけのお出かけなので、ジェイルとエブリンに手を振って玄関へと向かった。


 二人きりでの外出は慰労会ぶりだけれど、今日はデートなのだもの。どうしても心が浮き足立ってしまうのも仕方ないわよね。

 私は小さく足を弾ませながら、イリアム様に寄り添った。



◇◇◇

「やれやれ、本当にお互いのことしか見えてねえよな」
「そうね、見てるこちらがむず痒くなっちゃうわ」

 主人を見送りながら、残されたジェイルとエブリンは顔を見合わせて笑みを溢した。熱に当てられた二人の頬も僅かに色付いていた。

「さて、と。じゃあ俺たちも行くか」
「え?行くってどこに?」

 ジェイルの言葉に、エブリンは目をぱちくり瞬いた。

「邪魔にならない程度に着いていくんだよ。慰労会のことがあるからな、なるべく姫さんの側に居たいだろ?」
「そ、それはそうだけど…」

 でも、主人の逢瀬に着いていくなんて…と真面目なエブリンは言い淀んでいる間にも、ジェイルはスタスタと廊下を歩み始めた。

「さ、早くしないと見失うぞー」
「えっ、ちょっ!待ってよ!」

(いつもより軽装だと思ったら、最初からついて行くつもりだったのね…!)

 エブリンは慌ててエプロンを外すと、ジェイルの背中を追った。
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