魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第四十五話 苛立ちと目覚め(ガーネット視点)
イライラする。
何だかずっと、些細なことでも苛立ちを感じる。
何をするでもなく自室のベッドで大の字に寝転んでいた私は、大きく息を吐き出すと城内を散歩するために起き上がった。
謹慎処分はとっくに解けている。どこに行こうが何をしようが誰も私を咎めはしない。
部屋を出て、足の向くままに長い廊下を歩く。
王城の中は相変わらず煌びやかな装飾品が目立つ。
だけれど、少し前と違うことが一つ。
使用人や城務めの文官たちの姿がめっきり減ったのだ。
その原因は私。
だって下民の分際で私の視界に入ってくるなんて、許せると思う?同じ空気を吸っているだなんて吐き気がするもの。むしろ今までその環境にいたことが信じられないぐらいだわ。
ここ最近手当たり次第出会った人々に「城から出ていけ」「消えろ」と当たり散らした甲斐があったというものね。城に足を踏み入れていいのは王族だけ。私たちのために働けることにもっと感謝すべきだわ。
ガランとした廊下を進むと、資料管理室の近くを通りかかった。
城内が物静かで気分が良かったのはここまでだった。なぜなら誰かの話し声が聞こえたからだ。
ひそひそと声を殺しているが恐らくは二人、角を曲がった先に人がいるらしい。
「なあ、知ってるか?診療所の『女神様』」
「もちろん!うちの母親が長らく入院してたんだけど、女神様がいらしてからみるみる体調が良くなってさ。ちょうど一昨日退院したばっかなんだぜ」
女神様?
城から出て行けと怒鳴り散らしてやるつもりだったが、少し話の内容が気になって耳を側立てる。
「淡いブロンドにガラス玉のようなくりくりした瞳、名前は確か…ソフィア様と言ったかな?笑顔が素敵で患者はみーんな女神様の虜なんだってなあ…何でも最近ご結婚した騎士団長様の奥様なんだとか!俺も会いたいなあ」
「あの生真面目な団長様が見初めたお方ということか?ならばよほどの女性なんだろうなあ…」
「……ソフィア、ですって?」
忌々しい名前が飛び出し、私の顔が怒りにより強張っていく。あの慰労会の日、イリアムとあの女のせいで受けた屈辱は一秒たりとも忘れたことはない。何度頭の中で二人を焼き尽くしてやったか分からない。
腹立たしい、憎い、殺してやりたい――!!
『………殺セ、殺セバイイ、燃ヤシツクスノダ、ナニモカモ』
怒りで頭に血が昇ると最近響く謎の声。
その声がより一層私の黒い感情を増幅させる。
「ん?なんか暑くないか…ってうわぁぁ!!?」
「がががガーネット王女様っ、すすすみませんっ、資料を持ったらすぐに撤退しますので…」
気がつくと私は両手に業火を携えていた。
ゴウゴウと燃え盛る炎、パチパチと弾ける音が耳に心地良くてうっとりする。
仕事をサボり雑談に余念がなかった下っ端たちは、私に気付くとサッと顔が青ざめさせた。両手いっぱいに資料を抱えているところを見ると、資料管理室から必要な資料を持ち出すところだったのだろう。
ピーピーと言い訳を喚いているが、それもまたうるさくてイライラした気持ちが募る。
「……今すぐ、今すぐそのうるさい口を閉じて消えなさい。その紙屑のように焼き殺されたくなければねっ!!」
「うっ、うわぁぁっ!?」
「ひぃぃっ!?しっ、失礼しました!!!」
ボウッ!と一瞬のうちに下っ端たちが抱えていた書類が燃えて真っ黒な灰となり、二人は血相を変えて頭を下げると廊下の向こうへ逃げ出していった。
「あは、あははっ!みっともないわねぇっ」
そうよ。私の言うことやることは絶対。
誰だって邪魔することは許さないんだから。
みーんな平伏し、屈服すればいいのよ。
一人になった廊下には私の笑い声だけが反響していた。
◇◇◇
その日、夕陽が差し込む時間帯、いつものように家族四人で食卓を囲んでいると、ここでも不快な話題が持ち上がった。
「最近市井では『女神』などと呼ばれる女子がおるらしいのう」
「まあ、そうなのですか」
昼間にも聞いた『女神』の単語。
それを聞いた私の顔から笑顔が消えた。
手に持っていたフォークとナイフをカチャンと音を立てて皿に置くと、私はお父様に語りかけた。
「そんな話、ただの戯言ですわ。誰がそんな馬鹿なことを言っているのでしょう。うふふ、幻覚でも見ているのですわ」
「んん?もっぱらの噂じゃぞ?あまりによく耳にするものでな、一度城に招いてどんな娘か見てみたいと思っているのじゃが……それよりもガーネット、最近城勤めたちを追い払っているそうじゃな?すっかり城内が閑散としておるわい。今もほとんどの者は東西の塔に篭って仕事をしているようじゃし、聞けば酷い火傷を負った者もおるのだとか…何をそんなに当たり散らすことがある。ん?最近のお前はどこかおかしいぞ?」
イライラする。
お父様の呆れたような表情、まるで問題児を見るような目――そんな目で私を見ないで!!
『……壊シテシマエ、気ニ入ラヌモノは全テ』
「……………………うるさい」
「ん?なんじゃ?何か言ったか?この間の謹慎処分が気に食わんかったのか?あれはお前がちいとやり過ぎたからでな、わしも本意ではなかったのじゃよ。聡明なガーネットならば分かってくれるであろう?」
イライラする、イライラする。
我儘を言う子供を宥めるような声音で話しかけないで!!
『…バラバラニ引キ割イテ、喰ロウテシマエ』
「………………うるさい」
「ふぅむ…どうも、最近のお前は何か悪いものにでも取り憑かれたようじゃ。おお!そうじゃ。噂の『女神』とやらに診てもらうといい!ふむ、我ながら名案じゃ!ふぉふぉふぉ」
イライラする、イライラする、イライラする。
呑気に顎を揺らしながら笑うお父様も、困ったように眉を下げながらもお父様と同じ目で私を見ているお母様も、関心なさげに家畜のように黙々と食事を続けるお姉様も――何もかもが目障り、うざい、消えてしまえ…!!
『ソコマデ言ウナラバ、我ガ全テ無ニ返シテヤロウ。願エ、乞イ願ウノダ』
「……うるさい。うるさい!うるさいうるさい!!」
「が、ガーネット?どうした、乱心したか?おい、衛兵……も居ないのか?奴らまで追い払ってしまったというのか…はぁ、困ったものじゃのう」
頭を抱え、真っ赤な髪を振り乱す私を面倒そうに宥めるお父様。
さっきから、頭が割れるように痛い。
怒りのあまり視界が真っ赤に染まっていく。
『燃ヤセ、燃ヤセ燃ヤセ燃ヤセ燃ヤシテシマエ…!』
「うっ、ううぅ……うるさい、うるさい……!そこまで言うのなら、全部、全部焼き尽くしてみなさいよっ!!!」
『ヨカロウ、代償トシテ……オ前ノ身体ハ貰イ受ケルゾ』
「え……な、どういう、こと……ううっ、うああぉあああっ!!!」
『フフフ、フハハハハッ!!漸ク、漸ク復活ノ時ガ来タ!!』
視界の全てが真っ赤に染まり、どろりとした生暖かい何かに身体が飲み込まれ沈んでいく感覚がして――意識が遠のいていく。
ぼんやりした視界に映るのはお父様とお母様の哀れんだ瞳。
――そんな目で、そんな目で私を見るな!!
「ああああああっ!!ぐ、ぐぉ、グオォォォォォオ!!!」
身体が引き裂かれそうなほどに熱い。
メキメキと身体が膨張してみるみるうちに視点が高くなり、お父様もお母様も、お姉様も小さくなっていく。
巨大化した身体が天井を突き破り、ガラガラと城が崩れていく。
背中に裂けるような痛みが走り、ミシミシと巨大な翼が生えていく。
自分のものとは思えない雄叫びが喉を張り割く。
段々と意識が遠くなっていき――
最後に見たのは視界いっぱいに映ったお父様の恐怖に震え、絶望した表情だった。
ばくん!!と何かに食らいつく音と衝撃を最後に、私の意識は闇に飲み込まれた。
何だかずっと、些細なことでも苛立ちを感じる。
何をするでもなく自室のベッドで大の字に寝転んでいた私は、大きく息を吐き出すと城内を散歩するために起き上がった。
謹慎処分はとっくに解けている。どこに行こうが何をしようが誰も私を咎めはしない。
部屋を出て、足の向くままに長い廊下を歩く。
王城の中は相変わらず煌びやかな装飾品が目立つ。
だけれど、少し前と違うことが一つ。
使用人や城務めの文官たちの姿がめっきり減ったのだ。
その原因は私。
だって下民の分際で私の視界に入ってくるなんて、許せると思う?同じ空気を吸っているだなんて吐き気がするもの。むしろ今までその環境にいたことが信じられないぐらいだわ。
ここ最近手当たり次第出会った人々に「城から出ていけ」「消えろ」と当たり散らした甲斐があったというものね。城に足を踏み入れていいのは王族だけ。私たちのために働けることにもっと感謝すべきだわ。
ガランとした廊下を進むと、資料管理室の近くを通りかかった。
城内が物静かで気分が良かったのはここまでだった。なぜなら誰かの話し声が聞こえたからだ。
ひそひそと声を殺しているが恐らくは二人、角を曲がった先に人がいるらしい。
「なあ、知ってるか?診療所の『女神様』」
「もちろん!うちの母親が長らく入院してたんだけど、女神様がいらしてからみるみる体調が良くなってさ。ちょうど一昨日退院したばっかなんだぜ」
女神様?
城から出て行けと怒鳴り散らしてやるつもりだったが、少し話の内容が気になって耳を側立てる。
「淡いブロンドにガラス玉のようなくりくりした瞳、名前は確か…ソフィア様と言ったかな?笑顔が素敵で患者はみーんな女神様の虜なんだってなあ…何でも最近ご結婚した騎士団長様の奥様なんだとか!俺も会いたいなあ」
「あの生真面目な団長様が見初めたお方ということか?ならばよほどの女性なんだろうなあ…」
「……ソフィア、ですって?」
忌々しい名前が飛び出し、私の顔が怒りにより強張っていく。あの慰労会の日、イリアムとあの女のせいで受けた屈辱は一秒たりとも忘れたことはない。何度頭の中で二人を焼き尽くしてやったか分からない。
腹立たしい、憎い、殺してやりたい――!!
『………殺セ、殺セバイイ、燃ヤシツクスノダ、ナニモカモ』
怒りで頭に血が昇ると最近響く謎の声。
その声がより一層私の黒い感情を増幅させる。
「ん?なんか暑くないか…ってうわぁぁ!!?」
「がががガーネット王女様っ、すすすみませんっ、資料を持ったらすぐに撤退しますので…」
気がつくと私は両手に業火を携えていた。
ゴウゴウと燃え盛る炎、パチパチと弾ける音が耳に心地良くてうっとりする。
仕事をサボり雑談に余念がなかった下っ端たちは、私に気付くとサッと顔が青ざめさせた。両手いっぱいに資料を抱えているところを見ると、資料管理室から必要な資料を持ち出すところだったのだろう。
ピーピーと言い訳を喚いているが、それもまたうるさくてイライラした気持ちが募る。
「……今すぐ、今すぐそのうるさい口を閉じて消えなさい。その紙屑のように焼き殺されたくなければねっ!!」
「うっ、うわぁぁっ!?」
「ひぃぃっ!?しっ、失礼しました!!!」
ボウッ!と一瞬のうちに下っ端たちが抱えていた書類が燃えて真っ黒な灰となり、二人は血相を変えて頭を下げると廊下の向こうへ逃げ出していった。
「あは、あははっ!みっともないわねぇっ」
そうよ。私の言うことやることは絶対。
誰だって邪魔することは許さないんだから。
みーんな平伏し、屈服すればいいのよ。
一人になった廊下には私の笑い声だけが反響していた。
◇◇◇
その日、夕陽が差し込む時間帯、いつものように家族四人で食卓を囲んでいると、ここでも不快な話題が持ち上がった。
「最近市井では『女神』などと呼ばれる女子がおるらしいのう」
「まあ、そうなのですか」
昼間にも聞いた『女神』の単語。
それを聞いた私の顔から笑顔が消えた。
手に持っていたフォークとナイフをカチャンと音を立てて皿に置くと、私はお父様に語りかけた。
「そんな話、ただの戯言ですわ。誰がそんな馬鹿なことを言っているのでしょう。うふふ、幻覚でも見ているのですわ」
「んん?もっぱらの噂じゃぞ?あまりによく耳にするものでな、一度城に招いてどんな娘か見てみたいと思っているのじゃが……それよりもガーネット、最近城勤めたちを追い払っているそうじゃな?すっかり城内が閑散としておるわい。今もほとんどの者は東西の塔に篭って仕事をしているようじゃし、聞けば酷い火傷を負った者もおるのだとか…何をそんなに当たり散らすことがある。ん?最近のお前はどこかおかしいぞ?」
イライラする。
お父様の呆れたような表情、まるで問題児を見るような目――そんな目で私を見ないで!!
『……壊シテシマエ、気ニ入ラヌモノは全テ』
「……………………うるさい」
「ん?なんじゃ?何か言ったか?この間の謹慎処分が気に食わんかったのか?あれはお前がちいとやり過ぎたからでな、わしも本意ではなかったのじゃよ。聡明なガーネットならば分かってくれるであろう?」
イライラする、イライラする。
我儘を言う子供を宥めるような声音で話しかけないで!!
『…バラバラニ引キ割イテ、喰ロウテシマエ』
「………………うるさい」
「ふぅむ…どうも、最近のお前は何か悪いものにでも取り憑かれたようじゃ。おお!そうじゃ。噂の『女神』とやらに診てもらうといい!ふむ、我ながら名案じゃ!ふぉふぉふぉ」
イライラする、イライラする、イライラする。
呑気に顎を揺らしながら笑うお父様も、困ったように眉を下げながらもお父様と同じ目で私を見ているお母様も、関心なさげに家畜のように黙々と食事を続けるお姉様も――何もかもが目障り、うざい、消えてしまえ…!!
『ソコマデ言ウナラバ、我ガ全テ無ニ返シテヤロウ。願エ、乞イ願ウノダ』
「……うるさい。うるさい!うるさいうるさい!!」
「が、ガーネット?どうした、乱心したか?おい、衛兵……も居ないのか?奴らまで追い払ってしまったというのか…はぁ、困ったものじゃのう」
頭を抱え、真っ赤な髪を振り乱す私を面倒そうに宥めるお父様。
さっきから、頭が割れるように痛い。
怒りのあまり視界が真っ赤に染まっていく。
『燃ヤセ、燃ヤセ燃ヤセ燃ヤセ燃ヤシテシマエ…!』
「うっ、ううぅ……うるさい、うるさい……!そこまで言うのなら、全部、全部焼き尽くしてみなさいよっ!!!」
『ヨカロウ、代償トシテ……オ前ノ身体ハ貰イ受ケルゾ』
「え……な、どういう、こと……ううっ、うああぉあああっ!!!」
『フフフ、フハハハハッ!!漸ク、漸ク復活ノ時ガ来タ!!』
視界の全てが真っ赤に染まり、どろりとした生暖かい何かに身体が飲み込まれ沈んでいく感覚がして――意識が遠のいていく。
ぼんやりした視界に映るのはお父様とお母様の哀れんだ瞳。
――そんな目で、そんな目で私を見るな!!
「ああああああっ!!ぐ、ぐぉ、グオォォォォォオ!!!」
身体が引き裂かれそうなほどに熱い。
メキメキと身体が膨張してみるみるうちに視点が高くなり、お父様もお母様も、お姉様も小さくなっていく。
巨大化した身体が天井を突き破り、ガラガラと城が崩れていく。
背中に裂けるような痛みが走り、ミシミシと巨大な翼が生えていく。
自分のものとは思えない雄叫びが喉を張り割く。
段々と意識が遠くなっていき――
最後に見たのは視界いっぱいに映ったお父様の恐怖に震え、絶望した表情だった。
ばくん!!と何かに食らいつく音と衝撃を最後に、私の意識は闇に飲み込まれた。