魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第四話 魔力なしの出来損ない
「は……?たったそれだけの理由で?」
「ええ、魔力の有無、それだけが王家にとっては全てですので」
公爵様は瞳を揺らして動揺している。
……それもそうよね。
――ただ、魔力がないだけ。
それだけの理由で、私は『出来損ない』『王家の恥』『落ちこぼれ』と散々な言葉を浴びせられて離宮に閉じ込められた。突然のことに抵抗する間も無く、離宮の門は固く閉ざされてしまった。
魔力がないだけなのにどうして、と数日泣き明かしたけれど、王族に生まれた以上、魔力がないことは決して許されることではなかった。
マルセイユ王国は魔法絶対主義の国。
父である国王も、母である王妃も、二人の姉も優れた魔法の使い手。そんな中、唯一私だけが幼い頃から魔法の片鱗も見せず、最後の望みと受けた八歳での魔力検査で、とうとう『魔力なし』と診断された。
元々期待されていなかったことは子供ながらに感じ取っていた。徐々に僅かばかりの興味も失われ、家族の瞳に私が映らなくなっていく様子は、今思い出しても胸が痛み、喉の奥が締め付けられるように苦しい。
周囲の顔色を窺い生きてきた幼少期は、とても窮屈で息苦しかった。縋るような思いで魔力検査に臨んだけれど、あの日浴びせられた凄惨な言葉や、侮蔑の眼差しは私の心を深く抉り取った。
それでも、離宮に送られた当初は、頑張って勉強して王女として優れた成績を残せば、きっと家族と共に暮らすことができると信じていた。
――だけれど、そんな希望も教壇に立つ先生の言葉によって、あっけなくもガラガラと崩れ落ちてしまった。
『ソフィア様がお勉強をし、淑女としてのレッスンを受けるのは、いずれ王家のために有益な相手に嫁ぐためでございます。魔力なしとはいえ、どこに行っても恥ずかしくないように教養はしっかりと身につけていただきませんと』
「――私は所詮、政治の道具でしかないのです。それが王家にとって、私の唯一の価値。離宮に閉じ込めておきながら、門には見張りがつけられています。私はここから逃げ出すことも叶わないのです。……いい縁談でもない限り、私がここから出ることはできないでしょう」
かいつまんで経緯を話した私は、ふぅと息を吐いた。
もう吹っ切れて今の生活をそれなりに楽しんでいるけれど、幼い頃のことを思い出すとどうしても心が沈んでしまう。
楽しくない話を聞かせてしまった、と公爵様の反応を窺う。公爵様は膝の上で両手を組んでキツく唇を噛み締めていて、深く碧い瞳には怒りの炎が揺らめいていた。
「――奴らには、人の心がないのか」
低く呟かれた言葉は、思わず身震いするほどに冷たかった。
「だが、そうか。それならば……ソフィア王女」
「はい」
ぶつぶつと何やら考え込んだ様子の公爵様は、私の名前を呼ぶと決意に満ちた目で真っ直ぐに私を見て言った。
「あなたは、ここから出たいか?」
その問いに、私はゆっくりと目を見開いた。
そんなの、答えは決まっている。
「ええ、今の私の世界はこの離宮の中だけ…もっともっと広い世界を見てみたいです!」
「そうか」
私も真っ直ぐ公爵様の目を見て答えた。公爵様はどこか満足げに頷いていた。
この日以降、公爵様は二日に一度、訓練場に行く代わりに私の元へやってくるようになった。
◇◇◇
「ラインザック公爵様」
「なんだ?」
「こちらに来られるようになってから、魔法を使わなくなりましたよね?」
「ああ、そのことか」
五度目の訪問時、すっかり慣れた手つきでエブリンから紅茶を受け取った公爵様に気になっていたことを尋ねた。
これまで訓練場で行っていた魔力の放出を、倒れた日以降おこなっていない。私の推測が正しければ、有り余る魔力を吐き出すためにわざわざ王都の外れであるこの離宮まで来ていたのだと思うのだけれど……
「気付いているかもしれないが、俺が離宮の訓練場に通っていたのは魔力の暴走を抑えるためだった」
やっぱり……
でも、あれ以来魔法を使っていないけど大丈夫なのかしら?
「実は、俺は一年前に余命宣告を受けていた。いつ魔力に呑まれて命を落とすか分からない、と。生まれながらに桁外れの魔力を持っていたからな。うまくコントロールしてきたつもりだったが、年々身体の中の魔力量が増加していて、こまめに発散しなければ先日のように魔力が暴走して倒れてしまうのだ。最悪の場合はそのまま命を落とすと言われていた」
「そんな……」
「この一年は騎士団を休職して療養していた。と言っても魔法を使って魔力を発散せねば体内で魔力が暴発してしまうから、離宮の訓練場に通っていたのだが」
確かに公爵様が訓練場に足を運ぶようになったのは一年ほど前からだ。
公爵様がずっと死と隣り合わせの恐怖と闘いながら、日々魔法を行使していただなんて……
それなのに私は、公爵様の魔法を見られることが嬉しくてはしゃいで…なんと愚かだったのだろう。
「すみません……」
「なぜあなたが謝る?」
思わず項垂れて謝ると、公爵様は怪訝な顔をした。
「その、公爵様のご事情を知らずに私は…公爵様が魔法を使うお姿を楽しみに見ておりました。命の危険があるとも知らずに、勝手に盗み見ては憧憬の念を抱いておりました」
しょんぼりと肩を落として白状すると、公爵様は困ったように笑みを浮かべて優しく私の頭を撫でてくれた。思わぬ出来事に目を見開き硬直してしまう。
頭を撫でられるなんて、親にもされたことがない。
なんだか胸がむず痒くて、でもじんわり嬉しい気持ちが広がっていくみたい……
「事情を知らなかったのだ、気にする必要はない。それに俺もこの離宮は無人だと聞いていたからな…その割には手入れが行き届いていると不思議に思ってはいたが」
「公爵様…」
まだ数回しか交流していないけれど、公爵様が心優しい方だということは十分すぎるほどに伝わってきた。
私は、そうだ!と手を打つと、ずっと願い続けてきたことを打ち明けた。
「あの……もしよかったらなのですが、公爵様が魔法を使うところを近くで見てみたいです!」
「魔法を?」
「はいっ!私には使えないものですが、魔法は好きなのです。王国一の腕前を持つ公爵様の魔法を近くで見たいのです!」
「ふっ……分かった。近いうちに存分に披露しよう」
身を乗り出し必死な私の様子がおかしかったのか、公爵様は口元に手を添えて、くくくと肩を揺らして笑っている。
何故かどきりと胸が高鳴るけれど、それよりも憧れの公爵様の魔法を近くで見られる喜びで、両の拳を天高く突き上げた。
「や、やったあー!」
「ソフィア様っ!はしたないです!」
慌てた様子でエブリンに両手を下ろされてしまったけれど、ここは大目に見てほしい。遠くで見ることしか叶わないと思っていた公爵様の魔法を見ることができるのだから。
やいやい言い合いをする私たちを見て、公爵様はますますおかしそうに肩を震わせる。
「はぁ、こんなに笑ったのは久しぶりだ…ここはとても心地がいいな。それに……いや、何でもない」
「?」
目尻に浮かんだ涙を拭いながら、公爵様が何かを言い淀んだ。その様子が気になったものの、公爵様はそれ以上語ろうとはしなかった。
「ええ、魔力の有無、それだけが王家にとっては全てですので」
公爵様は瞳を揺らして動揺している。
……それもそうよね。
――ただ、魔力がないだけ。
それだけの理由で、私は『出来損ない』『王家の恥』『落ちこぼれ』と散々な言葉を浴びせられて離宮に閉じ込められた。突然のことに抵抗する間も無く、離宮の門は固く閉ざされてしまった。
魔力がないだけなのにどうして、と数日泣き明かしたけれど、王族に生まれた以上、魔力がないことは決して許されることではなかった。
マルセイユ王国は魔法絶対主義の国。
父である国王も、母である王妃も、二人の姉も優れた魔法の使い手。そんな中、唯一私だけが幼い頃から魔法の片鱗も見せず、最後の望みと受けた八歳での魔力検査で、とうとう『魔力なし』と診断された。
元々期待されていなかったことは子供ながらに感じ取っていた。徐々に僅かばかりの興味も失われ、家族の瞳に私が映らなくなっていく様子は、今思い出しても胸が痛み、喉の奥が締め付けられるように苦しい。
周囲の顔色を窺い生きてきた幼少期は、とても窮屈で息苦しかった。縋るような思いで魔力検査に臨んだけれど、あの日浴びせられた凄惨な言葉や、侮蔑の眼差しは私の心を深く抉り取った。
それでも、離宮に送られた当初は、頑張って勉強して王女として優れた成績を残せば、きっと家族と共に暮らすことができると信じていた。
――だけれど、そんな希望も教壇に立つ先生の言葉によって、あっけなくもガラガラと崩れ落ちてしまった。
『ソフィア様がお勉強をし、淑女としてのレッスンを受けるのは、いずれ王家のために有益な相手に嫁ぐためでございます。魔力なしとはいえ、どこに行っても恥ずかしくないように教養はしっかりと身につけていただきませんと』
「――私は所詮、政治の道具でしかないのです。それが王家にとって、私の唯一の価値。離宮に閉じ込めておきながら、門には見張りがつけられています。私はここから逃げ出すことも叶わないのです。……いい縁談でもない限り、私がここから出ることはできないでしょう」
かいつまんで経緯を話した私は、ふぅと息を吐いた。
もう吹っ切れて今の生活をそれなりに楽しんでいるけれど、幼い頃のことを思い出すとどうしても心が沈んでしまう。
楽しくない話を聞かせてしまった、と公爵様の反応を窺う。公爵様は膝の上で両手を組んでキツく唇を噛み締めていて、深く碧い瞳には怒りの炎が揺らめいていた。
「――奴らには、人の心がないのか」
低く呟かれた言葉は、思わず身震いするほどに冷たかった。
「だが、そうか。それならば……ソフィア王女」
「はい」
ぶつぶつと何やら考え込んだ様子の公爵様は、私の名前を呼ぶと決意に満ちた目で真っ直ぐに私を見て言った。
「あなたは、ここから出たいか?」
その問いに、私はゆっくりと目を見開いた。
そんなの、答えは決まっている。
「ええ、今の私の世界はこの離宮の中だけ…もっともっと広い世界を見てみたいです!」
「そうか」
私も真っ直ぐ公爵様の目を見て答えた。公爵様はどこか満足げに頷いていた。
この日以降、公爵様は二日に一度、訓練場に行く代わりに私の元へやってくるようになった。
◇◇◇
「ラインザック公爵様」
「なんだ?」
「こちらに来られるようになってから、魔法を使わなくなりましたよね?」
「ああ、そのことか」
五度目の訪問時、すっかり慣れた手つきでエブリンから紅茶を受け取った公爵様に気になっていたことを尋ねた。
これまで訓練場で行っていた魔力の放出を、倒れた日以降おこなっていない。私の推測が正しければ、有り余る魔力を吐き出すためにわざわざ王都の外れであるこの離宮まで来ていたのだと思うのだけれど……
「気付いているかもしれないが、俺が離宮の訓練場に通っていたのは魔力の暴走を抑えるためだった」
やっぱり……
でも、あれ以来魔法を使っていないけど大丈夫なのかしら?
「実は、俺は一年前に余命宣告を受けていた。いつ魔力に呑まれて命を落とすか分からない、と。生まれながらに桁外れの魔力を持っていたからな。うまくコントロールしてきたつもりだったが、年々身体の中の魔力量が増加していて、こまめに発散しなければ先日のように魔力が暴走して倒れてしまうのだ。最悪の場合はそのまま命を落とすと言われていた」
「そんな……」
「この一年は騎士団を休職して療養していた。と言っても魔法を使って魔力を発散せねば体内で魔力が暴発してしまうから、離宮の訓練場に通っていたのだが」
確かに公爵様が訓練場に足を運ぶようになったのは一年ほど前からだ。
公爵様がずっと死と隣り合わせの恐怖と闘いながら、日々魔法を行使していただなんて……
それなのに私は、公爵様の魔法を見られることが嬉しくてはしゃいで…なんと愚かだったのだろう。
「すみません……」
「なぜあなたが謝る?」
思わず項垂れて謝ると、公爵様は怪訝な顔をした。
「その、公爵様のご事情を知らずに私は…公爵様が魔法を使うお姿を楽しみに見ておりました。命の危険があるとも知らずに、勝手に盗み見ては憧憬の念を抱いておりました」
しょんぼりと肩を落として白状すると、公爵様は困ったように笑みを浮かべて優しく私の頭を撫でてくれた。思わぬ出来事に目を見開き硬直してしまう。
頭を撫でられるなんて、親にもされたことがない。
なんだか胸がむず痒くて、でもじんわり嬉しい気持ちが広がっていくみたい……
「事情を知らなかったのだ、気にする必要はない。それに俺もこの離宮は無人だと聞いていたからな…その割には手入れが行き届いていると不思議に思ってはいたが」
「公爵様…」
まだ数回しか交流していないけれど、公爵様が心優しい方だということは十分すぎるほどに伝わってきた。
私は、そうだ!と手を打つと、ずっと願い続けてきたことを打ち明けた。
「あの……もしよかったらなのですが、公爵様が魔法を使うところを近くで見てみたいです!」
「魔法を?」
「はいっ!私には使えないものですが、魔法は好きなのです。王国一の腕前を持つ公爵様の魔法を近くで見たいのです!」
「ふっ……分かった。近いうちに存分に披露しよう」
身を乗り出し必死な私の様子がおかしかったのか、公爵様は口元に手を添えて、くくくと肩を揺らして笑っている。
何故かどきりと胸が高鳴るけれど、それよりも憧れの公爵様の魔法を近くで見られる喜びで、両の拳を天高く突き上げた。
「や、やったあー!」
「ソフィア様っ!はしたないです!」
慌てた様子でエブリンに両手を下ろされてしまったけれど、ここは大目に見てほしい。遠くで見ることしか叶わないと思っていた公爵様の魔法を見ることができるのだから。
やいやい言い合いをする私たちを見て、公爵様はますますおかしそうに肩を震わせる。
「はぁ、こんなに笑ったのは久しぶりだ…ここはとても心地がいいな。それに……いや、何でもない」
「?」
目尻に浮かんだ涙を拭いながら、公爵様が何かを言い淀んだ。その様子が気になったものの、公爵様はそれ以上語ろうとはしなかった。