古本屋・忘れな草
 私がそう問うと、瞬さんは身体をビクッと震わせ、私を凝視した。
 そして私が何も言わないでいると、「やっぱり察しが良いなあ」と言ってふにゃりと笑った。

「……実は、ここでの記憶が残るかが分からないんだ。ここに来た時、先代に聞いたら『前例がない』って。過去にここの店主をしていた人はみんな、もう一度死を選択していったらしい」

——そんな……

 店内に流れるショパンの「別れの曲」が、一層心臓を冷たくする。

 それは瞬さんも同じようで、少し屈んで私を合わせた瞳には悲しみを湛えていた

「俺がまた生きようと思えたのは、君と出会ったからだ。だから、君を忘れて生きていけるか自信がない」

 私は弱々しく言う瞬さんの手を取って『古本屋・忘れな草』の扉の前まで行った。

「ちょ、ちょっと……」

 戸惑う瞬さんに、私はニコリと笑顔を向けた。

「じゃあ、私から会いに行きますね。私はきっと覚えているから」

 そう言って瞬さんの両手を軽く握ると、瞬さんは困ったように笑って手を握り返した。

「覚えのない年下の女の子が来て、驚かない自信がないなあ」

——女の子って……

「女の子、というような歳ではないと思いますが」
「俺からしたら十分女の子だよ」

 瞬さんにそう言われると、自分がとてつもなく幼い子供に思えてしまう。
 でも、私はもう成人しているのだ。

「私、瞬さんが好きです」
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