魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

番外編 エブリンとジェイル(後編)

「いい買い物ができたわ、ありがとう」
「どういたしまして」

 俺たちはまずエブリンの手荒れによく効く軟膏を求めに薬屋に行った。そこで色々香りや効能を試して、どうやらお気に召す代物が見つかったらしい。
 エブリンはほくほく頬を上気させながら、片手で軟膏が入った紙袋を胸に抱えている。もちろんもう片方の手は俺と繋がれたままだ。

 ちょうど昼時になったので、露天で肉串やスープ、ホットドッグなど幾つか購入して芝生が青々とした公園に向かった。
 あちこちで子供が元気に駆け回り、休日かつ時間帯も時間帯なので日向でピクニックをする人も目立つ。俺たちは木の下のベンチを確保してそこに腰掛けた。

「それにしても、よくこの軟膏のこと知ってたわね」
「ん?ああ、厨房のリリーに教えてもらった」

 紙袋を脇に置いて、俺の手からホットドッグを受け取ったエブリンが、そういえばと尋ねてきた。俺は肉串に齧り付きながら記憶を辿って答えた。

 エブリンが手荒れを気にしていたことは知っていたし、水仕事が多い厨房の女性ならば何か情報を持っているのではと聞き込みをおこなったのだ。

 手柄を自慢するように胸を張ってみたのだが、エブリンは「ふーん」と素っ気ない返事をしてホットドッグに噛み付いた。

 ん?なんか怒ってる?

 顔を覗き込むも、プイッとそっぽを向かれる。
 何か気に障ったのか?

「なんだよ、気に食わねえことがあるなら遠慮なく言えよな。エブリンを怒らせたり嫌な思いをさせるのは本意じゃねえ」

 強引に正面に回り込んでそう言うと、エブリンは気まずげに視線を彷徨わせ、呟くように答えた。

「……リリーと随分仲が良いのね」

 ん?別にそこまでだけどなあ…

 エブリンの言葉の意図が分からずに、俺は顎に手を当てて首を傾げる。エブリンはというと僅かに頬を染めていて、相変わらずムスッとしている。

「……って、待て待て待て、もしかして……ヤキモチ妬いてんの?」
「っ!?ちっ、ちがっ…!~~っ!」

 なんとも自分に都合のいい考えだと思ったが、エブリンの真っ赤な顔を見る限りあながち間違ってもいないようだ。
 エブリンは口では否定しているが、その表情が全て物語っている。


 潤んで泳いだ瞳、への字に曲げられた唇、赤く染まった頬――


「…………………………あっぶねえ!可愛すぎてキスするとこだったわ」
「はあっ!?な、なに言ってんのよ…」

 俺は無意識に吸い寄せられていた身体を慌てて離して、深く息を吐きながら天を仰いだ。


 ――すると偶然にも何かが頭上を横切った。
 と同時に今度は子供の泣き声がした。

「わーん!兄ちゃんのせいだー!」

 俺とエブリンは顔を見合わせて声の主を探した。

 俺たちのすぐ近くで、えーんえーんと上を指差し泣きじゃくる男の子と、その子より少し背の高い男の子がアワアワと狼狽えていた。指さす方向を見ると――

「あー、なるほど。キャッチボールでもしてたのか」

 高い木の枝に、手のひらサイズのボールがすっぽりと引っかかっていた。

 仕方がねえな、と俺が立ち上がるより早く、エブリンが荷物をベンチに置いて駆け出していた。呆気に取られている間にも、エブリンは二人の少年に声をかけている。

「ボールが引っかかってしまったのね。ちょっと待ってね」

 エブリンは二人にニコリと微笑むと、手をボールに翳した。ふわりと柔らかな風が起こってシュルシュルとボールに絡みついていく。やがて風に包まれたボールはエブリンの手元へふわふわ漂って行く。

「はい、どうぞ」
「うわー!お姉ちゃんありがとうっ」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。あなたたち、ボール遊びなら高い木の近くではなくて、向こうの広いスペースでやったら?」
「うん、そうするー!ねえねえ!お姉ちゃんも一緒にやろうよー」
「えっ!?」

 目をキラキラ輝かせた少年たちは、エブリンの腕をぐいぐい引いている。エブリンは困ったように俺をチラリと見た。

「ったく、おーう、お兄ちゃんも混ぜてくれるか?」
「えっ」
「うん、いいよー!行こう行こう!」

 素早く荷物を纏めて三人のところに歩み寄り、ニヤリと笑って尋ねると、少年たちはパァッと顔を輝かせた。そしてキャッキャとはしゃぎながら開けた芝生に向かって駆けていく。

「わはは、元気いいな」
「ちょ、ちょっとジェイル…いいの?」

 二人の後を追おうとして、グイッとエブリンに袖を引かれる。

「ああ、エブリンも遊んでやりたいんだろ?」
「……ええ」

 休日の昼時に子供たちだけで遊んでいる。親は仕事か、それとも……とにかく世話焼きのエブリンのことだ、放っておくことはできないのだろう。

「さ、行こうぜ」

 ギュッと手を握ると、エブリンは優しい笑みを浮かべながら「ありがとう」と言った。



◇◇◇

「はぁっ、はぁ、最近の子供は…元気ね…」
「鍛え方が足りねえんじゃねーの?」
「あんたが体力バカなだけでしょ!」

 結局日が傾く頃まで子供たちと遊び倒した。
 エブリンはやんちゃ坊主二人の相手をしてすっかり疲労困憊だ。彼らは、弟がジャックで兄はルークという名前らしい。

「エブリンお姉ちゃん!ジェイル兄ちゃん!楽しかったー!ありがとう!」
「ありがとうございます!ジャックがこんなに楽しそうなのは久しぶりで…」

 満足げに芝生に座り込む二人は土や草で顔も服も汚れている。エブリンは笑いながらハンカチで顔の汚れを拭ってやっていた。

「ねえ、その、あなたたちのご両親は…?」

 聞いて良いものか、悩ましげに尋ねたエブリンに、兄弟は顔を見合わせてニッコリと微笑んだ。

「父ちゃんはすげー大工なんだ!城を建ててるんだぜ!」
「母さんはずっと魔力の暴走で診療所に入院してたんだけど、『女神様』…ソフィア様が救ってくださって、今は退院して家で療養しているんです」
「まあ、そうだったの」

 彼らの父親は、間も無く竣工が近い王城の建設のため、休みを返上で働いているらしい。なんでも妻を救ってくれた未来の女王陛下に恩を返したいと息巻いているのだとか。病み上がりの母親が家でゆっくりできるように、ジャックとルークは二人で外で遊んでいたようだ。

「ぼく、たいかんしき?って言うの?すっごく楽しみ!ソフィア様ならこの国を明るく照らしてくれるってみんな言ってる!」

 ジャックの言葉に思わず目元を和ませたのは俺だけじゃない。エブリンもどこか誇らしげな、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべている。

「そうね。私もそう思うわ」
「そうだな。戴冠式には家族みんなで来てくれよな」
「うん!もちろん!」

 日が暮れる前に二人を家まで送り届け、俺たちは自然と手を繋ぎながら街をブラブラ歩いた。そして少し道を外れた場所にベンチを見つけて二人並んで腰掛けた。

「あーあ、せっかくおしゃれしたのにボロボロになっちゃった」
「土が付いてても可愛いから安心しろ」
「そういう問題じゃないわよ」

 エブリンは桃色のワンピースを軽く叩きながらため息をついた。髪も少し乱れているが、その表情は充足感に満ちている。

「街も随分明るくなったよな。戴冠式に向けてどこか浮き足立ってるようにも感じるし」
「そうね。ソフィア様がそれだけ受け入れられているってことよね」

 姫さんが国民に愛されているのは俺も嬉しい。即位したらまた一層忙しくなるのだろう。護衛騎士として気が引き締まる思いだ。

「ジャックとルークも楽しみにしてくれてる。この国の未来を担う子供たちのためにも、私たちも頑張らなきゃね」
「くくっ、そうだな」

 恐らくエブリンも同じ気持ちなのだろう。決意を新たに目を煌めかせている。

 その目を見ていると、自然と口が開いた。

「ほんっとにお前は昔から変わんねーよな。お節介で姉御肌で、見えないところで人一倍努力して、強くて気高い。いつから惚れてんのか自分でも分かんねーけど、気が付いたらお前のことを好きになってた。姫さんを護るのは俺の使命だけどさ、俺はお前のことも生涯かけて守っていきてえ」
「じぇ、ジェイル…」

 今日一日で再確認した。やっぱり俺はエブリンが好きだ。この先の人生、共に添い遂げていきたい。

「エブリン、好きだぜ。返事…用意してきたか?」

 エブリンの顔を覗き込むように問うと、その目は動揺してか激しく揺れていた。

「う……狡いわ。ずっと、兄妹みたいに過ごしてきたじゃない。なのに、何なのよ…気が付いたらジェイルのことで頭がいっぱいだし、他の女の子と喋ってるだけでモヤモヤ嫌な気持ちになるし…こんなの、こんなの…」

 エブリンの声は段々小さくなっていく。聞き逃すまいと身体を寄せると、エブリンは戸惑いながらも真っ直ぐに俺の目を見つめ返してくれた。

「……ジェイルのことが好きみたいじゃない」
「くはっ、何だよそれ。不服そうだな」
「不服よ!悔しいじゃない…ジェイルの前でこんな顔するなんて…」

 エブリンの顔は真っ赤で、瞳も潤んでいる。
 俺のことが好きだと、表情で語っているかのようだ。

「安心しろ、すげー可愛いから」
「や、やめてよ」
「嫌だ。やめない。可愛い、好きだ」
「~~んもうっ」

 可愛い可愛いと連呼しながら頬を撫でると、エブリンは唇をへの字にしてキッと睨みつけてきた。それが照れ隠しだというのもバレバレで、俺は目を細めてエブリンの腰を抱き寄せた。

 コツンと額をくっつけると、吐息がかかる距離でエブリンが呟いた。

「…………ジェイルのくせに」
「お前なあ、俺の方が年上だぞ」
「関係ないわ」

 こうして憎まれ口を叩き合う関係も心地いいが、俺はもう一歩踏み込んだ関係を望んでいる。

「それで、心の準備はできてんのか?」
「っ!も、もも、もちろんよっ!かかってきなさい!」
「ふっ、お前の実は気の強いところも俺は結構好きだぜ」
「なっ…んっ」

 言葉の意味を理解し、激しく目を泳がせるエブリンの抗議の言葉ごと飲み込むように唇を重ねた。強く身体を抱き締めて、長年の想いを伝えるように何度もキスをする。

「~っ!もうっ、息ができないわ…」
「うまく息継ぎしろよ。まだまだ足りねえんだから」
「ええっ!?んんんっ」

 ポカポカと抗議のため俺の胸を叩いていた手は、いつの間にか遠慮がちに俺の背中に回されていた。それがまた嬉しくて、結局限界を迎えたエブリンに怒られるまで唇を重ね続けていた。



 ――俺たちは屋敷に帰った後、ばったり出くわした姫さんに「えっ!二人って…えーっ!!おめでとう!嬉しいっ!」とキラキラした目で色々聞かれることとなり、エブリンは両手で真っ赤な顔を覆ってしまったのだった。
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