売り飛ばされた孤独な令嬢は、怪物公爵に愛されて幸せになる
プロローグ うるさすぎる出逢い
『なんて――なんて美しい方なのでしょうか』
最初は、聞き間違いかと思ったのだ。
心からの感嘆の声と共に見上げられたとき、俺は戸惑わずにいられなかった。
ギルバート・クラディウス。怪物公爵と呼ばれる男を前にすれば、まず人々が抱くのは恐怖の念だ。それを俺は痛いほどよく分かっているのである。
もしくは今の言葉は、俺に向けられたものではないのかもしれない。俺の傍に立つ従者なんて、女にもてすぎて困るなどと以前ぼやいていたほどだ。
ぱっちりした大きな瞳をした小さな少女は、さらに続ける。
『艶めく短い銀髪に、紅の瞳。抜き身の刃に似た鋭い雰囲気をお持ちでありながら、彫刻のように端整な顔立ちをしてらっしゃいます』
……いや。俺だな。銀髪と赤い瞳なんて特徴を持つのは、この場で俺だけだ。
鈴が転がるような澄んだ声には淀みがなく、嘘を疑う余地がない。だから、ますます動揺せずにはいられない。
さっきからこの少女は、感激した口調で何を口走っている?
『お母様は確か、額に大きな瘤があって、鼻は潰れており、体毛が分厚く、豚にも蛙にも見える殿方こそ公爵様だとおっしゃっていましたが……』
誰だそれは。ああ、俺か。怪物公爵という恐ろしげな字面の影響か、市井であらゆる噂が流れているのは知っている。そこまでひどい話は今まで聞いたことがなかったが、少女の母親はよっぽど俺を嫌っているに違いな――。
『それはきっと、神々しい美貌に嫉妬を抱かれた方々が流した心ない噂なのでしょう』
なんだそれは。どれだけ好意的な解釈なんだ。
だが眉根を寄せる俺に向けて、少女はさらに信じられない言葉を続ける。
『背の高い公爵様が私を見下ろし、訝しげに目を細められています。その瞳の色は、そう、まるで――まるで、柘榴の実のようにきれいで』
……きれい、だと?
呆気に取られて、俺は目の前の少女を見下ろす。
返り血を浴びて目が赤くなったんだろう、と揶揄されるのには慣れていた。自分でも時間が経つほど虹彩が赤みを増した気がして、あながち間違いではないのかもしれないと自嘲していたほどだ。
だから柘榴の実に喩えられることなど、生まれて初めてのことで。
そのとき俺は顔にこそ出さないものの、自覚がある程度には狼狽していた。
俺を置き去りにして、少女は喋り続ける。小さな唇は一度たりとも動いていないが、彼女が思っていること、感じていることを、俺はひとつ残らず聞いている。
『ああ、それにしても、驚いた顔もびっくりするくらい美麗で――』
そんなふうに喋り続ける、心の声に向かって。
黙れ――と唸るように発する、一秒前までの出来事だった。
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