月が綺麗な夜に。
「……月が、綺麗ですね」
「そうかね? それより早く飯に行こ。焼肉が食べたい」
「けれど、君の方が綺麗……」
「黄身? 卵より肉でしょ。ほら、焼肉行くよ」
会話が噛み合わない2人。こう見えてカップルらしい。
背が高くて大きいのに、細身で物腰柔らかそうな男性と、小柄で可愛らしいのに、出てくる言葉は男勝りな女性。
スーツを身に纏ったデコボコな2人は、駅前に設置されたベンチに座って空を見上げていた。
街の灯りが眩し過ぎて星は見えない。
高い位置でひっそりと顔を覗かしている三日月だけが、2人の目には映っていた。
「あの月の輝きは、まるで君の瞳みたいだ……」
「てか、店どこにする? 酒が美味いのは『焼肉 アンジー』だけど、『寅市』の牛タンも捨てがたいよな」
「君の瞳に乾杯ができるなら、僕はどこへだって付いて行くよ」
「じゃあそっちの奢りで『満腹苑』に行くか。メニュー表に“時価”としか書かれていない、恐怖の店へ」
「君が望むなら、僕はどこへでも……」
「じゃあ決まりだな」
男性が掛けているフチなしの眼鏡には、変わらず三日月だけが映っている。
眼鏡の奥で優しそうに目を細めている男性の腕を取り、女性は小走りで飲み屋街の方へ向かって行った。
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