魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第四十六話 魔竜顕現

「な、なんだあれは……まさか」
「魔竜……なの?」

 目の前に広がる信じられない光景に、私とイリアム様は呆然と立ち尽くした。


 先程まで夕陽に照らされ美しく聳え立っていた王城は、見るも無惨に崩壊していた。
 城があった場所には、今、天に向かって(つんざく)くような雄叫びを上げる漆黒の巨大な竜がいる。

 突然のことにヒュッと呼吸が浅くなり、血の気が引いていくが、周囲の悲鳴にハッと我に返った。

「イリアム様…!あれはまさか、まさか数百年前に現れたという」
「ああ……考えたくもないが、魔竜、なのだろう」

 イリアム様も目を見開き、その瞳孔は激しく揺れていた。

 周囲を見渡すと、悲鳴をあげて逃げ惑う民の姿があった。みんなの表情は青ざめ、絶望に染まり、泣き叫び…混乱の波が広がっていっている。

 このままだと、この国の民の命が危うい。


 ――しっかりしなきゃ!


 私はパチンっと自分の頬を叩くと、イリアム様の手を引いた。

「イリアム様!このままではこの国は滅びます!私たちにできることを」
「あっ、ああ……ああ!そうだな」

 私の言葉に冷静さを取り戻したイリアム様は、ギュッと私の手を握り返し、逃げ惑う民に向かって叫んだ。

「慌てるな!できるだけ遠くへ!真っ直ぐ南に逃げるんだ!」

 イリアム様の凜とした声は無事に民に届いたようで、みんなハッと立ち止まり、力強く頷くと王城と逆の方角へと列を成して駆けて行った。

「このまま放っておいたら民に危険が及ぶ。ともかくあの邪悪な竜を止めなくては」
「はい、行きましょう!」

 私の言葉に、イリアム様は一瞬躊躇うように瞳を揺らした。私を連れて行くか悩んでいるのだろう。

 正直、巨大でおどろおどろしい魔竜を目にして、身体が竦んでいる。だけど、古の災いと同じことが起きているのだとしたら、あの魔竜を消滅させるには『封魔の力』が必要である。その力を宿す私が魔竜から逃げてどうするというのか。

 決意を込めてイリアム様を見つめると、イリアム様は観念したように深いため息を吐いた。そして、「失礼」と一言発すると私の膝の裏と腰に手を滑り込ませた。

「ひゃっ!?」
「ここからまともに向かっては日が暮れる。飛ぶぞ。しっかり捕まっていろ」
「と、飛ぶ…わわっ!」

 イリアム様は足の裏に魔力を込めたのか、足の周りに旋風が起こり、地面を蹴ってあっという間に上空に飛び上がった。風を纏い、空を駆けるようにものすごいスピードで魔竜に向かって行く。

 私は振り落とされないようにギュッとイリアム様の首にしがみついた。イリアム様も強く私を抱き締めて支えてくれている。


 間も無く王城の敷地内、瓦解せずに残っていた東の塔の下に着地した。塔からは流れるように人が駆け出しており、大混乱を極めていた。

 魔竜は目覚めたばかりだからか、身体をほぐすようにググッと巨大な翼を広げては天に向かって時折咆哮している。
 先程まですっきり晴れていた空には、厚い暗雲がとぐろを巻くように広がっていた。

 間近で見る魔竜は、どの書物に描かれていた描画よりも恐ろしく、身の毛がよだつほどに嫌な感じがする。身体の震えが止まらない。
 魔竜が咆哮するたびに大地は震え、鼓膜がビリビリと振動して激しい痛みをもたらす。


「団長…?団長ぉー!!」
「マリクっ!?」

 その時、人混みを掻き分けるようにして、騎士団の副団長であるマリクさんが私たちの元へ駆け寄ってきた。
 よく見ると、あちこちに隊服を着た人々が避難誘導をしているようだ。

「マリク!無事だったか!確か今日は訓練所で団員を見てくれていたんだったな」
「ああ、急に地響きがしたと思ったら、あっという間に城が崩れてあんな化け物が現れたんだ。幸い城内にはほとんど人が居なかったようだが、東西の塔に人が密集していてな。みんなパニックを起こしてやがる」

 それも仕方あるまい。
 本でしか見ないような竜が今、目の前で叫んでいるのだから。

「それで、どうする?あんな化け物相手にして勝機はあるのかよ」
「分からん。だが、俺たちが止めなければこの国は終わりだ」
「がはは、だよなー。よし、民の避難は俺たちに任せて、団長は魔竜に集中してくれや!ほら、これ持って行け!」

 こんな時でも豪快に笑いながら、マリクさんはバシンとイリアム様の肩を叩いた。そして腰に下げていた剣をしゃらりと抜いて、イリアム様へ差し出した。
 イリアム様は僅かに目を見開き力強く頷くと、剣を受け取った。

「頼んだぜ、団長」
「ああ、お前もな」

 ニヤリと笑みを浮かべて拳を交わし、マリクさんは人が未だ溢れ返る塔へ、イリアム様は瓦礫の中聳え立つ魔竜に向き合った。

「ソフィア、何があっても俺から離れるな。いいな?」
「は、はいっ」

 イリアム様は魔竜を睨みつけながら、私の腰を引き寄せる。


 ――とうとう、恐れていたことが起こってしまった。
 色々と調べ物はしていたけれど、魔竜を消滅させる決定的な方法は見つからず仕舞いである。

 本当に、私にこの恐ろしい竜を鎮めることができるのだろうか?もし、もし出来なかったら……?


 私はごくりと生唾を飲み込み、後ろ向きな考えを払うように首を振った。


 怖い。だけれど、やるしかない。


「行くぞ」
「はいっ!」

 イリアム様は私を片腕で支えたまま風魔法で大きく跳躍した。
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