古本屋・忘れな草
「私は、どうすればいいんですかね。今の私は、親の力がなければ生きていけません。それは揺るがない事実です」

 冬月さんは立ち上がり、いくつかの本を持ってきた。
 それは大学受験の参考書から求人情報の載った新聞まであった。

「まあ……。冷静に考えたらコレかな。親父さんは必ず大学に行けと?」
「はい」
「じゃ、これは除外だね」

 そう言って新聞をこたつの隅に置く。

「できるだけ遠くの大学に行って一人暮らしをする。で、働いて完全に独立だ」

 グッと握りこぶしを作る冬月さんは至って真剣そうだ。

——なんかこの人……

「冬月さんって、異界の人って感じしませんね。普通の現代人みたい」

 そう言うと冬月さんは意味深な表情で笑った。

「流石。まあ正解っちゃ正解だね」
「どういうことですか」
「内緒」

 立てた人差し指を唇につける冬月さんは、かなり様になっている。
 薄々気づいていたけれど、冬月さんって結構格好いい。

——いや、なに考えてんの、私……!

 邪念を追い払うように顔をペチペチと叩き、咳払いする。
 そんな私を、冬月さんは不思議そうに見ていて、逃げ出したくなった。

「まあ何て言うのかな、家に帰りづらかったらココ来て良いよ」

 「ミルクティー出すくらいしかできないけど」とふわりと笑って言った冬月さんの周りに、花が咲いたように見えた。

「そんなことできるんですか?」
「できるんじゃない?君があの家にいる限り、君は傷ついたままだと思うし」

——家にいる限り……

 怒り狂う父親、ブランド物を買い漁る母親。
 それを考えると、確かに心に暗い影が落ちる気配がする。

 これを“傷ついている”と言うのなら、確かに私はあの家にいる限り傷ついたままだ。

——もしかすると、家を出た後だって……。

「ね?家がそんなんじゃ、心が休む暇もないでしょ」
「……はい」

 こうして私は冬月さんの言葉に甘えさせてもらい『古本屋・忘れな草』に通うことになった。
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