魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第四十四話 夕陽が見える丘で
「最近無理をし過ぎていないか?」
「大丈夫ですよ!元気です!」
「そうか?それならばいいのだが…頻繁に街の診療所に赴いては力を使い、屋敷に居る時も初代当主様の本だけでなく、王政に関するものや医療書も読んでいるのだろう?」
「はい。最低限の教養は受けておりますが、私はもっともっと学ばなくてはならないことがたくさんありますので…今の王政が民にとって最善ではないことは前から知っていましたが、じゃあどうすれば少しでも彼らの暮らしが良くなるのか…考え出すとキリがなくて」
近くの洒落たカフェで遅めの昼食を済ませ、少し散策をしてから馬車で王都の中心を目指している時、不意にイリアム様が私の身を案じる言葉を投げてくれた。
最近の私は診療所に行かない日は書斎か自室に篭って色んな分野の本を山積みにして読み耽っている。分からないところはスミスさんに教えてもらい、知識を蓄えている。
頭の中で知識の引き出しが増えていく感覚が充足感を与えてくれ、好奇心は泉から水が湧き出るように際限がなく、毎日時間が足りなくて困るぐらいである。
「それに、『封魔の力』はあまり使っている感覚はなくて、疲労感もそれほどないのですよ?イリアム様のおかげで毎晩安眠できておりますし…あっ」
尚も心配そうに眉を下げるイリアム様を安心させるため、言葉を紡いだ直後に失言だったと口をつぐんだ。せっかく落ち着いていたのに、またまた身体が熱くなる。
最近のイリアム様は毎晩私を抱きしめて眠っている。
未だに慣れないし恥ずかしいけれど、温かな腕の中に包まれていると、私は本当に安心してよく眠れるのだ。
「そ、そうか…それならいいんだ。うん」
就寝時のことを思い出したのか、イリアム様は拳で口元を隠して窓の外を向いてしまった。耳が真っ赤だ。
並んで座る馬車の中、二人で顔を赤く染めつつもしばらく無言でいると、窓の外に見知った景色が流れ始めた。
「…着いたな。行こうか」
「はいっ!」
噴水広場から南に少し進んだところに到着したようで、路傍で馬車を降りる。イリアム様が私の手を取り、当たり前のようにエスコートしてくれる。それだけで嬉しくて幸せで、どうしても頬が緩んで仕方がない。
「この間見れなかった通りに行こうか。夕方になったら、夕陽がよく見える丘があるから、その…そこに着いてきてくれるか?このまま通り沿いに歩いていける場所なんだが…」
「夕陽が?まあっ、楽しみです。もちろんご同行いたしますとも」
「あ、ああ。ありがとう」
どこかソワソワした様子のイリアム様。少し気になったけれど、調子が悪いわけではなさそうなので、手を引かれるままに隣に並んで歩いた。
今日は雲ひとつない晴天だから、きっと夕陽も綺麗に見えるわね。
――なんて、この時の私は呑気にそう考えていた。
◇◇◇
「わあ……」
目の前に聳え立つのは夕陽に染まる王城。
街もオレンジ色に染まり、まるで一面秋の稲穂畑のように輝いている。
イリアム様が連れて来てくれたのは、王都の南に位置する小高い丘。
緑が多く、子供向けの遊具や花壇などが設置されて綺麗に管理されている。この地区は住居区が近いため、夕暮れ時だけれどチラホラと人の姿が見える。遊具の方向からは賑やかな子供たちの遊ぶ声が風に乗って耳に届き、穏やかな気持ちにさせてくれる。
周囲を見渡していた私は微笑を携え、王城に視線を戻した。
白亜の城が眩いほどにオレンジ色に輝いている。
八年間過ごしたお城にいい思い出はないけれど、イリアム様が隣にいるからだろうか、真っ直ぐに、目を逸らさずに見ることができる。慰労会の出来事も随分遠い昔のことのように思えてしまう。
「王都にこんな場所があったなんて…すごく綺麗です。連れて来てくださり、ありがとうございます」
「騎士団に入りたての頃、巡回中に見つけてな。いつか大切な人ができたら、その人と見たいと思っていたんだ」
「大切な人……」
イリアム様の発した言葉に、私はピクリと反応した。
視線をゆっくりとイリアム様に移すと、イリアム様は真剣な眼差しで私を見つめていた。真摯な目に見据えられ、捉えられたように目が離せなくなる。
「……ソフィア、あなたのことだ」
「――っ!」
目を見開き、イリアム様を見上げる。そこには依然として真剣な眼差しのイリアム様がいて――ドキドキと、心臓が忙しない。
イリアム様は、私を大切な人だと言ってくれた。
その表情、声音から、特別な意味を含んでいることは流石に分かった。
――イリアム様に必要なのは、私の力。
そう言い聞かせてきた。
イリアム様の優しい目、穏やかな表情、時より見せる熱の籠った瞳、私を包み込む逞しい腕、ゴツゴツした男らしい手、抱き合った時に感じる明らかに早い鼓動。
そのどれもが、私の恋心を燃やすためには十分過ぎるほどで……
ずっと、ずっと、違うと言い聞かせてきた。
期待して、そうではなかった時に、きっと私は立ち直れなくなってしまうから。あなたの隣が心地良すぎて手放したくはないから――
でも、もしかして、期待してもいいのだろうか。
イリアム様も、私と同じ気持ちだと――
「あ、あの、イリアム様っ」
「ソフィア、話したいことがあるのだが」
気持ちが急いてしまい、イリアム様と同じタイミングで口を開いてしまった。慌てて口をつぐむが、その様子さえ愛おしそうにイリアム様が見つめてくれている。
聞きたくて、伝えたくて、伝えて欲しくて堪らない。
夕陽に照らされたイリアム様が神々しくて、なぜだか無性に泣きそうになる。
「ソフィア、聞いて欲しい。ずっと、ずっと伝えたかったことがある」
「は、はい……」
イリアム様が私の肩に触れ、真っ直ぐに身体を彼の方へと向けられる。返事をした私の声は掠れてしまっていた。
ドキドキと、イリアム様の言葉を待つ時間が、永遠とも思えるほどに長く感じる。
潤んだ瞳を揺らしながら、イリアム様が意を決したように口を開いたその時――
「なっ、なんだあれは……!?」
「城が……」
「うそ、でしょ」
急に周囲が騒がしくなり、ドン!という空気を震わすほどの大きな衝撃音が遅れて耳に届いた。
私たちは顔を見合わせると、王都の中心に聳え立つ荘厳な城を確認しようとして……絶句した。
先程までその場に聳え立っていたはずの白亜の城が、ガラガラと見るも無惨に崩壊していくところだったから――
「大丈夫ですよ!元気です!」
「そうか?それならばいいのだが…頻繁に街の診療所に赴いては力を使い、屋敷に居る時も初代当主様の本だけでなく、王政に関するものや医療書も読んでいるのだろう?」
「はい。最低限の教養は受けておりますが、私はもっともっと学ばなくてはならないことがたくさんありますので…今の王政が民にとって最善ではないことは前から知っていましたが、じゃあどうすれば少しでも彼らの暮らしが良くなるのか…考え出すとキリがなくて」
近くの洒落たカフェで遅めの昼食を済ませ、少し散策をしてから馬車で王都の中心を目指している時、不意にイリアム様が私の身を案じる言葉を投げてくれた。
最近の私は診療所に行かない日は書斎か自室に篭って色んな分野の本を山積みにして読み耽っている。分からないところはスミスさんに教えてもらい、知識を蓄えている。
頭の中で知識の引き出しが増えていく感覚が充足感を与えてくれ、好奇心は泉から水が湧き出るように際限がなく、毎日時間が足りなくて困るぐらいである。
「それに、『封魔の力』はあまり使っている感覚はなくて、疲労感もそれほどないのですよ?イリアム様のおかげで毎晩安眠できておりますし…あっ」
尚も心配そうに眉を下げるイリアム様を安心させるため、言葉を紡いだ直後に失言だったと口をつぐんだ。せっかく落ち着いていたのに、またまた身体が熱くなる。
最近のイリアム様は毎晩私を抱きしめて眠っている。
未だに慣れないし恥ずかしいけれど、温かな腕の中に包まれていると、私は本当に安心してよく眠れるのだ。
「そ、そうか…それならいいんだ。うん」
就寝時のことを思い出したのか、イリアム様は拳で口元を隠して窓の外を向いてしまった。耳が真っ赤だ。
並んで座る馬車の中、二人で顔を赤く染めつつもしばらく無言でいると、窓の外に見知った景色が流れ始めた。
「…着いたな。行こうか」
「はいっ!」
噴水広場から南に少し進んだところに到着したようで、路傍で馬車を降りる。イリアム様が私の手を取り、当たり前のようにエスコートしてくれる。それだけで嬉しくて幸せで、どうしても頬が緩んで仕方がない。
「この間見れなかった通りに行こうか。夕方になったら、夕陽がよく見える丘があるから、その…そこに着いてきてくれるか?このまま通り沿いに歩いていける場所なんだが…」
「夕陽が?まあっ、楽しみです。もちろんご同行いたしますとも」
「あ、ああ。ありがとう」
どこかソワソワした様子のイリアム様。少し気になったけれど、調子が悪いわけではなさそうなので、手を引かれるままに隣に並んで歩いた。
今日は雲ひとつない晴天だから、きっと夕陽も綺麗に見えるわね。
――なんて、この時の私は呑気にそう考えていた。
◇◇◇
「わあ……」
目の前に聳え立つのは夕陽に染まる王城。
街もオレンジ色に染まり、まるで一面秋の稲穂畑のように輝いている。
イリアム様が連れて来てくれたのは、王都の南に位置する小高い丘。
緑が多く、子供向けの遊具や花壇などが設置されて綺麗に管理されている。この地区は住居区が近いため、夕暮れ時だけれどチラホラと人の姿が見える。遊具の方向からは賑やかな子供たちの遊ぶ声が風に乗って耳に届き、穏やかな気持ちにさせてくれる。
周囲を見渡していた私は微笑を携え、王城に視線を戻した。
白亜の城が眩いほどにオレンジ色に輝いている。
八年間過ごしたお城にいい思い出はないけれど、イリアム様が隣にいるからだろうか、真っ直ぐに、目を逸らさずに見ることができる。慰労会の出来事も随分遠い昔のことのように思えてしまう。
「王都にこんな場所があったなんて…すごく綺麗です。連れて来てくださり、ありがとうございます」
「騎士団に入りたての頃、巡回中に見つけてな。いつか大切な人ができたら、その人と見たいと思っていたんだ」
「大切な人……」
イリアム様の発した言葉に、私はピクリと反応した。
視線をゆっくりとイリアム様に移すと、イリアム様は真剣な眼差しで私を見つめていた。真摯な目に見据えられ、捉えられたように目が離せなくなる。
「……ソフィア、あなたのことだ」
「――っ!」
目を見開き、イリアム様を見上げる。そこには依然として真剣な眼差しのイリアム様がいて――ドキドキと、心臓が忙しない。
イリアム様は、私を大切な人だと言ってくれた。
その表情、声音から、特別な意味を含んでいることは流石に分かった。
――イリアム様に必要なのは、私の力。
そう言い聞かせてきた。
イリアム様の優しい目、穏やかな表情、時より見せる熱の籠った瞳、私を包み込む逞しい腕、ゴツゴツした男らしい手、抱き合った時に感じる明らかに早い鼓動。
そのどれもが、私の恋心を燃やすためには十分過ぎるほどで……
ずっと、ずっと、違うと言い聞かせてきた。
期待して、そうではなかった時に、きっと私は立ち直れなくなってしまうから。あなたの隣が心地良すぎて手放したくはないから――
でも、もしかして、期待してもいいのだろうか。
イリアム様も、私と同じ気持ちだと――
「あ、あの、イリアム様っ」
「ソフィア、話したいことがあるのだが」
気持ちが急いてしまい、イリアム様と同じタイミングで口を開いてしまった。慌てて口をつぐむが、その様子さえ愛おしそうにイリアム様が見つめてくれている。
聞きたくて、伝えたくて、伝えて欲しくて堪らない。
夕陽に照らされたイリアム様が神々しくて、なぜだか無性に泣きそうになる。
「ソフィア、聞いて欲しい。ずっと、ずっと伝えたかったことがある」
「は、はい……」
イリアム様が私の肩に触れ、真っ直ぐに身体を彼の方へと向けられる。返事をした私の声は掠れてしまっていた。
ドキドキと、イリアム様の言葉を待つ時間が、永遠とも思えるほどに長く感じる。
潤んだ瞳を揺らしながら、イリアム様が意を決したように口を開いたその時――
「なっ、なんだあれは……!?」
「城が……」
「うそ、でしょ」
急に周囲が騒がしくなり、ドン!という空気を震わすほどの大きな衝撃音が遅れて耳に届いた。
私たちは顔を見合わせると、王都の中心に聳え立つ荘厳な城を確認しようとして……絶句した。
先程までその場に聳え立っていたはずの白亜の城が、ガラガラと見るも無惨に崩壊していくところだったから――