魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第四十話 アオイの事情
「う、ぐぅぅ…はあっ、はあっ、うっ!」
狭い部屋の中心に置かれたベッドの上では、一人の男性が胸を押さえて荒い呼吸を繰り返していた。
私は男性に駆け寄ると、断りを入れてその両手を包み込むように握った。手が燃えるように熱い。随分と魔力が暴走しているようだ。
「大丈夫、きっと大丈夫ですから」
私は苦しむ男性に微笑みかけると、男性に、そして自分に言い聞かせるように言葉をかけて意識を集中させる。
どうか、この人が苦しみから解放されますように――
強く強く念じながら手を握り続ける。
次第に男性の荒い呼吸が落ち着き始め、深く眉間に寄せられていた皺も和らいでいった。症状が進んでいるからか、アオイさんの時よりも時間がかかってしまうけれど、確実に男性の魔力は安定しつつある。
「はぁ……う、俺は――」
「っ!気が付きましたか?よかった……」
やがて、男性は薄く目を開けると、視界を彷徨わせてからボーッと私の顔を見つめた。安心させるようにニコリと微笑みを深める。
「…………嘘だろ。身体が焼けるような痛みが、引いている?」
男性はゆっくりと目を見開いて驚嘆した。
「ひとまず大丈夫そうですね。無理せずゆっくり休んでください」
私はアオイさんが用意していたタオルを受けとり、トントンと男性の額や頬に流れる汗を拭った。男性はまだぼんやりとして揺れる瞳で私を見つめている。
「また来ますね」
本当はもっと側に居てあげたいけれど、他にもたくさん患者さんはいる。私はアオイさんに目配せをして病室を出た。
「………………女神様?」
扉が閉まる時に男性が何やら呟いたようだけれど、扉が閉じる音にかき消されてハッキリと聞き取ることはできなかった。
◇◇◇
「ふぅ……重度の患者さんは先程の方で最後ですね」
「はいっ!本当になんと感謝を申し上げればよいのか……本当に奇跡を目の当たりにしたようで、未だに信じられません。ありがとうございました!」
最後の一人を診終えた頃には、すっかり日が傾き始めていた。
地上の通常病棟に戻ると、四角い窓からは西陽が差し込んでおり、真っ白な壁に四角いオレンジ色の光が等間隔に並んでいた。
「あくまでも応急処置の範囲です。他にも患者さんは居ますよね?私はまだ大丈夫なので、行きましょう」
「えっ!?ですが……」
流石に急に重症患者九名のケアをしたため、少し疲労感はあったけれど、苦しんでいる人々はまだいる。弱音を吐いてはいられない。折角私を必要としてくれる人がいるんだから、頑張らないと!
「平気です!行きますよ…あっ」
意気揚々と歩き出そうとした私は、ぐわんと視界が歪んで足がもつれてしまった。
「ソフィアっ」
咄嗟にイリアム様が抱き留めてくれて転ばずに済んだものの、急に身体が密着して、心臓が早鐘を打つ。
「あ、ありがとうございます」
「頑張りすぎだ。そんなところも魅力的だが、あなたが倒れては治療できる人もできなくなってしまうぞ?日を改めてまた来よう」
「え……いいのですか?」
実のところ、今日一日で患者さん全員を診ることはできないと感じていて、どうやって全員と接することができるのか思い悩んでいたところだった。
本当に、イリアム様は何でも見透かしてしまうのね。
「また……また来たいです。なるべく早く…私、この国の人々を救いたいです」
たった半日だったけれど、この国の民は強く、逞しく、そして心優しい人ばかりだということがよくわかった。
私だって王族の端くれだもの。民を守りたい、救いたいという思いは強い。それに私の力が必要とされているのなら、私はその期待に応えたい。
そんな想いを込めてイリアム様を見つめる。
「ああ、俺もソフィアと同じ想いだ。仕事の都合をつけて極力俺も一緒に行こう。どうしても都合がつかない時は、スミスかあなたの侍女を連れて行くといい。必ず護衛にジェイルを同行させることが条件だがな」
「はいっ!ありがとうございます!」
嬉しい。『無能』『出来損ない』だと言われ続けてきた私が、誰かの役に立てることに心から喜びを感じている。
公爵家に帰ったらまずエブリンとジェイルに今日のことを話そう。そして、私が持つという『封魔の力」についても打ち明けよう。
今日の出来事はきっと、一生忘れられない。
何だか胸の奥が熱くて、自分自身のことに自信を持てた気がする。
「あっ、あのっ!私からもぜひ、お願いします。公爵家の奥方様にこのようなお願いをするのは烏滸がましいのですが…私、私…一人でも多くの人を救いたい。私みたいな苦しみを誰にも味わって欲しくないのです」
縋るような目で両手を組んで嘆願するアオイさんは、突然大粒の涙を零してしまった。
私とイリアム様は顔を見合わせる。両手で顔を覆ってしまったアオイさんの肩にそっと手を置くと、安心させるように話しかけた。
「もちろんです。私で力になれることなら、喜んで」
「あっ、ありがとう、ございます…っ!もっと、もっと早くにソフィア様に出会えていたら…もしかしたら、うっ、父も……」
ぐしぐしと涙を拭いながら、アオイさんは少しずつ語って聞かせてくれた。
「すみません、実は先月…父が魔力の暴走で亡くなってしまって。幼い頃に病気で母を亡くしてから男手一つで育ててくれた優しい父だったんです。ですが、苦しみの末、ボロボロと土となって、骨も残らず……同じように苦しみ悲しむ人を救いたい思いでいっぱいなのですが、私の力ではどうしようもなくて…」
「アオイさん…」
「本当に奇跡のようです。死を待つばかりの魔力の暴走を抑えることができるだなんて…」
きっと、きっとアオイさんのように悲しみに暮れる人がこの王都にはたくさんいるのだろう。その全員を救うことはできないかもしれない。
だけれど、一人でも多くの命を救うことができるのなら――
「アオイさん、私頑張ります。だから一緒に苦しむ人々を救いましょう?」
「は、はいっ!」
アオイさんの顔は涙でびしょ濡れだったけれど、その笑顔は太陽のように眩しかった。
狭い部屋の中心に置かれたベッドの上では、一人の男性が胸を押さえて荒い呼吸を繰り返していた。
私は男性に駆け寄ると、断りを入れてその両手を包み込むように握った。手が燃えるように熱い。随分と魔力が暴走しているようだ。
「大丈夫、きっと大丈夫ですから」
私は苦しむ男性に微笑みかけると、男性に、そして自分に言い聞かせるように言葉をかけて意識を集中させる。
どうか、この人が苦しみから解放されますように――
強く強く念じながら手を握り続ける。
次第に男性の荒い呼吸が落ち着き始め、深く眉間に寄せられていた皺も和らいでいった。症状が進んでいるからか、アオイさんの時よりも時間がかかってしまうけれど、確実に男性の魔力は安定しつつある。
「はぁ……う、俺は――」
「っ!気が付きましたか?よかった……」
やがて、男性は薄く目を開けると、視界を彷徨わせてからボーッと私の顔を見つめた。安心させるようにニコリと微笑みを深める。
「…………嘘だろ。身体が焼けるような痛みが、引いている?」
男性はゆっくりと目を見開いて驚嘆した。
「ひとまず大丈夫そうですね。無理せずゆっくり休んでください」
私はアオイさんが用意していたタオルを受けとり、トントンと男性の額や頬に流れる汗を拭った。男性はまだぼんやりとして揺れる瞳で私を見つめている。
「また来ますね」
本当はもっと側に居てあげたいけれど、他にもたくさん患者さんはいる。私はアオイさんに目配せをして病室を出た。
「………………女神様?」
扉が閉まる時に男性が何やら呟いたようだけれど、扉が閉じる音にかき消されてハッキリと聞き取ることはできなかった。
◇◇◇
「ふぅ……重度の患者さんは先程の方で最後ですね」
「はいっ!本当になんと感謝を申し上げればよいのか……本当に奇跡を目の当たりにしたようで、未だに信じられません。ありがとうございました!」
最後の一人を診終えた頃には、すっかり日が傾き始めていた。
地上の通常病棟に戻ると、四角い窓からは西陽が差し込んでおり、真っ白な壁に四角いオレンジ色の光が等間隔に並んでいた。
「あくまでも応急処置の範囲です。他にも患者さんは居ますよね?私はまだ大丈夫なので、行きましょう」
「えっ!?ですが……」
流石に急に重症患者九名のケアをしたため、少し疲労感はあったけれど、苦しんでいる人々はまだいる。弱音を吐いてはいられない。折角私を必要としてくれる人がいるんだから、頑張らないと!
「平気です!行きますよ…あっ」
意気揚々と歩き出そうとした私は、ぐわんと視界が歪んで足がもつれてしまった。
「ソフィアっ」
咄嗟にイリアム様が抱き留めてくれて転ばずに済んだものの、急に身体が密着して、心臓が早鐘を打つ。
「あ、ありがとうございます」
「頑張りすぎだ。そんなところも魅力的だが、あなたが倒れては治療できる人もできなくなってしまうぞ?日を改めてまた来よう」
「え……いいのですか?」
実のところ、今日一日で患者さん全員を診ることはできないと感じていて、どうやって全員と接することができるのか思い悩んでいたところだった。
本当に、イリアム様は何でも見透かしてしまうのね。
「また……また来たいです。なるべく早く…私、この国の人々を救いたいです」
たった半日だったけれど、この国の民は強く、逞しく、そして心優しい人ばかりだということがよくわかった。
私だって王族の端くれだもの。民を守りたい、救いたいという思いは強い。それに私の力が必要とされているのなら、私はその期待に応えたい。
そんな想いを込めてイリアム様を見つめる。
「ああ、俺もソフィアと同じ想いだ。仕事の都合をつけて極力俺も一緒に行こう。どうしても都合がつかない時は、スミスかあなたの侍女を連れて行くといい。必ず護衛にジェイルを同行させることが条件だがな」
「はいっ!ありがとうございます!」
嬉しい。『無能』『出来損ない』だと言われ続けてきた私が、誰かの役に立てることに心から喜びを感じている。
公爵家に帰ったらまずエブリンとジェイルに今日のことを話そう。そして、私が持つという『封魔の力」についても打ち明けよう。
今日の出来事はきっと、一生忘れられない。
何だか胸の奥が熱くて、自分自身のことに自信を持てた気がする。
「あっ、あのっ!私からもぜひ、お願いします。公爵家の奥方様にこのようなお願いをするのは烏滸がましいのですが…私、私…一人でも多くの人を救いたい。私みたいな苦しみを誰にも味わって欲しくないのです」
縋るような目で両手を組んで嘆願するアオイさんは、突然大粒の涙を零してしまった。
私とイリアム様は顔を見合わせる。両手で顔を覆ってしまったアオイさんの肩にそっと手を置くと、安心させるように話しかけた。
「もちろんです。私で力になれることなら、喜んで」
「あっ、ありがとう、ございます…っ!もっと、もっと早くにソフィア様に出会えていたら…もしかしたら、うっ、父も……」
ぐしぐしと涙を拭いながら、アオイさんは少しずつ語って聞かせてくれた。
「すみません、実は先月…父が魔力の暴走で亡くなってしまって。幼い頃に病気で母を亡くしてから男手一つで育ててくれた優しい父だったんです。ですが、苦しみの末、ボロボロと土となって、骨も残らず……同じように苦しみ悲しむ人を救いたい思いでいっぱいなのですが、私の力ではどうしようもなくて…」
「アオイさん…」
「本当に奇跡のようです。死を待つばかりの魔力の暴走を抑えることができるだなんて…」
きっと、きっとアオイさんのように悲しみに暮れる人がこの王都にはたくさんいるのだろう。その全員を救うことはできないかもしれない。
だけれど、一人でも多くの命を救うことができるのなら――
「アオイさん、私頑張ります。だから一緒に苦しむ人々を救いましょう?」
「は、はいっ!」
アオイさんの顔は涙でびしょ濡れだったけれど、その笑顔は太陽のように眩しかった。