魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

最終話 これから

 魔竜が消滅して早くも一ヶ月が経とうとしている。

 瓦礫と化した王城は、現在再建の真っ只中である。
 王族に多く充てられていた予算により復興にかかる費用は賄える見込みなのだとか。

 城が崩れてしまったため、城勤の人々は、東西の塔と仮設の会議室で政務に追われている。
 幸か不幸か、ガーネットお姉様が乱心して城に入れない期間が長かったために重要書類は塔に移動されており、瓦礫に埋もれることはなかったようだ。

 イリアム様が率いていた騎士団も、王都の状態を確認すべく日々駆け回っている。地方の様子を確認するために近々遠征が組まれることになった。



 私はというと――



「ソフィア女王陛下!」
「はっ、はいっ…うう、戴冠式はまだなのですから、まだそんな呼び方しないでください」
「はっ、はぁ…ではなんとお呼びすれば?」
「うーん、普通にソフィアでいいわ」
「そそそそそんな!滅相もない!」

 王城近くに建てられた仮設の執務室。
 私の前では報告にやってきた一人の騎士が、両手をブンブン振って狼狽えている。

「くっ、ソフィア、あまり俺の元部下を困らせないでくれ」

 騎士の後ろから入ってきたイリアム様はおかしそうに肩を震わせている。

「だってまだ慣れなくて…それに私はみんなと気さくな関係を築きたいですもの」
「まあ、少しずつだな。悪い、その報告書は俺が預かる」
「はっ!団長、ありがとうございます!」
「おいおい、俺はもう団長は辞したんだぞ」
「あっ、失礼いたしました!」
「いや、いい。マリクによろしく伝えておいてくれ」
「はっ!」

 騎士はビシッと鋭い敬礼をして、執務室を後にした。

「やれやれ。中々昔の癖は抜けないものだな」
「ええ。マリクさんも団長を引き継いで日々駆け回っておられますよ」
「ふ、俺も見習って政務の勉強をせねばな」
「一緒に頑張りましょう」
「ああ」

 私たちは顔を見合わせて、どちらからともなく微笑み合った。



 ――魔竜の消滅から数日後、城の重役たちの間で何日も会議が重ねられ、この国を治める者として、唯一の王族の血筋となった私に白羽の矢が立った。

 あの日、東西の塔にいた人たちの中には私たちの戦いを目にしていた人も多く、魔竜からこの国を護った救世主としても私を女王にという声が多く上がったらしい。『封魔の力』により魔力の暴走を抑制できることも支持を厚くしていた。

 もちろん女王なんて青天の霹靂で、知識も経験も足りない私が、と不安でいっぱいだったけれど、先王の時代に国を支えて運営してきた優秀な人材がこの国にはいる。その人たちと手を取り合い、支え合いながらこの国を刷新していく決意を固めたのだ。

 イリアム様も、『ソフィアが決めたのなら俺は喜んで王配となり、ソフィアを生涯支えよう』と私の手を取ってくれた。騎士団の長の立場はマリクさんに引き継いで、日々政治について学んでいる。

 ジェイルは引き続き私の護衛騎士を務めてくれ、エブリンも筆頭侍女として側にいてくれることになっている。今は他の侍女の人選や教育に忙しくしている。

 毎日やることが盛りだくさんで目が回りそうだけれど、この国を明るく導くために学ぶことは山ほどあるのだから弱音は吐いていられない。



 王城の完成にはもうしばらくかかるけれど、完成の暁には新たな王城のお披露目に合わせ、国民の前で私の戴冠式が催されることとなっている。

 国民には今回の出来事について、包み隠さず伝えていた。
 あれほど巨大な魔竜だったので、国民のほとんどがその恐ろしさを目の当たりにしていた。魔竜によって先王が崩御し、王族唯一の生き残りとして私が即位する運びとなることも既に周知されている。
 魔竜を見た人のほとんどが『封魔』の光を見ており、私は魔竜の脅威を退けた者としてすんなりと受け入れられたそうだ。先日政務の合間に顔を出した診療所のジェイコブ所長によると、王位を継ぐのが、魔力の暴走から解放してくれた『女神様』であるということが、一部の民の信頼を高めてくれているという。
 ちなみに、魔竜の消失に伴い、王都に満ちていた陰鬱な魔力溜まりも霧散したようで、魔力の暴走患者も激減している。民の不安や不信感を拭い、今後魔力の暴走が起こらないように統治していきたい。



「ん?今日も出版の準備をしているんだな。どうだ?順調に進んでいるか?」
「はい。書き記すことはたくさんありますが、なるべく早く発行したくて」

 執務机に歩み寄ったイリアム様は、私の手元に積まれた原稿を見て微笑みを浮かべた。


 私はこの機に、数百年前の件と今回の件を一冊の本に纏めて製本し、出版しようと考えている。
 多くの蔵書は図書館や学校に寄付をして、一人でも多くの民の手に届くようにするつもりだ。魔力の暴走の真実、脅威、魔竜について、包み隠さず国民に、そして後世に伝えていくためである。当時のことはかつての王家が揉み消してしまったが、過去の教訓としても残しておくべきだと思う。


 それに、この本の出版にはもう一つ、大きな意味があるのだが――


「ソフィアがこの国を救った事実とその詳細が浸透すれば、民の支持も厚くなる。どうしても王家の血筋というだけで倦厭する者もいるだろうからな」
「…はい」

 先代の王政時代に強い恨みを持つ不穏因子がいることは、この一ヶ月の調査で明らかになっていた。長く不遇な扱いをされた人々がそう考えてしまうのも理解ができる。
 堅実に、一つずつ、国民のことを第一に考える指導者となることで、この国を明るく導いていきたいと、私は決意を新たにしていた。



「さて、と。あなたはどうも頑張りすぎる気質らしい。少し息抜きに付き合ってもらうぞ」

 手元の原稿に視線を落としていると、イリアム様は私の側まで回り込み、腕を引いてひょいと私を抱き上げてしまった。

「え?わわっ、どちらに?」
「もう夕暮れだ。ずっと缶詰になって仕事をしているだろ?今日は空気が澄んでいるからな、夕陽が綺麗に見えるぞ」

 イリアム様は私を横抱きにしたまま外に出ると、足に風を纏わせて高く上空に飛び上がった。

「~~っ!」

 咄嗟にギュッと首に腕を回して抱きつくと、イリアム様は楽しそうに笑みを溢した。

「ほら、ソフィア。見てごらん」
「え……わあっ」

 恐る恐る目を開くと、眼下には夕陽に眩く照らされた王都の街が広がっていた。雲ほどの高さから見下ろしているため、街が一望できる。

「前に夕陽を見に行った時はとんでも無いことが起こったからな、改めてソフィアに見せたかったんだ」
「イリアム様…ありがとうございます」
「それに、ここだと邪魔は入らないしな」
「っ!」

 夕陽を映して煌めく双眸が、柔らかく細められる。最近政務に追われてゆっくり二人の時間を作れなかった私は、言葉の意味を理解して、ほわりと頬を赤く染めた。
 夕陽が赤くなった顔を隠してくれたらいいのだけれど、きっとイリアム様には見透かされているのだろう。



 ――イリアム様が魔力の暴走を起こしたあの日から、私の運命は回り始めた。

 『無能』『出来損ない』と呼ばれた私はもういない。

 離宮の外に出て、自らの秘めた力や家族の温もり、そして愛を知った。
 この数ヶ月、本当に色んなことがあった。
 楽しいことばかりではなかった。辛いこともたくさんあった。

 でも、イリアム様がいれば、私は前を向ける。乗り越えていける――



「イリアム様、これからも私に広い世界を見せてくださいね」
「ああ、もちろんだ。これからも共に支え合い、手を取り合い生きていこう」


 そっと目を閉じると、唇に柔らかな温もりが広がった。離れては触れてを繰り返す私たちの頭上には、一際煌めく一番星が瞬いていた。


【完】
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