魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第四十三話 もう一つの噂

「うふふ、噂の女神様にお会いできて光栄です」
「そんな、とんでもないです」

 いつもの診療所のお手伝いはエブリンとジェイルに任せて、私とイリアム様はジェイコブ所長に紹介された王都の西側に位置する小さな診療所を訪れていた。
 その所長であるローザさんは綺麗な栗色の長髪のスラリとスタイルのいい女性である。

 ここには重篤な患者さんこそ居なかったが、魔力が不安定で苦しむ人々が多く入院していた。その一人一人に寄り添って、魔力を安定させていった。


 少し休憩をしている間、ローザさんはうふふふふと妖艶に微笑みながら、何故か私の頬をツンツン突いたり、頭をなでなでしてくる。

「?????」

 されるがままになっていると、イリアム様が困ったように息を吐いた。

「ローザ殿、あまり私の妻で遊ばないでくれるか?」
「あら、ごめんなさい。噂の女神様があまりに可愛いものだから、つい」
「まあ、その点は同意するが……」
「えっ!?」

 嫌ではないが対応に困っていたので、イリアム様の助太刀にホッとしたのも束の間。イリアム様は腕組みをしてローザさんに同意し始めたではないか。

 引き続き私の頬をムニムニしながら、ローザさんは「そういえば」とイリアム様に視線を移した。

「あなた、騎士団長様よね?」
「ああ」
「じゃあ、お勤め先はお城なのかしら?」
「まあ、そうだが…最近は団員の訓練で訓練場に篭ることや外回りばかりで王城には立ち寄っていないな。そもそもあそこは好きじゃなくてな、書類仕事は持ち帰って片付けている」
「そう…最近不穏な噂を聞いたのだけれど……」
「不穏な噂?」

 先程まで目元と口元を緩ませていたローザさんが、一転して表情を曇らせた。私も話の内容が気になって、ジッとローザさんを見つめた。

「私の息子がね、文官の駆け出しで王城勤めなのだけど……」

 えっ!?そんなに大きなお子さんがいるの!?ローザさん一体おいくつなの!?

 私はローザさんの美貌に驚愕しつつも話の続きを待った。つい叫んでしまいそうだったので口を両手で押さえておく。

 ローザさんは周囲を見渡してから、声のトーンを落とした。

「ほら、気性が荒い方の王女様。最近随分とご乱心みたいなの。気に入らない使用人やお役人をどんどん解雇しているって…彼女を怒らせて大火傷を負った子もいるんだって」

 気性が荒い…もしかしてガーネットお姉様のことだろうか?

 確か、慰労会の事件以降、しばらく自室で謹慎処分を受けていたのよね。余りにも軽い処罰でイリアム様が怒っていたことをよく覚えている。

 軽い処罰とはいえ、自尊心の高いガーネットお姉様にとったら、謹慎でさえとても不名誉で不服なことだったに違いない。それで乱心しているのだろうか?怪我人まで出ているとあっては只事ではない。

「最近は王城に勤める人もなるべく王家の生活領域には入らないように、離れの塔とかで詰めて仕事をしているって言うのよ。みんな怒りを買ってクビになりたくないし、怪我もしたくないから当然と言えば当然なのだけど…お城の中は随分と殺伐としているみたいよお~」
「なんと傍迷惑な王女なのか…」

 ローザさんの話にイリアム様は呆れているようだ。

 使用人達が距離を取っているのであれば、新たな怪我人は出ないとは思うけれど、ガーネットお姉様の様子が妙に気になった。


 昔から脅しに魔法を使うことはあったけれど、相手に大怪我をさせることはなかったはずなのに……


 私が考え込んでいると、ローザさんはパンっと手を叩くと、明るい調子で言った。

「なんてね!まあ息子から聞いた噂話だし私たちはお城に行くこともないから、あまり気にすることはないわね。さ、今日はもう大丈夫よ。少しこの辺りを散歩でもして帰ったら?案外いいお店が多いのよ?」
「ほう。では、お言葉に甘えよう。また日取りを調整して顔を出す」
「ええ、お願いね。ジェイコブくんにもよろしく~」

 朝早くからこの場所を訪れていたので、全員の治療を終えてもまだ昼下がりであった。
 最近は診療所に篭りっきりで、あまり街を散策できていなかった私の心は俄かに浮き足立った。

 ひらひらと手を振るローザさんに見送られつつ、私はイリアム様と並んで診療所を後にした。



◇◇◇

「ソフィア」
「なんでしょう?」
「あなたさえよければ、この間のデートの続きをしないか?」
「はっ、はい!是非っ!」

 イリアム様の提案は、それはもう素敵なもので、私は二つ返事で頷いた。
 イリアム様は嬉しそうに笑みを深めながら、私の手を握り指を絡めた。

「い、イリアム様っ!?」

 突然のことにカアッと顔が熱くなった私は、慌ててイリアム様を見上げる。そこには少し悪戯っぽい目をしたイリアム様がいて、ますます顔が熱くなる。

「嫌だったら振り払ってくれていいぞ」
「うう…嫌なわけではありません。分かっていて言っているでしょう?」
「ははっ、すまん。楽しくてつい、な」

 言葉通り、イリアム様は本当に楽しそうに笑いながら軽く私の手を引いた。イリアム様は私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれている。足が長いので普通に歩いているとグングン引き離されてしまうのだけど、私と居る時はこうして歩幅を合わせてくれる。

 それだけで嬉しくて、イリアム様の優しさに胸がキュウっと締め付けられて、私は握られた手に力を込めて握り返した。
 するとイリアム様もキュッキュッと手を握ってくれて、私たちは手頃なカフェに到着するまで笑い合いながら手を握り合って歩いた。
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