マイナスの矛盾定義
起き上がって整いすぎた顔面にパンチでも食らわせてやろうか――と思うより先に、腰を踏みつけられた。
「俺が嫌いなタイプの女の特徴、少しだけ教えてやるよ。素直じゃねぇ女、可愛くねぇ女、強気な女、生意気な女、それから――」
強引に髪を引っ張られる。容赦なく踏まれた腰が痛い。
「―――俺の手を見て綺麗だのなんだの、くだらねぇ美辞麗句を並べる女だ」
静かな怒気の混じった声音を聞き相手の不機嫌さをようやく感じとる。
ただでさえあまり感情の読めない男の為、少々時間が掛かってしまった。
「……綺麗だと言われることが嫌いなの?おかしな人ね」
「…俺のことを知りもしねぇくせに外面だけで判断する奴に嫌悪感を感じるだけだ」
「えぇ、私は貴方のことを知らないし知りたいとも思わない」
「なら精々俺の機嫌を損ねねぇよう頑張るんだな」
「綺麗なものを綺麗だと言って何が悪いの?私の感覚を否定しないで」
ハッキリとした口調で反論すれば、掴んでいた髪を引っ張られ、そのうえソファへ投げ付けられた。
背中にソファの固い部分が当たり、小さく呻き声を漏らす。
「ここで脅えるくらいの可愛げすら持ち合わせてねぇのかよ」
私が乱暴に扱われたくらいで脅える程の可愛げを持ち合わせているとすれば、今頃シャロンと共に過ごせていない。
「……つまり、貴方のことを知ればいいのね?」
ズキズキと痛む背中と腰を擦りながらゆっくりと立ち上がる。
私はただシャワーを浴びに行こうとしていただけだというのに、いつの間にかこの状況とは…酷い仕打ちだ。
「あ?」
「知ったうえでまだ綺麗だと言えば私が正しいということでしょう?」
「……どう解釈したのか分かんねぇ」
「それはどうも。そっちがそこまで勝手なら私の方も勝手な解釈させてもらうわよ」
「生意気な女は嫌いだっつったろ」
「こっちだって短気な男は嫌いだわ。珈琲を淹れたら出ていくから、その獰猛加減を抑えてくれるかしら」
シャロンという名の知り合いは、その珍妙な解釈で私を困らせることが幾度もある。
今はそんなシャロンの自分勝手な性格をうまく真似できたと思う。
その証拠にアランは押し黙り、疲れたように3つある机のうちの1つに腰を掛けた。
上にある沢山の書類をこれから纏めるようだ。
「大変そうね」
「……暇潰しだっつーの。こんなに仕事を溜めたりしねぇよ」
「暇なら寝ればいいのに」
「俺はブラッドを待ってんだ」
このタイミングで『誰?』と聞けるほど白々しくなれなかった自分。
“ブラッド”――3人の中のもう1人、夜まで帰ってこないと言われていた人物。
恐らく3人のリーダー的存在なのだろう。
「……どんな人?」
「変な奴。お前みてぇにな」
「失礼ね。貴方より常識はあるつもりよ」
決して丁寧とは言えない手付きで、用意したカフェラテを荒々しく机に置いてやる。
こっちは睡眠時間を削られているのだ。
「おい、秘書」
「何かしら?私はもう戻るわ」
「ブラッドに今みてぇな失礼な真似してみろ、心臓ぶち抜いてやる」
こんな風に言うってことは…一応仲間に対する思い入れみたいなものはあるのね。
こんな男に他人を大切に想える心があったなんて意外だわ。
「その人に何か恩でもあるの?」
「関係ねぇだろ」
初日から警戒心を持たれてしまっては元も子もない。今はこれくらいにしておこう。
いや、もう日付が変わったのだから一応2日目ということになるのかしら?
「…確かにどうでもいいわ。おやすみなさい」
どっちにしろ余り深く関わるのは良くない。そう思って立ち去ろうとした私を、アランが引き止める。
「朝食の時間は7時半だ。それまでに起きろよ」
「…あんなエレベーター、時間通りに朝食を食べに行けるか謎なんだけど…」
「そりゃエレベーターは階によって使う時間決まってるしな」
「は?」
「あ?…あぁ、お前知らなかったからこの階のシャワールームを使おうとしたのか?」
「だってさっき見たら誰かが使ってたんだもの」
「当たり前だろ?11時から12時は6階にいる他の奴らがエレベーターを使う時間だ。この時間帯に使うなら誰も使わなくなるのを待つしかねぇ」
「じゃあ9階にいる私たちはいつなのよ?」
「9時から11時の間だ。詳しい使用時間はエレベーターの隣に貼ってあんだから、よく読め」
そういえば紙を貼ってあったような気がするけど…誰もエレベーターの使用時間が決められているなんて聞いてないわよ…!
そういうことは先に説明してほしい。それとも、注意力のない私が悪いの?
「あーもう、分かったわ。もう少し先に言ってほしかったけれど。おやすみなさい」
礼儀としてもう1度挨拶を発し、私がドアを開け――るより先に、ガチャリとノブが回った。
「え」と短い驚きの声を上げると同時にドアが開く。
―――――その刹那、よく分からない衝撃に襲われた。
どこか冷たいブルーの瞳、ブラックブルーのサラサラヘアー。
雰囲気も容姿も、とにかく浮世離れした男がそこに立っている。
黒いジャケットと緩いTシャツを重ね着していて、アランと同様鎖骨が見えている。
でもそれよりも目を奪われたのは、ドアノブに触れている左手の甲にある三日月型の小さなタトゥーだった。
控え目なそれは男性の優雅さを際立たせている。
「ブラッド…遅すぎなんだよ。日が変わるまでには帰ってくるって言ったじゃねぇか」
後ろから聞こえたアランの一言を聞いて私は耳を疑い、もう1度ブラッドと呼ばれた男性に目を向ける。
……“ブラッド”?
ブラッドって、リーダよね?あの3人の。
もっと厳ついイメージだったんだけど。
その美しさは私でも少し見とれてしまった程…それどころか燦然として見えた――のだが。
「……、…?」
ブラッドさんは一向に私から目を背けない。
じっと、じっと、その奥深くどこか冷たい瞳で何も言わず私を見つめている。
そして、
「――…そんなはずないですよね」
と、意味の分からない台詞を自嘲的な声音で呟いた。
第一声がこれって。
《《<--->》》
-start-
――翌朝、私は9階のエレベーター使用時間とやらに合わせて行動した。
朝食の時間までに準備し、エレベーターへ乗り込み、食堂があるらしい2階のボタンを押す。
「ちょーっと待ってー?」
しかしドアが閉まるギリギリのところで手を割り込ませ無理矢理開いてくる奴が現れた。
キャラメルブロンドの癖毛、顔面に貼り付くような笑顔、そして何より――周りを取り囲む異様な空気。
「……あら、おはよう」
癖毛に寝癖が混じりボサボサの髪を押さえながらあくびをするのはラスティ君。
可愛らしい八重歯が見え、一見だらしない格好でも何だか良い意味で妙な雰囲気を漂わせている。
「おはよー。ぶらりんにはもう会った?」
「俺が嫌いなタイプの女の特徴、少しだけ教えてやるよ。素直じゃねぇ女、可愛くねぇ女、強気な女、生意気な女、それから――」
強引に髪を引っ張られる。容赦なく踏まれた腰が痛い。
「―――俺の手を見て綺麗だのなんだの、くだらねぇ美辞麗句を並べる女だ」
静かな怒気の混じった声音を聞き相手の不機嫌さをようやく感じとる。
ただでさえあまり感情の読めない男の為、少々時間が掛かってしまった。
「……綺麗だと言われることが嫌いなの?おかしな人ね」
「…俺のことを知りもしねぇくせに外面だけで判断する奴に嫌悪感を感じるだけだ」
「えぇ、私は貴方のことを知らないし知りたいとも思わない」
「なら精々俺の機嫌を損ねねぇよう頑張るんだな」
「綺麗なものを綺麗だと言って何が悪いの?私の感覚を否定しないで」
ハッキリとした口調で反論すれば、掴んでいた髪を引っ張られ、そのうえソファへ投げ付けられた。
背中にソファの固い部分が当たり、小さく呻き声を漏らす。
「ここで脅えるくらいの可愛げすら持ち合わせてねぇのかよ」
私が乱暴に扱われたくらいで脅える程の可愛げを持ち合わせているとすれば、今頃シャロンと共に過ごせていない。
「……つまり、貴方のことを知ればいいのね?」
ズキズキと痛む背中と腰を擦りながらゆっくりと立ち上がる。
私はただシャワーを浴びに行こうとしていただけだというのに、いつの間にかこの状況とは…酷い仕打ちだ。
「あ?」
「知ったうえでまだ綺麗だと言えば私が正しいということでしょう?」
「……どう解釈したのか分かんねぇ」
「それはどうも。そっちがそこまで勝手なら私の方も勝手な解釈させてもらうわよ」
「生意気な女は嫌いだっつったろ」
「こっちだって短気な男は嫌いだわ。珈琲を淹れたら出ていくから、その獰猛加減を抑えてくれるかしら」
シャロンという名の知り合いは、その珍妙な解釈で私を困らせることが幾度もある。
今はそんなシャロンの自分勝手な性格をうまく真似できたと思う。
その証拠にアランは押し黙り、疲れたように3つある机のうちの1つに腰を掛けた。
上にある沢山の書類をこれから纏めるようだ。
「大変そうね」
「……暇潰しだっつーの。こんなに仕事を溜めたりしねぇよ」
「暇なら寝ればいいのに」
「俺はブラッドを待ってんだ」
このタイミングで『誰?』と聞けるほど白々しくなれなかった自分。
“ブラッド”――3人の中のもう1人、夜まで帰ってこないと言われていた人物。
恐らく3人のリーダー的存在なのだろう。
「……どんな人?」
「変な奴。お前みてぇにな」
「失礼ね。貴方より常識はあるつもりよ」
決して丁寧とは言えない手付きで、用意したカフェラテを荒々しく机に置いてやる。
こっちは睡眠時間を削られているのだ。
「おい、秘書」
「何かしら?私はもう戻るわ」
「ブラッドに今みてぇな失礼な真似してみろ、心臓ぶち抜いてやる」
こんな風に言うってことは…一応仲間に対する思い入れみたいなものはあるのね。
こんな男に他人を大切に想える心があったなんて意外だわ。
「その人に何か恩でもあるの?」
「関係ねぇだろ」
初日から警戒心を持たれてしまっては元も子もない。今はこれくらいにしておこう。
いや、もう日付が変わったのだから一応2日目ということになるのかしら?
「…確かにどうでもいいわ。おやすみなさい」
どっちにしろ余り深く関わるのは良くない。そう思って立ち去ろうとした私を、アランが引き止める。
「朝食の時間は7時半だ。それまでに起きろよ」
「…あんなエレベーター、時間通りに朝食を食べに行けるか謎なんだけど…」
「そりゃエレベーターは階によって使う時間決まってるしな」
「は?」
「あ?…あぁ、お前知らなかったからこの階のシャワールームを使おうとしたのか?」
「だってさっき見たら誰かが使ってたんだもの」
「当たり前だろ?11時から12時は6階にいる他の奴らがエレベーターを使う時間だ。この時間帯に使うなら誰も使わなくなるのを待つしかねぇ」
「じゃあ9階にいる私たちはいつなのよ?」
「9時から11時の間だ。詳しい使用時間はエレベーターの隣に貼ってあんだから、よく読め」
そういえば紙を貼ってあったような気がするけど…誰もエレベーターの使用時間が決められているなんて聞いてないわよ…!
そういうことは先に説明してほしい。それとも、注意力のない私が悪いの?
「あーもう、分かったわ。もう少し先に言ってほしかったけれど。おやすみなさい」
礼儀としてもう1度挨拶を発し、私がドアを開け――るより先に、ガチャリとノブが回った。
「え」と短い驚きの声を上げると同時にドアが開く。
―――――その刹那、よく分からない衝撃に襲われた。
どこか冷たいブルーの瞳、ブラックブルーのサラサラヘアー。
雰囲気も容姿も、とにかく浮世離れした男がそこに立っている。
黒いジャケットと緩いTシャツを重ね着していて、アランと同様鎖骨が見えている。
でもそれよりも目を奪われたのは、ドアノブに触れている左手の甲にある三日月型の小さなタトゥーだった。
控え目なそれは男性の優雅さを際立たせている。
「ブラッド…遅すぎなんだよ。日が変わるまでには帰ってくるって言ったじゃねぇか」
後ろから聞こえたアランの一言を聞いて私は耳を疑い、もう1度ブラッドと呼ばれた男性に目を向ける。
……“ブラッド”?
ブラッドって、リーダよね?あの3人の。
もっと厳ついイメージだったんだけど。
その美しさは私でも少し見とれてしまった程…それどころか燦然として見えた――のだが。
「……、…?」
ブラッドさんは一向に私から目を背けない。
じっと、じっと、その奥深くどこか冷たい瞳で何も言わず私を見つめている。
そして、
「――…そんなはずないですよね」
と、意味の分からない台詞を自嘲的な声音で呟いた。
第一声がこれって。
《《<--->》》
-start-
――翌朝、私は9階のエレベーター使用時間とやらに合わせて行動した。
朝食の時間までに準備し、エレベーターへ乗り込み、食堂があるらしい2階のボタンを押す。
「ちょーっと待ってー?」
しかしドアが閉まるギリギリのところで手を割り込ませ無理矢理開いてくる奴が現れた。
キャラメルブロンドの癖毛、顔面に貼り付くような笑顔、そして何より――周りを取り囲む異様な空気。
「……あら、おはよう」
癖毛に寝癖が混じりボサボサの髪を押さえながらあくびをするのはラスティ君。
可愛らしい八重歯が見え、一見だらしない格好でも何だか良い意味で妙な雰囲気を漂わせている。
「おはよー。ぶらりんにはもう会った?」