魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第六話 結婚と勘違い

「ソフィア様、公爵様はイメージよりも随分と気さくな方ですね」
「そうね」

 公爵様が離宮に足を運ぶようになってから、私たちの中での公爵様のイメージは刷新された。

 強く、気高く、時に冷徹に。
 どこかそんな印象を抱いていたのだけど、実際に話してみると、公爵様はとても優しくて穏やかな人だった。

 密かに憧れていた存在だけれど、今ではすっかり気安い仲となり、私は良き友人が出来たと浮き足立っていた。

 とんでもないことになっているなんて、全く知らずに――




◇◇◇

「い、今何と……?」
「私と結婚して欲しいと言った」

 私の目の前には真っ赤な薔薇の花束を持ったラインザック公爵様が立っている。
 出迎えるなり告げられた言葉に、私の思考は停止した。

 側に控えていたエブリンは両手で口元を押さえ、護衛騎士のジェイルもぽかんと呆けた顔をしている。

「…突然のことで驚かせてすまない。そしてもう一つ詫びなければならないことがある」
「な、なんでしょうか……」


 これ以上衝撃的なことがあるのかしら……?


「俺とあなたの婚姻はすでに神殿に受理された。もう俺たちは戸籍上夫婦となっている」
「えええっ!?」


 ……あったわ。衝撃的すぎる。


 驚きすぎて素っ頓狂な声をあげてしまったけれど、エブリンも流石にいつものように指摘してこない。彼女も驚きすぎて固まっているようだ。

「事情は公爵家についてからゆっくりと話をさせて欲しい。急ですまないが、あの愚王が即座に離宮から出ていくようにと言っていてな……使用人はもしよければそのまま公爵家で働いて構わないと言伝されている」
「ぐ、ぐおう…?え、ちょ、ちょっと待ってください…!」


 急展開すぎてついていけないわ!


 私と公爵様が結婚…?しかもすでに受理されていて正式な夫婦になっていて…それでこの離宮から公爵家に引越し……


 ん?ということは――


「っ!私、ここから出られるのですねっ!」
「!ソフィア様…っ!」
「姫さん!やったな!」

 そのことにようやく考えが及び、私は喜びのあまりエブリンとジェイルに抱きついてしまった。二人も日頃から私がここから出て広い世界で生きたいと願っていたことを知っているため、我が事のように喜んでくれている。

「いつか、見ず知らずの人と政略結婚させられるのだと思っておりましたが、まさかその相手が公爵様だなんて…」
「俺では不満だろうか」
「いいえっ!まさか!そんな!むしろ私なんかで良いのでしょうか?私、魔力なしですし…その、公爵様のお役に立てるのか」
「ああ、そのことについても屋敷でゆっくり話をしよう。この結婚は俺自身のためでもあるからな……急かして悪いが、輿入れの準備を」
「は、はいっ」
「必要なものはすべてこちらで揃えることができる。どうしても持って行きたいものだけ積むといい」

 そこからはそれはもう慌ただしかった。

 とりあえず必要なものをまとめて、公爵様が用意してくれた馬車に積み込む。使用人達に事情を伝えると、みんな大喜びで準備をしてくれた。公爵家にも着いてきてくれて引き続き側にいてくれると言うので、とても嬉しい。

 わたわたしている間に準備が整い、あれよあれよと私は公爵家に嫁ぐこととなった。




◇◇◇

「本当に急ですまない」
「い、いえっ!」

 ガタガタと規則的に揺れる馬車の中、私は窓から小さくなっていく離宮を眺めていた。十年もの長い時間を過ごした場所を遠目に見るのは何とも不思議な気持ちだ。

 窓に流れる景色、路端の草花、頬を撫でる風が心地いい。


 私、離宮から出たんだ……


 しばらくぼんやりと景色を眺めていた。

 ある日突然家族に切り捨てられて押し込まれた離宮だったけど、人生の半分以上を過ごした場所だもの。それなりに愛着もあったのでちょっぴりの寂しさもある。でもそれよりも、これから見れる景色や世界に対する期待に胸が膨らむ。

「その、公爵様…どうして私を?」
「ああ…うむ」

 離宮が見えなくなった頃、ずっと気になっていたことを尋ねると、公爵様は少し言い淀んでから答えてくれた。

「俺が余命宣告されていた話は前にしたな?」
「はい」
「気丈に振る舞ってはいたが、いつ死を迎えるのか、言いようのない不安に押しつぶされそうになっていた。だが、あの日倒れて以来、不思議と魔力が落ち着いているんだ」
「はあ……」
「俺は、それはあなたのおかげだと考えている」
「……えっ?」

 突拍子もない話に私は目を瞬いた。

 私は魔力もなければ治癒の力や癒しの力があるわけでもない。聖なる力があれば、神殿で国のために祈りを捧げることもできたのだけれど……
 私は空っぽで何の力もない無能。そのはずなのに、公爵様は私のおかげだとおっしゃる。

 んんん?と首を傾げる私に、公爵様は優しく微笑んでくれる。

「いきなり色んな話をしても混乱するだろう。これからゆっくり話していこう。ともかく、あなたの存在が俺の命を繋ぎ止めてくれているとだけ理解しておいてくれ」
「はあ……あ!そういうことですか」
「ん?どういうことだ?」

 公爵様のお話は要領を得ず、いまいちピンとこない。でも、今のお話を聞いて、一つだけ分かったことがあった。

「私にそんな力があるのかは正直分かりませんが…公爵様は私が側にいれば魔力が暴走することはない、のですね?」
「ああ、そうだな。恐らくは」
「なるほど、ようやく理解できました!公爵様ほどのお人が、なぜ私なんかと結婚を…と思っていたのですが、ご自身の命のためとあらば納得です」
「え?あ、ああ、うん。それもあるが、俺は……」

 公爵様はなぜだか私の側にいれば魔力が落ち着く、つまり生き永らえることができるということ。余命宣告をされていたほどだもの。『延命装置』として私を側に置いておきたいということなんだわ!

「王家にとっても公爵様との結婚は望ましいもの。王家は私を厄介払いできるというわけですし、無能な私でも少しは王家の役に立てるというものです。私も公爵様のお力になれるのは本望ですし、公爵様に私を愛する気持ちがなくとも構いません。安心してください!公爵様ほどの人が私を見初めるだなんて烏滸がましい勘違いはいたしません。あなたは私を離宮から連れ出してくれた。それだけで十分ですもの」
「え、いや、ちょっと勘違いをしているようだが……」
「ふっふっふ、これでも本はたくさん読んでおります。最近流行りの恋愛小説でよく見る『契約結婚』のようなものでしょう?公爵様は私に価値を見出してくださった。王家も私を厄介払いしたいし公爵家との繋がりも持てる。だから双方合意の上で政略的に結婚をした。全て理解いたしました!」
「いや、微塵にも理解はしていないと思うのだが……」

 何という名推理かしら!私は一人で納得し、うんうんと満足して腕組みをした。エブリンがいたらはしたないと叱られるけれど、彼女はジェイルと共に別の馬車に乗っている。


 この結婚に愛がなくともかまわないわ。
 憧れの公爵様のお役に立てるのだから。


 公爵様は、『出来損ないだ』『役立たずだ』と言われてきた私に価値を見出し、必要としてくれた。それだけで十分すぎるじゃない。
 それに本のような展開で、不謹慎ながらも少しワクワクしてしまう。エブリンに話したら怒られるだろうな、と一人で小さく笑った。


 公爵家は離宮とは比べ物にならないほど広いのかしら。
 公爵家の方と仲良くなれるといいな。
 色んなところにお出かけできたら嬉しいわ。


 私はこれからの新しい生活に思いを馳せた。

 公爵様がなぜか頭を押さえて溜息をついていたけれど、その理由はさっぱり見当がつかなかった。
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