古本屋・忘れな草
 空調管理された倉庫にはカフェに出す料理やスイーツ、飲み物で使用する食材が置かれている。
 その中から厨房で不足しているものを補充したりしなければならない。

 いちごの入った段ボールを開けていると、ふいに瞬さんが口を開いた。

「それにしても、お互い覚えていたのに半年前まで会えなかったとはね……」
「本当に……」

 あの日、すぐに市立病院に行ったけれど瞬さんはいなくて。
 少し日にちを空けると病室はもぬけの殻だった。

 橘電機に行けば何か分かるかもしれなかったが、私は告発の件で橘電機の全会社を出禁にされてしまい、それは叶わなかった。

 思えば、私は瞬さんの家がどこにあるかも知らなかった。
 瞬さんも私の進学する大学を知らなかった。

 それほど2人が会う場所が『古本屋・忘れな草』だけだったから。

「それに……あの先代がカフェをやっているなんてな」

 瞬さんの言う通り、私たちが働くこのお店『カフェ・忘れな草』は1年前に『古本屋・忘れな草』の先代が生還して始めたものだ。

 「『みんな死を選択する』って言っていたじゃないですか」と、呆然とする瞬さんに先代改め店長は、「俺もそうするとは言ってないじゃないか」と軽快に笑っていた。

 ともあれ、『カフェ・忘れな草』は傷ついた日も、何でもない日も“人々に癒しを提供するカフェ”として出発した。
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