魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第四十九話 終焉、そして夜明け

 やがて光の渦が収束し、キラキラと雪のような光の粒が王都中に舞い落ちていく。

 天を覆っていた暗雲も、魔竜も、何もかも光に呑み込まれて消え去っていた。

「やった……の?」

 ゆっくりと腕を下ろし、胸の前で手を開いて降り注ぐ光の粒子に触れる。光は手に触れた途端ふわりと一層明るく輝いたのちに消失した。

 ガクッと腰が抜けてイリアム様に凭れ掛かる。しっかりと腰を支えてくれているので、少しの間体重を預けさせてもらう。

「ソフィア。よくやった」
「イリアム様……えへへ」

 見上げると、満天の星空を背に、負けないほど美しく煌めく双眸が私を見つめていた。疲労は滲んでいるものの、その表情は穏やかだ。

「姫さん!やったな!」
「ソフィア様…うっ、ううっ」
「ばっ!なんで泣くんだよ」
「だって、だって…信じていたけど怖かったんだもの!」

 興奮気味にピョンピョン跳ねるジェイルに、わっと泣き崩れてしまったエブリン。いつものような二人のやり取りに、ようやく脅威が去ったのだと実感する。


 イリアム様とジェイルの健闘で、王都の街に被害は及ばなかった。王城は再建が必要であるが、被害は最小限に留められたのではないだろうか――王族の死を除いては。


 結局、最後まで分かりあうことはできなかったな。


 何だか虚無感に胸が苛まれ、仰ぐように天を見上げると、何かがチカッと光った気がした。

 そっと光に手を伸ばすと、ゆっくりと落ちてきたのは真っ赤な宝石のついたイヤリングだった。いつもガーネットお姉様が耳につけていたもの。

 私は王冠とイヤリングを胸に抱えて目を閉じた。

 決して家族の絆があったわけではないけれど、あの人たちが唯一の私の肉親であることには変わらないから――


 どうか安らかに……


 彼らの冥福を祈り目を開けると、胸に抱えていた王冠とイヤリングが柔らかな光に包まれ、光の粒子となって天に帰っていった。


 静かに天を見上げていると、私の肩をイリアム様が抱き寄せた。

「ソフィア」
「……イリアム様」

 優しく名前を呼ばれ、イリアム様を仰ぎ見る。

「俺は騎士団長として少しこの場に残って状況確認をする。ソフィアはジェイルたちと先に家に帰っているんだ」
「私にも何かできることはありませんか?」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だ。これからしばらく忙しくなりそうだな…頼れることがあったら遠慮なく頼らせてもらうよ」
「……はい。お気をつけて。屋敷で帰りをお待ちしています」

 イリアム様は柔らかな笑みを浮かべると、ギュッと私の身体を強く抱きしめた。そしてゆっくり身体を離すと騎士団の方々の元へと駆けて行った。

 イリアム様を見送り振り返ると、ジェイルとエブリンが朗らかな笑みを携えていた。私も二人に笑みを返す。

「帰りましょう。私たちの家へ」
「おう」
「はい」

 こうして、私たちの短くも長い戦いに幕が降りた。




◇◇◇

「綺麗……」

 翌朝、自室の窓辺で私は白み始めた空を眺めていた。
 こうしてまた夜明けを迎えられたことに、心から安堵する。

 あれから私は屋敷に帰って湯浴みを済ませ、ベッドに入ったものの目が冴えてしまい眠れなかった。諦めて起き出して机に向かい、昨日の出来事をなるべく詳細に記録していた。

 結局イリアム様は夜通し作業に追われていたようで、間も無く夜明けだというのに帰って来ていない。魔竜の脅威は去ったはずだけれど、これからこの国はやらねばならないことが山積みである。

 王城の再興、政務に地方の管理、魔力の暴走患者の状況も確認しなければならない。それに、国王が居なくなった今、誰が国の上に立つのか――

 願わくば、民を第一に考えられる人が国を率いてくれたらいいな、なんて考えていると、静寂の中廊下から僅かに足音が聞こえてきた。

 私は慌てて扉を開けると、待ち侘びた人物が驚いたように目を見開いた。

「ソフィア…!まさか、起きていたのか?」
「イリアム様!お帰りなさい」
「ああ、ただいま。すぐにシャワーを浴びるから、少しだけ待っていてくれるか?俺の部屋に来てくれ」
「はい、もちろんです」

 イリアム様は私の頬を撫でると、自室の扉を開けて私を中に入れてくれた。いつも座っているソファに腰掛け、ブランケットを受け取る。

 イリアム様は素早く上着を脱ぐと、シャツのボタンを外しながら浴室へと消えて行った。すぐにシャワーの水音が部屋に響き、何だか胸がドキドキした。

「あっ、そうだわ!」

 私はふと思い立って、イリアム様の部屋を飛び出すと炊事場へと急いだ。先日街で買った茶器でお茶を淹れようと思ったのである。購入して以来なかなか機会がなくてまだ使うことができていなかったのだ。
 朝食の準備をしていた料理長には驚かれたけれど、お湯とティーセットの用意を手伝ってもらって、慎重にイリアム様の部屋へと戻った。

 ティーカップを並べてポットに茶葉を注いでいると、浴室の扉がガチャリと開いてガウン姿のイリアム様が現れた。

「ん……?お茶の用意をしてくれているのか。ありがとう」
「い、イリアム様、髪がまだ濡れております」
「ああ……ソフィアを待たせたくなくて急いだからな」

 ポタポタと前髪からは雫が滴り、少しはだけた胸元は妙に色っぽくて目のやり場に困る。
 私は顔が熱くなるのを感じながら、イリアム様からタオルを奪い取り、ぐいぐい背中を押してソファに座らせた。

「ダメですよ。しっかり拭かないと風邪を引きます」
「お、おい…」

 たじろぐイリアム様の頭をタオルで丁寧に拭く。タオルを動かすたびにふんわりと石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。

 イリアム様は嫌がることなく身体を委ねてくれていて、なんだか嬉しくなる。こんな時、些細なことで幸せな気持ちをもたらしてくれるイリアム様がどうしようもなく好きだなあと再認識する。

「よしっ、これで大丈夫です」
「ふ、ありがとう」

 満足げに胸を張る私を見て小さく笑みをこぼしたイリアム様は、茶器に視線を戻してポットにお湯を注いでくれた。
 しばらく蒸してからカップに注ぐと、琥珀色の紅茶がカップに満ちた。少しはちみつを落としてゆっくりスプーンで掻き混ぜる。

「はぁ…ほんのり甘くて美味しいですね」
「ああ、身体の芯から温まるな」

 ゆっくりと紅茶を味わいながらイリアム様を見つめていると、イリアム様が目元を和ませてティーカップに咲く花を見つめていることに気がついた。

 カップに控えめに咲く青い花はブルースター。
 私も自分のカップの花を指の腹でそっと撫でる。

「ソフィアはこの花の意味を知っているか?」
「あ……は、はい」

 あの日店主の女性に教えてもらった花言葉。


 ――それは『幸福な愛』。


「ソフィア」

 静かにカップをソーサーに戻したイリアム様が、私の名前を呼んで手を差し伸べる。私はドキドキしながら同じくカップを置いてその手を取った。

「きゃっ」

 きゅっと手を握った瞬間、力強く手を引かれて、私はあっという間にイリアム様の腕の中に捉えられた。

 僅かに素肌が見える胸板からは、私と同じぐらい速い鼓動が伝わってくる。ぎゅっと強く抱きしめられ、息ができないほど胸が詰まる。耳元に唇を寄せるイリアム様の熱い吐息が耳にかかって身震いをしてしまう。心臓が爆発してしまいそう。

「ソフィア、改めてあなたに愛を乞おう。俺は初めて会ったあの日からずっとあなたに恋焦がれている。何か勘違いしていたようだが、妻にと望んだのも愛しているからだ。ソフィア、好きだ。愛している。何よりもあなたが大切だ」
「イリアム様…」

 昨夜告げられた愛の言葉。なぜだか目に熱いものが込み上げてきて、慌ててギュッと強く唇を噛み締める。
 あの時はうまく返事ができなかったけれど、私も同じ気持ちであると伝えたい。

 腕の中で見上げたイリアム様の瞳は、熱を帯び、色を濃くしていて、その瞳に映された私の顔は相変わらず恋慕に塗れている。

「わ、私も……」
「うん?」
「その、私も、です」

 恥ずかしくて、好き過ぎて、胸が詰まってうまく言葉が紡げない。
 辛うじて搾り出した言葉に、イリアム様は意地悪な笑みを浮かべて首をもたげた。

「ソフィアも、なに?」
「~~っ!分かっているのでしょう?」
「ちゃんと言葉にしてもらわないと分からないな」

 きっと、いや絶対、私の気持ちを見透かしているのに、イリアム様はどこか楽しげに口角を上げている。
 なんだか悔しくて、でもやっぱりちゃんと言葉で伝えたくて、私は意を決して口を開いた。

「わ、私も…!イリアム様を愛していますっ」

 熱い。頬が、頭が溶けてしまいそうに熱い。
 声も震えてしまって恥ずかしい。

 俯いてしまいそうになるのをグッと堪え、懸命に見つめ返すと、イリアム様は僅かに目を見開いた後、花が綻ぶような笑みを浮かべた。

「嬉しいよ。ソフィア、これからもずっと一緒にいよう」
「はい……好きです。愛しています、イリアム様。私を妻に選んでくれてありがとうございます」

 心からの言葉を伝えると、イリアム様は愛おしそうに私の頭を撫で、手を頬に滑らせた。額に、瞼に、鼻の頭に唇を落としていく。

「んっ」

 恥ずかしさとくすぐったさで身じろぎすると、唇に吐息がかかる距離でイリアム様は笑った。

「愛している」

 私も、と再び紡ごうとした言葉は、イリアム様の熱い口付けに飲み込まれてしまった。
 存在を確かめるように、熱く、優しく重ねられた唇にクラクラしながらも、私はイリアム様にしがみついた。

 窓の外はすっかりと明るくなり、柔らかな朝の日差しによって、私たちの重なった影が部屋に長く伸びていた。
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