古本屋・忘れな草
 若宮先輩たち3年生が卒業した。
 あれから若宮先輩とは一度も話していない。
 
 今日は所謂ホワイトデーだけれど、当然呼び出しなどない。
 
 砕け散ったブラウニーに対して返せるものなど、あれば逆に見てみたいものだ。

——あんな奴より、冬月さんに会いたい

「今日はバームクーヘンを焼いてみました」

 店内を包み込む焼き菓子の良い匂いと、冬月さんの朗らかな笑顔が私を出迎えた。

 こたつに運ばれたバームクーヘンはチョコレートの色をしていた。
 ホワイトデーだからだろうか。

「ありがとうございます」

 冬月さんはパン切りナイフでバームクーヘンを4つに切り分け、一番大きな一切れを私に、もう1つを自分に取り分けた。

——本当にこの人は……

「そういえば、冬月さんって下は何歳まで対象内ですか。恋愛の」

 フォークでバームクーヘンを一口サイズに切りながら、なんてことない風に聞いてみた。

 甘いはずの一口目のバームクーヘンは、味がしなかった。

 冬月さんは少し考えて口を開く。

「……少なくとも、成人していないとね。法律的には」

——牽制された?それとも……

「そうですか。ちなみに私は2、いや3つまでなら対象内ですよ」

 冬月さんの正確な年齢が分からないから、保険をかけてみた。

 冬月さんは表情を変えず「……そう」と言った。
 二口目のバームクーヘンは温かくて、とても甘かった。
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