魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第四十七話 魔竜の脅威

『グギャァァァァアァァ!!』

「ひっ」
「くっ、なんて叫び声だ」

 私とイリアム様は魔竜により瓦礫と化した王城の影に潜んでいた。すぐそこには見上げてもその頂を拝むことができないほどに巨大な竜の姿がある。
 イリアム様は片腕に剣を構え、空いた手で守るように私を抱き締めてくれている。

「イリアム様…これからどうするおつもりですか?」
「問題はそこだな。よし…俺が注意を引きつける。ソフィアはその間に祈りを捧げるんだ」
「祈りを?」
「ああ、『封魔の力』は想いが強ければ強いほどにその力を増す。やってみなければ分からないが、魔竜の消滅を強く念じるんだ」
「強い想い…はい、やってみます」

 決意を込めてイリアム様を見上げると、イリアム様はいつもの優しい笑みを返してくれる。
 そのことがいたく心を落ち着けてくれる。


 できる。きっと、やってみせる――


 私は両手を組んで、強く魔竜の消滅を願った。
 僅かだが、淡く温かな光に身体が包まれる。



 私が祈り始めたことを確認すると、イリアム様は魔竜に向かって飛び出していった。

「現れてすぐで悪いが、お前には消えてもらうぞ!」
『グルルル…キシャァァァァァッ!!』

 魔竜はゆっくりとイリアム様に顔を向け、敵と認識したのか激しく威嚇した。それだけで周囲に突風が吹き、私は瓦礫の影に慌てて身をかがめた。

「くぅ、化け物め。行くぞ!」

 イリアム様は剣を振ると、バチチチっと眩い雷を纏って目にも止まらぬ速さで魔竜に斬りかかった。

『ギャァァァァ…!』

 イリアム様の猛攻に圧倒され、ぐらりと魔竜の身体が傾く。
 だが、太く鋭い爪で地面を踏み締めた魔竜が『オオオオオッ』と唸り始め、漆黒の体から紫炎が染み出してきた。途端にイリアム様を纏っていた雷がバチンッと激しく音を鳴らして消滅した。

「くっ……魔力を吸われたか」

 イリアム様が大きく後方へ飛び退いたと同時に、イリアム様が居た場所に鋭い爪が突き刺さった。魔竜が巨大な腕を振り下ろしたのだ。
 地面が割れ、ビシビシと亀裂が四方へ広がっていく。


 早くしないと、イリアム様が危ない――!


 私は強く強く魔竜の消滅を願った。


『グルルル…コノ、忌マワシイ光ハ……カツテ我ヲ封ジタ光……ソコカ』
「なっ、喋るのか…!?まずい、ソフィアっ!!」


 私の祈りが光となり、チカチカと魔竜の周りに纏わり付いた。けれども、魔竜は不快そうに唸るばかりで、効いている様子はない。
 それどころか光の残滓を辿られて、居場所がバレてしまった。

 ズゥゥン…と立っていられないほどの揺れを感じ、祈りの体勢が崩れてしまう。地面に両手をつき、揺れに耐えながら顔を上げると、魔竜は大きく口を開け、闇のように深い喉の奥で紫紺の炎が燃え盛っているのが見えた。

 まずい!と思った瞬間、私の視界は大きな頼もしい背中でいっぱいになった。

「イリアム様っ!」
「ソフィア、伏せていろ!」

 イリアム様が叫ぶと同時に、魔竜は燃えたぎる業火を吐き出した。イリアム様の肩越しに迫る炎の壁。咄嗟に死を覚悟したが、イリアム様が両手で支えた刀身を突き出し、魔力を注ぎ込んで防壁を作り出した。イリアム様の魔力の壁が魔竜の獄炎のブレスを相殺していく。

「す、すごい……」
「ぐ……この火力、出鱈目だな」

 イリアム様の戦いを初めて見るが、国随一の魔法の使い手と言われるだけあり、その魔力操作には目を見張るものがあった。
 やがて炎の壁が収束し、ホッと息を吐いたのも束の間、炎の壁の向こうから現れたのは漆黒に輝く鋭い爪だった。

「なっ……!」

 イリアム様が体勢を立て直し、剣で魔竜の一振りを辛うじていなしたが、間髪入れずにもう一方の腕が振り下ろされた。

「くそっ!防ぎきれん…っ」


 間に合わない……!


 身体が動かず来たる痛みを覚悟してギュッと固く目を閉じた――が、耳に響いたのはガキン!と剣が交わるような鈍い音だった。


 恐る恐る目を開けると、そこに居たのは――


「ジェイルっ!?」
「っ痛~!凄まじいな……よお、姫さん大丈夫か?」

 イリアム様と並ぶようにして剣を構え、魔竜の鋭い爪を防いでくれていたのは護衛騎士のジェイルだった。

「ソフィア様っ!ご無事ですか!」
「え、エブリンまで、何で……」

 後方からはエブリンまで駆け寄ってきて、私は驚きの余り目を見開いた。

「我々は今日、診療所をお手伝いしておりましたので…あの化け物が現れた時慌てて外に出ると、空を駆けるご主人様とソフィア様の姿が目に入り…ジェイルと共に追ってきたのです」

 エブリンに肩を支えられた私はポカンと口を開けたままジェイルに視線を戻すと、ジェイルは剣に激流を纏わせて魔竜の爪を薙ぎ払っていた。そして剣を一振りすると、肩越しに私の方を向いてニカッと笑みを浮かべた。

「ふうっ、間に合ってよかったぜ。もう屋敷で指を咥えて待ってるだけはごめんだからな。護衛騎士として、俺も姫さんを護る」
「ふっ、助かった。まだいけるか?」
「ああ!もちろん」

 イリアム様もニヤリと口元に笑みを浮かべて剣を強く握り直した。二人は剣の切先を魔竜に向ける。
 魔竜はグルルル…と喉を鳴らしながら苛立っている様子である。

『忌々シイ…オマエ達()纏メテ喰ロウテクレルワ!』
「お前たち()、だと?」

 魔竜の言葉にイリアム様が眉を顰める。


 魔竜は低く響くように笑うと、プッと何かを吐き出した。



 ――カラン、と私の足元に転がったのは、この場にそぐわないほど豪奢な王冠だった。
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