魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第八話 初めての夜

 イリアム様と夕食をとり、与えられた自室に戻った私は、ほうと息を吐いた。

 怒涛の一日だったわ……

 知らぬ間にイリアム様の妻となっていたことには驚いたけど、国の利益のことしか考えない王家が手を回したのだと思うと妙に納得できてしまった。さっさと私を追い出したかったのね。

 むしろこうして離宮を出られたことを喜ぶべきだわ。しかも相手はあのイリアム様。突然世界が開けて、戸惑いを隠せないけれど、とにかく…

「お風呂に入りたいわ…」

 椅子に腰掛けるとドッと疲れが押し寄せてきた。温かい湯に浸かって疲れを取りたい。まだまだイリアム様には聞きたいこともあるし、お風呂に入ったら部屋を訪ねてみようかしら。

「エブリン、お風呂の用意をお願いできるかしら?」
「既に湯を張っておりますので、今すぐにでも」
「相変わらず仕事が早いわね」

 エブリンは公爵家に着いてから、屋敷の使用人全員に挨拶を済ませ、引き続き私のお付きの侍女として働いてもらうことになった。見知った彼女が側についてくれるのは本当に心強い。
 エブリンも疲れているだろうに、テキパキとお風呂の用意をしてくれる。私はお言葉に甘えていつもよりも長めに湯に浸からせてもらった。

「はぁあ…沁みるわあ…」



◇◇◇

 コンコン

「あの、イリアム様…起きていらっしゃいますか?」

 自室の中、イリアム様の部屋に通じているという扉を控えめにノックすると、ガタガタっと慌ただしい物音がしてからゆっくりと扉が開いた。

「……どうかしたか?」

 薄く開けられた扉から、寝間着姿のイリアム様が僅かに顔を覗かせた。少し前髪がしっとりしている。お風呂上がりかしら?

「おやすみ前に一緒にお茶でもどうかと思いまして…もう少しイリアム様とお話をしたいのです」
「………………入るといい」

 イリアム様は小さく唸り声を上げてから、どこか観念したように扉を開けて迎え入れてくれた。

「ありがとうございます!」

 私はエブリンが自室に戻る前に用意してくれたお茶のセットを手に、イリアム様のお部屋に足を踏み入れた。ノンカフェインの優しいハーブティーを用意してくれたから、イリアム様の睡眠を妨げることはないはず。

「……こちらへ」

 イリアム様はガウンを羽織り、私をサイドテーブルの側の一人がけのソファへと案内してくれた。
 そっと茶器の乗ったトレイをサイドテーブルに置くと、私は静かにソファに腰掛けた。想像以上の沈み込みに少し慌ててしまった。ふかふかだわ…!

 イリアム様は私の膝にブランケットをかけると、作業机の椅子を運んで対面に腰掛けた。私は素早くお茶を注ぎ、おずおずとイリアム様に差し出した。

「ありがとう」

 イリアム様は柔らかく微笑み、ソーサーごとカップを受け取ってそのまま口に含んでくれた。

「うん、美味い。……それで、何か聞きたいことでもあるのか?いや、聞きたいことばかりだろうな」

 ゆっくりとお茶を飲み込んだイリアム様は、カップを置くと真っ直ぐ私の目を見て微笑んだ。

「そうですね…私が本当にイリアム様の魔力を安定させる存在なのか、知りたいです」
「ふむ……証明するのは難儀だな」

 私は思い切って一番気になっていたことを尋ねてみた。馬車ではあまり詳しく聞けなかったので、ずっとずっと気になって落ち着かなかったのだ。

 イリアム様は顎に手を当てて考え込むと、徐に右手を差し出した。どうかしたのかと見守っていると、上向けられた手のひらからゴウっと激しい炎が生まれた。魔法だ!

「わ、わ、すごい…っ!」
「見ての通り炎魔法だ。すまないが、その……手を握ってはくれないだろうか」
「え?あ、はいっ」

 炎をゆらめかせた右手はそのままに、イリアム様は遠慮がちに左手を差し出した。私は恐る恐るその手を取った。

「え?」

 私の手がイリアム様に触れた途端、右手の炎の勢いが収まった。ゴウゴウと顔に熱を感じるほどの火力であったはずなのに、今ではサイドテーブルに置かれたコーヒーカップと同じぐらいのサイズ感になっている。ゆらゆらと蝋燭の火のように優しく穏やかに揺れている。

 どういうことかと目を瞬いていると、イリアム様がきゅっと私の手を強く握ったため、どきんと心臓が跳ねた。
 炎の灯りがイリアム様を照らしていて、深く碧い瞳にゆらめく炎が映っている。

「見ての通りだ。俺が注ぐ魔力量を加減したわけではない。終始同じ強さになるように魔法を発動させていた」
「え……?どういうことですか?」

 察しが悪いと思われるかもしれないけれど、何が起きているのかさっぱり理解できない。

 イリアム様は右手の炎を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「ソフィア、あなたは全く魔力がないんだな?」
「え、ええ。すっからかんのようです。だから王家から出来損ないだと切り捨てられて……」
「人は皆少なからず魔力を持って生まれる。この国中どこを探しても魔力が全く無い人間はいないんだ」
「……それほど私は価値のない人間だということなのですね」

 イリアム様の話を聞いて、自分の無能っぷりを思い知らされる。しょんぼりと肩を落としていると、右手の炎を握って消したイリアム様が私の肩にその手を添えた。

「違う。むしろ逆だ」
「ぎゃ、逆…?」

 イリアム様の言わんとすることが分からない。
 私は瞳を揺らしながら真っ直ぐにイリアム様の深く碧い瞳を見返した。瞳に映る私は不安げな表情をしていて、イリアム様はいつになく真剣な表情で私を見据えている。

「ソフィア。あなたはこの世に一人しかいない、特別な存在なんだ」
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