マイナスの矛盾定義
「ぶらり…はぁ?誰よ」
「ブラッドのこと」
どうやら奇妙なニックネームを付けているようだ。
「昨日の夜1度会ったわ。意味の分からない台詞を吐いて直ぐ仕事部屋から出ていったけど」
「意味の分からない台詞?」
「『そんなはずないですよね』って…たった一言だけ言って出て行ったの。不思議な人」
「……なーるほどね?つまり、ぶらりんも僕と同じこと思ったんわけだ」
「どういう意味よ」
私が思いっきり怪訝な表情をすると、ラスティ君はクスリとえくぼをつくる。
ゾワリと寒気が走ると同時に口元へ人差し指を当てられた。
「知りたいなら、朝食は僕と食べて?」
こういう何にでも見返りを求める姿勢は私に似ていて嫌いじゃない。
その程度のことで重要かもしれない情報を得られるのなら寧ろ好都合。
「…分かったわ。2階へ行くのも初めてだし案内してくれるかしら 」
容易に了承しラスティ君と共に朝食を取ることになった。
まだリバディーの連中はあの3人しか見たことがないし、どんな人々がいるのか楽しみでもある。
「アリスちゃんは何食べるの?」
「私は…そうね、フレンチトーストがいいのだけどメニューにある?」
「あるに決まってるじゃん?ここの食堂はほぼ何でも揃ってるからね」
エレベーターから出ると、沢山の食品店が並んでいた。
見慣れたファーストフード店から有名なスイーツ店…とにかく色とりどりの食に関するお店が揃っている。
「この辺のお店で買って持ち帰ってもいいくらいね」
「まぁね。でも食堂で食べた方が面白いよ?毎回色んな話が流れ込んでくるし」
「興味ないわ」
「割と面白い噂も流れ込んできたりするんだけどな」
ふとラスティ君の手が唐突に私の手を握る。
端から見れば手を繋いでいる状態になってしまったけれど、それほど睦まじくなった覚えはない。
「…どうしたのよ」
「手を繋ぐのに理由っているの?」
質問に質問で返され、私は押し黙ってしまう。
人懐っこいタイプなのか……もしくは何か他の目的があって私と親しくしようとしているか。
どっちにしろ警戒心を持っておいて損はない。
にこりと無理矢理笑顔を作り、“ダイニングルーム”と書いてあるお洒落な扉を開ける。
「………これ食堂って言うよりパーティー会場じゃない?」
入って数秒後に私が口にした台詞がこれ。
テーブルクロスを敷いたテーブルが沢山あるうえ、天井には豪華なシャンデリア。
高級レストランのそれに似た雰囲気は場違い感を大きくさせる。
リバディーの一員らしき人々が大勢何かを注文し、スーツを着た礼儀正しい男性たちに運ばせている。
やはりダイニングと言うよりパーティー会場と言った方がしっくりくるような場所だ。
「フレンチトーストとミルクをこの人に、チーズフォンデュとクロワッサン…あとミルクココアを僕によろしく」
「かしこまりました」
スーツの男性がラスティ君の注文を聞き2人用のテーブルまで案内してくれる。
どうでもいいけれど、クロワッサンとミルクココアならまだしもチーズフォンデュが加わると相性悪そうに感じる。
「ここで食事をしてる人達もリバディーの一員よね?普段どこにいるの?」
「僕たち3人は成績優秀組だから9階にいるけど、あの人達は全員6階」
「自分で言うのね…。あの食事を運んだりしてるスーツの人達は?」
「あいつらとかシェフ、ファーストフードにいる店員共は雇われだから関係ないよ。近くのマンションにでも住んでるんじゃない?」
「大丈夫なの?情報漏らされたり…」
リバディーの情報を自分の組織に漏らすつもりの私がわざわざ言う筋合いないけどね。
「それは大丈夫だよ。まずあいつらに情報与えたりしないし――漏洩されたって分かれば殺すだけだし」
思ったより平然と返ってきた答えは、どうでもいいとでも言うような声音だった。
内部の情報を漏らしたなら処理するだけって言いたいわけ?
随分余裕なことね、羨ましいわ。
「ふーん。…それにしても彼ら、貴方のこと見すぎじゃない?」
チラチラ此方を見てくる周囲の人間を一瞥すると、ラスティ君は溜め息を吐いた。
「多分僕が秘書と食事するのが珍しいんじゃないかな」
「前の秘書とは食べなかったの?」
「面白くない人と食べたって萌えないからね」
「…貴女の面白いの基準が分からないわ」
そんな会話をしていると、食事が運ばれてきた。
スーツの男性は懇切丁寧にお皿やフォーク、スプーンをテーブルに置き、一礼してから去っていく。
時刻は午前8時前。
ダイニングルーム内に流れていたムーディーな音楽が止み、奥の舞台にサックスやトロンボーンを持った一団がやってきた。
「あれは何?」
「今日はジャズバンドの人達か…昨日はつまらないマジックショーでうんざりだったんだけど」
「……まさか毎日こういうイベントがあるの?」
「そうそう、朝昼晩にね。日替わり制で色々やるよ」
信じられない…この組織どんだけ金持ってるのかしら。
情報を持ち帰るついでにお金も盗んで帰りたいくらいだわ。
色々考えると本当に欲しくなっちゃうからやめておくけど。
「それで?貴方とブラッドさんが私に対して思ったことって何?」
朝食を味わいながら話を逸らすようにして聞く。
フレンチトーストとミルクしかないけれどそれぞれが美味しくボリュームも申し分なし。
ミルクにも他のものとは違う美味しさがあり、これまた私を楽しませてくれた。
「僕は他にも色々思うことあったけど、ぶらりんは1つだと思うなぁ」
「だからそれが何なのかって聞いてるの」
「アリスちゃんはぶらりんの初恋の相手に似てるんだよ。もう死んでるけどね」
「………はぁ?」
「あ、似てるって言っても外見はそこまででもないよ?髪色が全然違うし。雰囲気が似てるって意味」
嗚呼、なんてくだらないんだろう。
色恋沙汰はあまり好きじゃない。
「貴方達のリーダーは叶わない恋に身を焦がすような人なの?その女性は死んだんでしょう?」
恋愛に縁のない私にとってはなんとも理解し難い話。
そんな厄介な感情なんて仕事の邪魔になるだけだし、あえて言うなら私は金に恋をしている。
「恋は盲目って言うじゃん。それにぶらりんが好きになった女性、僕でも目を奪われるくらいの可愛さ…と言うよりは凛々しさだったし、心に残るのは当たり前だよ。あ、これは顔とか身体とかの話じゃないよ?全体の雰囲気っていうか。身なりは貧相なのに綺麗な黒髪が一際目立ってた」
「貴方も会ったことあるの?」
「1度だけ。話したこともない。それも殺される瞬間を見ただけ。ぶらりんもね」
「はぁ?それなのに好きになるなんて、更に理解できないわ」
「アリスちゃんはこういうの嫌いなタイプなんだねぇ。でも本当に大切な人が目の前で死んだら、忘れられないもんだよ」
「大切って…話したこともないのに?」
「ブラッドのこと」
どうやら奇妙なニックネームを付けているようだ。
「昨日の夜1度会ったわ。意味の分からない台詞を吐いて直ぐ仕事部屋から出ていったけど」
「意味の分からない台詞?」
「『そんなはずないですよね』って…たった一言だけ言って出て行ったの。不思議な人」
「……なーるほどね?つまり、ぶらりんも僕と同じこと思ったんわけだ」
「どういう意味よ」
私が思いっきり怪訝な表情をすると、ラスティ君はクスリとえくぼをつくる。
ゾワリと寒気が走ると同時に口元へ人差し指を当てられた。
「知りたいなら、朝食は僕と食べて?」
こういう何にでも見返りを求める姿勢は私に似ていて嫌いじゃない。
その程度のことで重要かもしれない情報を得られるのなら寧ろ好都合。
「…分かったわ。2階へ行くのも初めてだし案内してくれるかしら 」
容易に了承しラスティ君と共に朝食を取ることになった。
まだリバディーの連中はあの3人しか見たことがないし、どんな人々がいるのか楽しみでもある。
「アリスちゃんは何食べるの?」
「私は…そうね、フレンチトーストがいいのだけどメニューにある?」
「あるに決まってるじゃん?ここの食堂はほぼ何でも揃ってるからね」
エレベーターから出ると、沢山の食品店が並んでいた。
見慣れたファーストフード店から有名なスイーツ店…とにかく色とりどりの食に関するお店が揃っている。
「この辺のお店で買って持ち帰ってもいいくらいね」
「まぁね。でも食堂で食べた方が面白いよ?毎回色んな話が流れ込んでくるし」
「興味ないわ」
「割と面白い噂も流れ込んできたりするんだけどな」
ふとラスティ君の手が唐突に私の手を握る。
端から見れば手を繋いでいる状態になってしまったけれど、それほど睦まじくなった覚えはない。
「…どうしたのよ」
「手を繋ぐのに理由っているの?」
質問に質問で返され、私は押し黙ってしまう。
人懐っこいタイプなのか……もしくは何か他の目的があって私と親しくしようとしているか。
どっちにしろ警戒心を持っておいて損はない。
にこりと無理矢理笑顔を作り、“ダイニングルーム”と書いてあるお洒落な扉を開ける。
「………これ食堂って言うよりパーティー会場じゃない?」
入って数秒後に私が口にした台詞がこれ。
テーブルクロスを敷いたテーブルが沢山あるうえ、天井には豪華なシャンデリア。
高級レストランのそれに似た雰囲気は場違い感を大きくさせる。
リバディーの一員らしき人々が大勢何かを注文し、スーツを着た礼儀正しい男性たちに運ばせている。
やはりダイニングと言うよりパーティー会場と言った方がしっくりくるような場所だ。
「フレンチトーストとミルクをこの人に、チーズフォンデュとクロワッサン…あとミルクココアを僕によろしく」
「かしこまりました」
スーツの男性がラスティ君の注文を聞き2人用のテーブルまで案内してくれる。
どうでもいいけれど、クロワッサンとミルクココアならまだしもチーズフォンデュが加わると相性悪そうに感じる。
「ここで食事をしてる人達もリバディーの一員よね?普段どこにいるの?」
「僕たち3人は成績優秀組だから9階にいるけど、あの人達は全員6階」
「自分で言うのね…。あの食事を運んだりしてるスーツの人達は?」
「あいつらとかシェフ、ファーストフードにいる店員共は雇われだから関係ないよ。近くのマンションにでも住んでるんじゃない?」
「大丈夫なの?情報漏らされたり…」
リバディーの情報を自分の組織に漏らすつもりの私がわざわざ言う筋合いないけどね。
「それは大丈夫だよ。まずあいつらに情報与えたりしないし――漏洩されたって分かれば殺すだけだし」
思ったより平然と返ってきた答えは、どうでもいいとでも言うような声音だった。
内部の情報を漏らしたなら処理するだけって言いたいわけ?
随分余裕なことね、羨ましいわ。
「ふーん。…それにしても彼ら、貴方のこと見すぎじゃない?」
チラチラ此方を見てくる周囲の人間を一瞥すると、ラスティ君は溜め息を吐いた。
「多分僕が秘書と食事するのが珍しいんじゃないかな」
「前の秘書とは食べなかったの?」
「面白くない人と食べたって萌えないからね」
「…貴女の面白いの基準が分からないわ」
そんな会話をしていると、食事が運ばれてきた。
スーツの男性は懇切丁寧にお皿やフォーク、スプーンをテーブルに置き、一礼してから去っていく。
時刻は午前8時前。
ダイニングルーム内に流れていたムーディーな音楽が止み、奥の舞台にサックスやトロンボーンを持った一団がやってきた。
「あれは何?」
「今日はジャズバンドの人達か…昨日はつまらないマジックショーでうんざりだったんだけど」
「……まさか毎日こういうイベントがあるの?」
「そうそう、朝昼晩にね。日替わり制で色々やるよ」
信じられない…この組織どんだけ金持ってるのかしら。
情報を持ち帰るついでにお金も盗んで帰りたいくらいだわ。
色々考えると本当に欲しくなっちゃうからやめておくけど。
「それで?貴方とブラッドさんが私に対して思ったことって何?」
朝食を味わいながら話を逸らすようにして聞く。
フレンチトーストとミルクしかないけれどそれぞれが美味しくボリュームも申し分なし。
ミルクにも他のものとは違う美味しさがあり、これまた私を楽しませてくれた。
「僕は他にも色々思うことあったけど、ぶらりんは1つだと思うなぁ」
「だからそれが何なのかって聞いてるの」
「アリスちゃんはぶらりんの初恋の相手に似てるんだよ。もう死んでるけどね」
「………はぁ?」
「あ、似てるって言っても外見はそこまででもないよ?髪色が全然違うし。雰囲気が似てるって意味」
嗚呼、なんてくだらないんだろう。
色恋沙汰はあまり好きじゃない。
「貴方達のリーダーは叶わない恋に身を焦がすような人なの?その女性は死んだんでしょう?」
恋愛に縁のない私にとってはなんとも理解し難い話。
そんな厄介な感情なんて仕事の邪魔になるだけだし、あえて言うなら私は金に恋をしている。
「恋は盲目って言うじゃん。それにぶらりんが好きになった女性、僕でも目を奪われるくらいの可愛さ…と言うよりは凛々しさだったし、心に残るのは当たり前だよ。あ、これは顔とか身体とかの話じゃないよ?全体の雰囲気っていうか。身なりは貧相なのに綺麗な黒髪が一際目立ってた」
「貴方も会ったことあるの?」
「1度だけ。話したこともない。それも殺される瞬間を見ただけ。ぶらりんもね」
「はぁ?それなのに好きになるなんて、更に理解できないわ」
「アリスちゃんはこういうの嫌いなタイプなんだねぇ。でも本当に大切な人が目の前で死んだら、忘れられないもんだよ」
「大切って…話したこともないのに?」