魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

番外編 ソフィア不足(イリアム視点)

「ソフィアっ!!!」
「きゃあっ!?い、イリアム様?」

 帰るなりソフィアの部屋の扉をバァン!と開け放つと、執務机に向かっていたソフィアはぴょんっと僅かに飛び上がった。

 そのまま驚き立ち上がったソフィアの元まで歩み寄ると、ぎゅぅぅぅっと強く抱きしめた。

「…………会いたかった」
「イリアム様…ふふ、おかえりなさい。私もお会いしたかったです」

 吐息と共に囁くと、ソフィアも笑って抱きしめ返してくれる。それだけで幸せで、胸がいっぱいになる。

 そっと身体を離すと、ソフィアはにこやかな笑みを携えていて、堪らなくて再び腕に抱きすくめた。



 ――場所は王城。
 名匠たちによって立派に再建された城は、以前と違って過度な装飾品を置かず、慎ましやかなレイアウトとなっている。ソフィアがその予算を地方の救援にかかる費用へ組み直したからだ。

 一ヶ月前に無事に戴冠式を終え、ソフィアは晴れてこの国の女王に即位した。
 当日は国を上げてのお祭り騒ぎで、国民たちも大いに盛り上がっていた。ソフィアはすっかり国民に認められ、愛され受け入れられている。古参の大臣たちともうまくやっているようで、信頼関係は強固なものとなりつつある。

 日々執務に追われる中、俺は兼ねてより考えていた公爵家の後継探しのため公爵領へと赴いていたのだ。
 スミスと共に何とか政務と両立していたが、腰を据えてソフィアを支えたいと思った俺は遠縁を頼ることにした。

 ちょうど父方の親戚に、学園を卒業し、成人を迎えたばかりの青年がいると聞いといたので早速会いに行ったのだ。
 彼の名前はトーマス。俺と似た藍色の髪と瞳を有した人懐っこい青年で、数日共に過ごしたがかなり好感が持てた。魔法の腕も申し分なく、伸び伸び育ったことも幸いして性根の綺麗な青年だ。
 公爵家を任せたいと話した時も、かなり驚いていたものの前向きに検討してくれた。流石にすぐに公爵家を継ぐことは難しいので、数年は俺と協力して仕事を覚えてもらうつもりだ。スミスも支えてくれるだろうし、今後の見通しが立って俺は安心した。

 馬車だと往復二週間はかかる距離だが、そんなにソフィアを一人にすることはできないし、二週間も離れるなんて俺が耐えられなかった。
 だから、風魔法を駆使して文字通り飛んで領地に向かっていた。そして一旦用事が済んだため、同じく風魔法で王城に帰って来たのである。それでも一週間は留守にしてしまい、俺はすぐにでもソフィアの顔が見たくて、城に着くなり彼女の部屋に赴いたのだ。
 扉の前で警備していたジェイルは驚いた様子だったが、すぐにニヤリと笑って中へ通してくれた。



 ――そして今に至る。



「どうでしたか?トーマスさんは頷いてくださいましたか?」
「ああ、快諾してくれたよ。とても良い青年だった。王都に来たら紹介しよう」
「楽しみにしています」

 ソフィアは俺の腕の中で楽しそうに笑っている。時折俺の胸に手を添えて額を擦り付けて来るもんだから、ぶっ倒れそうになる。
 ソフィア不足の身体には過剰摂取過ぎるのだが、どれほど俺がソフィアに飢えているのか分かっているのだろうか?

 ふと、ソフィアの服装を見ると、彼女はまだデイドレスのままで、もしかすると湯浴みもせずに政務に励んでいたのではと心配になった。すっかり日は暮れて、夕食も済ませただろうに。

「ソフィア、また頑張りすぎていたのだろう?風呂に入っておいで」
「いえ!イリアム様の方がお疲れでしょう?お先にどうぞ」

 ソフィアの肩に手を添えて、顔色を窺うように尋ねるも、やんわりと気を遣われてしまった。

「うーむ……ならば、一緒に入るか?」

 折衷案として提案したあと、俺はハッと我に返った。思わずポロリと口をついて出たが、何と下心に塗れた提案なんだ!
 慌ててソフィアを見ると、彼女はぽかんと口を開けて呆けていて、目を数度瞬いた後に、ボンっと顔を真っ赤にした。

「すすすすすすまない!気にしないでくれ!ああ!俺は自室に戻って風呂に入ればいいな!ははは、それなら順番を気にすることはない。ソフィアもその間に風呂に入っておくんだぞ!」

 俺は取り繕うようにそう言うと、自室に繋がる扉へ飛んで行ってドアノブに手をかけた。

「……………………まだ」
「ん?」

 自己嫌悪のため頭を抱えつつ、ドアノブを捻ろうとした時、ボソリと呟かれた言葉を耳ざとく拾った。首だけで振り返ると、ソフィアはモジモジ指を突きながら消え入りそうな声で言った。

「まだ、恥ずかしいのですが……いつか、ご一緒しましょう、ね?」
「~~~っ!!!」

 潤んだ瞳で、掠れた声で、真っ赤に染まった顔でそんなことを言われて――俺は膝から崩れ落ちた。

「わわっ!イリアム様っ!?」
「だっ、大丈夫だっ!今俺に触れると危険だから、離れていなさい」
「えっ?」

 慌ててソフィアが駆け寄ってくるが、いけない。今触れられると何をしでかすか分からない。
 慌てて制止したため、訳が分からないという顔でソフィアがピタリと足を止める。


 まったく、警戒心が足りないにも程がある。


「…………今触れられると、あなたを押し倒してしまいそうだ」
「っ!!」

 ソフィアはハッと目を見開き、ますます顔を赤くした。頭から湯気まで立ち昇っている。
 ――戴冠式の夜、初めて身体を重ねた時のことを思い出したのだろう。

「ただでさえ、一週間もソフィアと離れて、今の俺はソフィア不足で飢えた猛獣のようなものなんだ」
「イリアム様……」

 相変わらずソフィアの前では情けない姿ばかり見せている。

 そんな俺の心情には構わず、あろうことかソフィアは俺の側まで来てしゃがみ込むと、震える手で俺の頬に触れた。途端にカッと頬が熱くなり、慌てて離れようとするが何故かソフィアは追い縋ってくる。

「そ、ソフィア!話を聞いていたか!?」

 狼狽する俺に対して、ソフィアはどこか不満げに頬を膨らませている。

「わ、私だって…私だってイリアム様不足です。さっきの抱擁だけじゃ全く足りませ…んんっ」

 全部言い切ることを待たずに、俺は本能的にソフィアの身体を抱き寄せると想いをぶつけるように唇を重ねた。

「……はぁっ、今のはソフィアが悪いぞ」
「……す、すみません」

 肩で息をしながら目に涙を浮かべるソフィアはとても(あで)やかで、思わず生唾を飲んでしまう。



「………………無理だ」
「えっ、なにが…きゃあっ!?」

 ぷつんと理性の糸が切れた俺は、ソフィアを抱き上げるとズンズン浴室へと向かって行く。
 行き先を理解したソフィアが腕の中で可愛く抵抗しているが、もう離してやるつもりはない。煽ったのはソフィアだ。

「疲れているだろうが…今夜一晩俺にくれ」
「っ、一晩だけではなく…私の全てはもうイリアム様のものですよ?」
「………………はぁ、今夜は優しくしてやれそうにない」
「えっ!?」

 ソフィアの声を飲み込むように唇を重ねると、俺は後ろ手で浴室の扉を閉めた。


 どこまでも可愛い俺の妻は、これからもずっと俺を翻弄し続けるのだろう。

 そう思うと自然と笑みが漏れた。


 既にソフィアは抵抗をやめて、俺の首に腕を回して来ている。俺たちは離れた時間を埋めるように一晩中互いを求め合った。
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