魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第四十八話 絶望と希望
「ま、まさか…これは」
私は目の前に転がってきた王冠を震える手で拾い上げた。
間違いない。流石に見間違えるはずがない。
これは――
「国王の王冠……か?もしや、とは思っていたが」
イリアム様は私の手の内にある王冠、そして見るも無惨に崩れ落ちた城に視線を流した。
『グハハハハッ!我ノ依代トナッタ娘ノ家族ハ、皆喰ロウテヤッタ!中々ニ、濃イ魔力ヲ有シテオッタワ』
天に向かって首を逸らし、腹の底から響くような声で不気味に笑う魔竜。
依代となった娘…って、もしかして……
「なるほど。今世で依代となったのは…ガーネット王女、というわけか」
「っ!?」
確か、数百年前に依代になったのは、時の宰相。
闇の力が魔竜を呼び寄せるのだろうというのとは、推測できていたけれど…まさか、ガーネットお姉様が……
それに、その家族を喰らったってことは、お父様とお母様、そしてマーガレットお姉様は――
魔竜の言葉を理解した私の身体から力が抜けてガクリと膝をつきそうになった。エブリンに支えられてどうにか崩れ落ちずに済んだけれど、どくどくと心臓が嫌なリズムを刻んでいる。
そんな、あっさりと、みんな食べられてしまったというの?
もし、もし、このまま戦って、ジェイルが、エブリンが、イリアム様までもがいなくなってしまったら――?
「っ!」
大切な人たちを失うかもしれないという恐怖に、私の心臓が鷲掴みにされたかのようで、うまく呼吸ができない。はぁっはぁっ、と胸を押さえるけれど、恐怖に視界までもが狭まっていく。
エブリンが何か言っているようだけれど、耳が音を遮断してしまっている。
怖い、怖い、怖い――っ
「ソフィア!」
真っ暗な闇に呑み込まれてしまいそうになっていたその時、ガシッと私の両肩を誰かが掴んだ。虚な目で見上げると、そこに居たのはイリアム様だった。
「ソフィア、辛いだろうが、絶望してはいけない。闇の力に対抗するには光の力が必要だ。過去ではなく、未来を見るんだ。俺と、俺たちとの未来を」
「っ!でも、でもっ…もし、みんなが、イリアム様までもがいなくなってしまったら……っ!そんな未来で、私は生きていけませんっ」
心に巣食う恐怖を吐き出し、私は両手で顔を覆った。
イリアム様は優しくその手を解き、ギュッと強く握りしめてくれる。
「前に言ったはずだが?俺は簡単に死ぬ気もないし、ソフィアを置いて居なくなりはしない」
「あ……」
囁くように紡がれたイリアム様の言葉に、狭まりかけていた視界に光が差す。ぼやけた世界が明瞭さを取り戻し、闇夜にイリアム様の濃紺の瞳が煌めいた。
「ソフィア、こんな時だが聞いて欲しい。ずっと言えなかった、伝えたかった俺の気持ちを――」
イリアム様の瞳に熱が宿る。
これまで何度も向けられ、翻弄されてきた眼差し――
「俺はソフィアを愛している。初めて会った時からずっと、あなたを愛している。命の灯火が消えかけた俺を救い、愛を教えてくれたのは他でもない、ソフィアなんだ」
「イ、リアム様……本当に?」
私の耳はまだおかしいのだろうか?もしかして幻聴?
イリアム様が、私を――?
これでもかという程に目を見開いて、イリアム様の双眸を見つめる。目を見れば、それが偽りではないことが分かるほどには時間を重ねてきた。
「ああ、心から愛している」
「っ」
喉奥に燃えるような熱情が込み上げてきて、瞳が揺れる。
「わ、わたっ、私も……っ」
呼吸ができないほどに胸が苦しい。
私も愛していると、伝えたいけれど胸がいっぱいで言葉が出ない。
はくはくと口を開けては閉じてを繰り返す私を愛おしそうに見つめるイリアム様は、落ち着かせるように頭を、頬を撫でてくれる。
「無事に、俺たちの家に帰ったら、ゆっくりとその言葉の続きを聞かせてくれ――だから、一緒に、誰一人欠けることなく帰ろう」
「イリアム様…っ」
「ソフィア、あなたはもう『無能』でも『出来損ない』でもない。あなたを愛し、求める人がたくさんいる。もうそのことはよく分かっているだろう?」
「はい…はいっ!」
脳裏に浮かぶのは大好きな人たちの笑顔。
離宮に送られてからずっと私の一番の理解者であり、姉のような存在であるエブリン。
いつも減らず口ばかりだけれど、兄のようにいつも傍に居てくれるジェイル。
いつも優しく色んなことを教えてくれるスミスさん。
屋敷の使用人のみんな。
アオイさんにジェイコブ所長、ローザさん。
診療所や街で出会ったこの国の民たち。
そして、私の力を見初め、初めて家族の温もりを、人を愛する気持ちを教えてくれたイリアム様――
そうだ、私はもう、『無能』でも『出来損ない』でもない。
私を愛し、信じてくれる人がたくさんいる。
――私がこの恐ろしい魔竜を消滅させるのだ。
そして、みんなで家に帰るんだ。
私の胸に愛と希望が満ちた時、胸からパァッと眩く温かな光が溢れ出した。眩しくて目を眇めるけれど、何故だか、この力の使い方が手に取るように分かる。
「イリアム様、私…大切な人たちを、この国を守ります」
「ソフィア…!ああ、信じている」
決意を胸に抱き、光り輝く私の手をイリアム様が握りしめてくれる。隣に並んでくれる。それだけで私は目の前の邪悪な竜に向き合うことができる。
「おーい、話はまとまったかー?くっ、そろそろジェイル様も限界だぞー?」
「わわっ、ジェイルごめん…っ!もう大丈夫。あとは任せて!」
ジェイルの言葉にハッと我に返った私は、慌てて魔竜を仰ぎ見た。途端にキィンキィンと鋭い爪と剣が交わる音、周囲の喧騒がワッと耳に入ってきた。
私たちが話している間、魔竜と激しい攻防を繰り広げていたらしいジェイルは既に満身創痍だった。エブリンも魔法で防御壁を張ってサポートしてくれていたようだ。
「ようやくいつもの元気で前向きな姫さんらしくなったんじゃねーの?俺はもう限界だわ、あとは頼んだぜ」
「ええ、もう大丈夫。信じて待っていてくれてありがとう」
「へっ、当たり前だっつーの」
ジェイルはいつものようにニカッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、片手を魔竜に向けると激しく渦巻く水魔法を放った。その隙に私の隣まで後退する。
『グ…小癪ナ…』
魔竜が水圧に押されて僅かによろめいた。
イリアム様はその好機を見逃さなかった。
「俺たちを見くびらないで貰おうか」
イリアム様が剣の切先を天に向けると、バチチチッ!と眩い閃光が天を駆け上り、真っ黒な雲に吸い込まれていった。次の瞬間、巨大な雷が魔竜の脳天に落ちた。
『グァァアアアアアア!!!』
耳を劈くような叫び声を上げ、魔竜の身体が地に伏した。
「ソフィア!」
「はい!」
イリアム様は素早く私の隣に戻ると、力強く腰を抱き寄せてくれた。いつの間にかエブリンもジェイルの隣に立っていて、信頼の篭った目でこちらを見つめてくれている。
みんなの存在が、私を支えてくれている。
私は光を纏う両手を天高く掲げた。
カッと閃光のような光が弾け、ジャラララッと光の鎖が顕現して魔竜の全身に巻き付いていく。
『グゥゥッ、コ、コレハ…アノ時ノ……!』
魔竜は苦しみながら、尚も抵抗を試みている。
その恐ろしい姿を前にしても、不思議と恐怖は芽生えなかった。
「魔竜よ!消滅しなさい!」
私は叫ぶと同時に勢いよく拳を握った。
手の動きに呼応するように、魔竜に巻き付いていた光の鎖が勢いよく回転し、魔竜の叫び声を飲み込みながら光の渦となり天に立ち昇っていった。
私は目の前に転がってきた王冠を震える手で拾い上げた。
間違いない。流石に見間違えるはずがない。
これは――
「国王の王冠……か?もしや、とは思っていたが」
イリアム様は私の手の内にある王冠、そして見るも無惨に崩れ落ちた城に視線を流した。
『グハハハハッ!我ノ依代トナッタ娘ノ家族ハ、皆喰ロウテヤッタ!中々ニ、濃イ魔力ヲ有シテオッタワ』
天に向かって首を逸らし、腹の底から響くような声で不気味に笑う魔竜。
依代となった娘…って、もしかして……
「なるほど。今世で依代となったのは…ガーネット王女、というわけか」
「っ!?」
確か、数百年前に依代になったのは、時の宰相。
闇の力が魔竜を呼び寄せるのだろうというのとは、推測できていたけれど…まさか、ガーネットお姉様が……
それに、その家族を喰らったってことは、お父様とお母様、そしてマーガレットお姉様は――
魔竜の言葉を理解した私の身体から力が抜けてガクリと膝をつきそうになった。エブリンに支えられてどうにか崩れ落ちずに済んだけれど、どくどくと心臓が嫌なリズムを刻んでいる。
そんな、あっさりと、みんな食べられてしまったというの?
もし、もし、このまま戦って、ジェイルが、エブリンが、イリアム様までもがいなくなってしまったら――?
「っ!」
大切な人たちを失うかもしれないという恐怖に、私の心臓が鷲掴みにされたかのようで、うまく呼吸ができない。はぁっはぁっ、と胸を押さえるけれど、恐怖に視界までもが狭まっていく。
エブリンが何か言っているようだけれど、耳が音を遮断してしまっている。
怖い、怖い、怖い――っ
「ソフィア!」
真っ暗な闇に呑み込まれてしまいそうになっていたその時、ガシッと私の両肩を誰かが掴んだ。虚な目で見上げると、そこに居たのはイリアム様だった。
「ソフィア、辛いだろうが、絶望してはいけない。闇の力に対抗するには光の力が必要だ。過去ではなく、未来を見るんだ。俺と、俺たちとの未来を」
「っ!でも、でもっ…もし、みんなが、イリアム様までもがいなくなってしまったら……っ!そんな未来で、私は生きていけませんっ」
心に巣食う恐怖を吐き出し、私は両手で顔を覆った。
イリアム様は優しくその手を解き、ギュッと強く握りしめてくれる。
「前に言ったはずだが?俺は簡単に死ぬ気もないし、ソフィアを置いて居なくなりはしない」
「あ……」
囁くように紡がれたイリアム様の言葉に、狭まりかけていた視界に光が差す。ぼやけた世界が明瞭さを取り戻し、闇夜にイリアム様の濃紺の瞳が煌めいた。
「ソフィア、こんな時だが聞いて欲しい。ずっと言えなかった、伝えたかった俺の気持ちを――」
イリアム様の瞳に熱が宿る。
これまで何度も向けられ、翻弄されてきた眼差し――
「俺はソフィアを愛している。初めて会った時からずっと、あなたを愛している。命の灯火が消えかけた俺を救い、愛を教えてくれたのは他でもない、ソフィアなんだ」
「イ、リアム様……本当に?」
私の耳はまだおかしいのだろうか?もしかして幻聴?
イリアム様が、私を――?
これでもかという程に目を見開いて、イリアム様の双眸を見つめる。目を見れば、それが偽りではないことが分かるほどには時間を重ねてきた。
「ああ、心から愛している」
「っ」
喉奥に燃えるような熱情が込み上げてきて、瞳が揺れる。
「わ、わたっ、私も……っ」
呼吸ができないほどに胸が苦しい。
私も愛していると、伝えたいけれど胸がいっぱいで言葉が出ない。
はくはくと口を開けては閉じてを繰り返す私を愛おしそうに見つめるイリアム様は、落ち着かせるように頭を、頬を撫でてくれる。
「無事に、俺たちの家に帰ったら、ゆっくりとその言葉の続きを聞かせてくれ――だから、一緒に、誰一人欠けることなく帰ろう」
「イリアム様…っ」
「ソフィア、あなたはもう『無能』でも『出来損ない』でもない。あなたを愛し、求める人がたくさんいる。もうそのことはよく分かっているだろう?」
「はい…はいっ!」
脳裏に浮かぶのは大好きな人たちの笑顔。
離宮に送られてからずっと私の一番の理解者であり、姉のような存在であるエブリン。
いつも減らず口ばかりだけれど、兄のようにいつも傍に居てくれるジェイル。
いつも優しく色んなことを教えてくれるスミスさん。
屋敷の使用人のみんな。
アオイさんにジェイコブ所長、ローザさん。
診療所や街で出会ったこの国の民たち。
そして、私の力を見初め、初めて家族の温もりを、人を愛する気持ちを教えてくれたイリアム様――
そうだ、私はもう、『無能』でも『出来損ない』でもない。
私を愛し、信じてくれる人がたくさんいる。
――私がこの恐ろしい魔竜を消滅させるのだ。
そして、みんなで家に帰るんだ。
私の胸に愛と希望が満ちた時、胸からパァッと眩く温かな光が溢れ出した。眩しくて目を眇めるけれど、何故だか、この力の使い方が手に取るように分かる。
「イリアム様、私…大切な人たちを、この国を守ります」
「ソフィア…!ああ、信じている」
決意を胸に抱き、光り輝く私の手をイリアム様が握りしめてくれる。隣に並んでくれる。それだけで私は目の前の邪悪な竜に向き合うことができる。
「おーい、話はまとまったかー?くっ、そろそろジェイル様も限界だぞー?」
「わわっ、ジェイルごめん…っ!もう大丈夫。あとは任せて!」
ジェイルの言葉にハッと我に返った私は、慌てて魔竜を仰ぎ見た。途端にキィンキィンと鋭い爪と剣が交わる音、周囲の喧騒がワッと耳に入ってきた。
私たちが話している間、魔竜と激しい攻防を繰り広げていたらしいジェイルは既に満身創痍だった。エブリンも魔法で防御壁を張ってサポートしてくれていたようだ。
「ようやくいつもの元気で前向きな姫さんらしくなったんじゃねーの?俺はもう限界だわ、あとは頼んだぜ」
「ええ、もう大丈夫。信じて待っていてくれてありがとう」
「へっ、当たり前だっつーの」
ジェイルはいつものようにニカッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、片手を魔竜に向けると激しく渦巻く水魔法を放った。その隙に私の隣まで後退する。
『グ…小癪ナ…』
魔竜が水圧に押されて僅かによろめいた。
イリアム様はその好機を見逃さなかった。
「俺たちを見くびらないで貰おうか」
イリアム様が剣の切先を天に向けると、バチチチッ!と眩い閃光が天を駆け上り、真っ黒な雲に吸い込まれていった。次の瞬間、巨大な雷が魔竜の脳天に落ちた。
『グァァアアアアアア!!!』
耳を劈くような叫び声を上げ、魔竜の身体が地に伏した。
「ソフィア!」
「はい!」
イリアム様は素早く私の隣に戻ると、力強く腰を抱き寄せてくれた。いつの間にかエブリンもジェイルの隣に立っていて、信頼の篭った目でこちらを見つめてくれている。
みんなの存在が、私を支えてくれている。
私は光を纏う両手を天高く掲げた。
カッと閃光のような光が弾け、ジャラララッと光の鎖が顕現して魔竜の全身に巻き付いていく。
『グゥゥッ、コ、コレハ…アノ時ノ……!』
魔竜は苦しみながら、尚も抵抗を試みている。
その恐ろしい姿を前にしても、不思議と恐怖は芽生えなかった。
「魔竜よ!消滅しなさい!」
私は叫ぶと同時に勢いよく拳を握った。
手の動きに呼応するように、魔竜に巻き付いていた光の鎖が勢いよく回転し、魔竜の叫び声を飲み込みながら光の渦となり天に立ち昇っていった。