魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第四十二話 女神の噂
「ソフィアちゃーん」
「はーい!」
「ソフィアちゃん」
「はい!」
「ソフィアさーん」
「はーい!」
早いものでアオイさんと出会って一ヶ月が経過した。
私は二日に一度、診療所を訪ねては患者さんとの交流を重ね、充実した日々を送っていた。
「ぷっ、姫さんすっかり人気者だな」
「もうっ!揶揄ってばかりいないでジェイルも手伝ってよ」
「へいへい」
今日はエブリンとジェイルが付き添ってくれている。
あちこちから声をかけられる私を楽しそうに眺めながら後ろをついてくるので、じとりと睨み付けてやる。
ジェイルはおどけたように肩をすくめると、ベッドのシーツの山を抱えて洗い場まで運んでいってくれた。
二人にはあの日公爵家に帰ってすぐに自室に来てもらい、事の成り行きと『封魔の力』について打ち明けた。
驚かれるかなとドキドキしていたけれど、二人は目を瞬いた後顔を合わせてどこか納得したような表情をしていた。
『やっぱな、姫さんは特別だと思ってたぜ』
『もう、調子がいいんだから…でも私も色々と納得いたしました。ソフィア様のそのお力はとても素晴らしいと思います。これまで何の手立てもないと言われてきた、魔力の暴走に苦しむ人々を救うことができるんですもの』
そして、二人とも私の話を一ミリも疑いもせずに受け入れてくれた。そのことが一番嬉しくて、同時に誇らしかった。二人との強固な信頼関係を感じて胸が熱くなった。
それからはイリアム様の都合がつかない日は二人に同行してもらっている。イリアム様は騎士団のお仕事が忙しくて中々一緒に来られないことを嘆いていた。
折角の貴重な休日を潰してしまうことは申し訳ないけれど、患者さんに寄り添うイリアム様もどこか充実した表情をしている。誰よりも魔力の暴走の恐ろしさ、そしてその苦しみを知っているのだから人一倍力が入っているのかもしれない。だから不毛な気遣いは心の内にしまっておいた。
◇◇◇
「ソフィアちゃーん」
「あっ、所長さん」
病室を一回りして一息ついた頃、廊下の向こうから大きく手を振りながら一人の男性が近付いてきた。
ヨレヨレの白衣に無精髭を生やし、白髪混じりのふわふわした黒髪をしたその人は、診療所の所長であるジェイコブさん。いつも疲れた顔をしているが、私がここに通い始めた頃よりは幾分か顔色が良くなった気がする。
「いやぁ、すまないね。お陰様で重篤な患者さんはみんなかなり回復してきているよ。体力さえ戻れば退院して家族の元にも帰れるだろう」
「まあ!本当ですか!お力になれて私も嬉しいです」
ジェイコブ所長の言葉が嬉しくて、満面の笑みで答えると、所長は目を瞬いて、「ふぅむ、なるほど」と顎に手を当てて考え込む素振りを見せた。
「どうかなさいましたか?」
何か心配事でもあるのかとジェイコブ所長の表情を窺う。すると彼は、がはは!と豪胆に笑った。
「いやな、最近患者たちがみんな言ってるんだよ。『ソフィアちゃんはまるで女神だ』『いや、天使だ』ってね」
「ええっ!?」
「わはは!そりゃいいな!」
「ちょっと、ジェイル!」
想定外の言葉に驚き過ぎて思わず大きな声を出してしまい、慌てて両手で口を押さえる。ジェイルはすっかりツボに入ったようでゲラゲラ笑ってエブリンに怒られている。
「ソフィアちゃんは不思議な子だねえ。魔力を落ち着かせる力を持つってだけでも凄いのに、みんな君の真摯な姿勢、真っ直ぐな笑顔や言葉に本当に励まされているんだよ」
「そ、そんな……」
過大評価のしすぎでは?と胸の前で両手を振るが、ジェイコブ所長の目は真剣そのものだった。
「それでね、一つ提案というか…お願いがあるんだけれど」
「はい、なんでしょうか?」
「実はね、ここの非常勤の先生や、退院した患者さん、そのご家族の間でもソフィアちゃんの評判が凄くてねえ…他の診療所からもどうか『女神様』のご慈悲をって問い合わせが殺到しているんだよ」
「め、めがみさまのごじひ…?」
「いやぁ、『魔力の暴走を抑える女神様』が現れたってもっぱらの噂なんだよ。王都で一番大きな診療所はうちだけど、街には他にも幾つかの診療所が点在しているんだ。そこにももちろん魔力が不安定な患者さんはいる。その人たちのことも救ってはくれないかい?うちの患者さんたちはだいぶ安定して来たし、ああ、もちろんソフィアちゃんの負担が増すことになるから無理にとは言わないが…」
「行きます!」
私は食い気味に大きく頷いた。ジェイコブ所長は少し驚いた様子で目を見開いたけれど、すぐに破顔して何度も頷いた。
「いやあ、本当に助かるよ…国に訴えても中々状況が改善しなくて、医療機関も疲弊していたからねえ。本当にソフィアちゃんは救世主だよ」
「あ……その、国は何か援助をしてくれているのですか?」
ニコニコしていたジェイコブ所長の表情に不意に影が落ち、私は思わず尋ねてしまった。
「はぁ、それがね、さっぱりなんだよ。せめて一度現場の様子を見てほしいと嘆願しているんだが…国王陛下は一度も医療機関の視察に来てくださらないねえ。調査するための担当官の派遣すらない。ご自身の目でこの様子を見れば、いかにこの国が危機的状況にあるのかが分かるものを……」
深くため息をつきながら独り言のように呟いた言葉は、この国の歪みを嘆いていた。同じ王族として、申し訳なさに心が締め付けられる。
国王であるお父様は自分の足で動き、自分の目で見ることは決してしない人である。お城の豪華な椅子に鎮座して、自分たちの不利益になることを排除して快適な生活を過ごすことに重きを置いている。私が何か訴えたところで聞き入れることはないだろう。
だけど、今の私にだってこうしてできることがある。
目の前の患者さんを、一人でも多くの民を救いたい想いは日に日に増している。だからか、以前よりも『封魔の力』が強まったようで、魔力を安定させるために要する時間がぐんと減っている。
回復した患者さんの安心した笑顔、不安から解放されて涙を流す人、家族の元に帰れると喜ぶ人、家族の命が繋がり泣き崩れる人――まだ一ヶ月と短い期間だけれど、たくさんの人の歓喜する姿を目の当たりにした。
この国で魔力の暴走による死者をもう出さない。
私はそう強く決意を固めていた。
「はーい!」
「ソフィアちゃん」
「はい!」
「ソフィアさーん」
「はーい!」
早いものでアオイさんと出会って一ヶ月が経過した。
私は二日に一度、診療所を訪ねては患者さんとの交流を重ね、充実した日々を送っていた。
「ぷっ、姫さんすっかり人気者だな」
「もうっ!揶揄ってばかりいないでジェイルも手伝ってよ」
「へいへい」
今日はエブリンとジェイルが付き添ってくれている。
あちこちから声をかけられる私を楽しそうに眺めながら後ろをついてくるので、じとりと睨み付けてやる。
ジェイルはおどけたように肩をすくめると、ベッドのシーツの山を抱えて洗い場まで運んでいってくれた。
二人にはあの日公爵家に帰ってすぐに自室に来てもらい、事の成り行きと『封魔の力』について打ち明けた。
驚かれるかなとドキドキしていたけれど、二人は目を瞬いた後顔を合わせてどこか納得したような表情をしていた。
『やっぱな、姫さんは特別だと思ってたぜ』
『もう、調子がいいんだから…でも私も色々と納得いたしました。ソフィア様のそのお力はとても素晴らしいと思います。これまで何の手立てもないと言われてきた、魔力の暴走に苦しむ人々を救うことができるんですもの』
そして、二人とも私の話を一ミリも疑いもせずに受け入れてくれた。そのことが一番嬉しくて、同時に誇らしかった。二人との強固な信頼関係を感じて胸が熱くなった。
それからはイリアム様の都合がつかない日は二人に同行してもらっている。イリアム様は騎士団のお仕事が忙しくて中々一緒に来られないことを嘆いていた。
折角の貴重な休日を潰してしまうことは申し訳ないけれど、患者さんに寄り添うイリアム様もどこか充実した表情をしている。誰よりも魔力の暴走の恐ろしさ、そしてその苦しみを知っているのだから人一倍力が入っているのかもしれない。だから不毛な気遣いは心の内にしまっておいた。
◇◇◇
「ソフィアちゃーん」
「あっ、所長さん」
病室を一回りして一息ついた頃、廊下の向こうから大きく手を振りながら一人の男性が近付いてきた。
ヨレヨレの白衣に無精髭を生やし、白髪混じりのふわふわした黒髪をしたその人は、診療所の所長であるジェイコブさん。いつも疲れた顔をしているが、私がここに通い始めた頃よりは幾分か顔色が良くなった気がする。
「いやぁ、すまないね。お陰様で重篤な患者さんはみんなかなり回復してきているよ。体力さえ戻れば退院して家族の元にも帰れるだろう」
「まあ!本当ですか!お力になれて私も嬉しいです」
ジェイコブ所長の言葉が嬉しくて、満面の笑みで答えると、所長は目を瞬いて、「ふぅむ、なるほど」と顎に手を当てて考え込む素振りを見せた。
「どうかなさいましたか?」
何か心配事でもあるのかとジェイコブ所長の表情を窺う。すると彼は、がはは!と豪胆に笑った。
「いやな、最近患者たちがみんな言ってるんだよ。『ソフィアちゃんはまるで女神だ』『いや、天使だ』ってね」
「ええっ!?」
「わはは!そりゃいいな!」
「ちょっと、ジェイル!」
想定外の言葉に驚き過ぎて思わず大きな声を出してしまい、慌てて両手で口を押さえる。ジェイルはすっかりツボに入ったようでゲラゲラ笑ってエブリンに怒られている。
「ソフィアちゃんは不思議な子だねえ。魔力を落ち着かせる力を持つってだけでも凄いのに、みんな君の真摯な姿勢、真っ直ぐな笑顔や言葉に本当に励まされているんだよ」
「そ、そんな……」
過大評価のしすぎでは?と胸の前で両手を振るが、ジェイコブ所長の目は真剣そのものだった。
「それでね、一つ提案というか…お願いがあるんだけれど」
「はい、なんでしょうか?」
「実はね、ここの非常勤の先生や、退院した患者さん、そのご家族の間でもソフィアちゃんの評判が凄くてねえ…他の診療所からもどうか『女神様』のご慈悲をって問い合わせが殺到しているんだよ」
「め、めがみさまのごじひ…?」
「いやぁ、『魔力の暴走を抑える女神様』が現れたってもっぱらの噂なんだよ。王都で一番大きな診療所はうちだけど、街には他にも幾つかの診療所が点在しているんだ。そこにももちろん魔力が不安定な患者さんはいる。その人たちのことも救ってはくれないかい?うちの患者さんたちはだいぶ安定して来たし、ああ、もちろんソフィアちゃんの負担が増すことになるから無理にとは言わないが…」
「行きます!」
私は食い気味に大きく頷いた。ジェイコブ所長は少し驚いた様子で目を見開いたけれど、すぐに破顔して何度も頷いた。
「いやあ、本当に助かるよ…国に訴えても中々状況が改善しなくて、医療機関も疲弊していたからねえ。本当にソフィアちゃんは救世主だよ」
「あ……その、国は何か援助をしてくれているのですか?」
ニコニコしていたジェイコブ所長の表情に不意に影が落ち、私は思わず尋ねてしまった。
「はぁ、それがね、さっぱりなんだよ。せめて一度現場の様子を見てほしいと嘆願しているんだが…国王陛下は一度も医療機関の視察に来てくださらないねえ。調査するための担当官の派遣すらない。ご自身の目でこの様子を見れば、いかにこの国が危機的状況にあるのかが分かるものを……」
深くため息をつきながら独り言のように呟いた言葉は、この国の歪みを嘆いていた。同じ王族として、申し訳なさに心が締め付けられる。
国王であるお父様は自分の足で動き、自分の目で見ることは決してしない人である。お城の豪華な椅子に鎮座して、自分たちの不利益になることを排除して快適な生活を過ごすことに重きを置いている。私が何か訴えたところで聞き入れることはないだろう。
だけど、今の私にだってこうしてできることがある。
目の前の患者さんを、一人でも多くの民を救いたい想いは日に日に増している。だからか、以前よりも『封魔の力』が強まったようで、魔力を安定させるために要する時間がぐんと減っている。
回復した患者さんの安心した笑顔、不安から解放されて涙を流す人、家族の元に帰れると喜ぶ人、家族の命が繋がり泣き崩れる人――まだ一ヶ月と短い期間だけれど、たくさんの人の歓喜する姿を目の当たりにした。
この国で魔力の暴走による死者をもう出さない。
私はそう強く決意を固めていた。