古本屋・忘れな草

彩り

「冬月さん、こん……何しているんですか」
 
 冬の寒さが未だ抜けきらないどころか、底冷えする寒さの強い日。

 バレンタインから約二週間の時が経った頃のことだった。

——おでん……

 どこか西洋風の異界みたいなこの場所に、こたつ以上に日本らしいものが出現していた。

 こたつの上にカセットコンロが置かれ、その上には豊富な具材の入った鍋が乗っている。
 いつものコーヒーの匂いはなく、冬のコンビニと一瞬見紛うほどの雰囲気が漂っていた。

「あ、橘さん。待っていたよ」
「何しているんですか」

 冬月さんはお玉に出汁を取り、味見をしていた。

「見たままだよ。今日は一段と寒いから、いつもより心も冷やしているんじゃないかと思ってね」

 「良い感じだ!」と、マイペースで進む冬月さんの時間は私には到底理解しかねるものだった。

「私が来なかったらどうしていたんですか、これ」

 そう言うと、冬月さんは「うーん……」と首を少し傾げた。

「来ると分かっていたからね。来なかったら、は考えなかったなあ」

 全て見通されていたのか。ここが不思議な場所だからという理由だけではなさそうだ。

 実際、この二週間ほど毎日通っている。
 学校のある平日の放課後は勿論、「もうすぐ受験だから」と父によって土日に入れられた塾の後も。

 だから予想は簡単なことなのかもしれない。
 
 底冷えする寒さに、いっそう孤独感を抱いていたのも本当だった。
 それでも、意表を突かれたことが少し悔しい。

「さあ、食べよう。大根に出汁がしみ込んでいるよ」
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