マイナスの矛盾定義
「おねーさん達!あっち行こう!」
調度良いタイミングで女の子が私の手を引っ張る。
そこで私とジャックの会話は中断され、新しい屋台へと向かう。
女の子は金魚すくいを通り越し、わたあめの屋台の前で止まった。
「あら、金魚すくいはしないの?」
「金魚すくいの金魚はすぐ死んじゃうって聞いたことあるんだもん」
金魚と言えば、昔家族と行った夏祭りですくった金魚は、長く生きていたように思う。
生物は基本的に何でも好きなお父さんが毎日世話をして、金魚はどんどん大きくなっていった。
本当に金魚なのかも分からないほどに。
あの金魚もどきがどうなったのか思い出せない。
今は、きっともう…。
「育て方さえ間違えなければいいんじゃないかしら」
深く考えるよりも先に言葉が出てきた。
「飼うつもりなら、先に育てる為の準備をしておくべきね。ただ水に入れておけばいいってものでもないのよ。家族に魚類を飼った経験のある方はいる?」
「えっ…と…分かんない…」
「まぁ、いなくても調べてちゃんとケアすればきっと生き延びるわ。どこかで水槽とか見たことないかしら?」
「あ、水槽なら、ママが昔住んでた家の倉庫にしまってた」
……昔住んでた家?
この子、この組織に家族で滞在してるのに元は普通の家庭にいたの?
そんなケースを見るのは初めてだ。
この組織内にいた男女が結ばれてできた子供っていうのは多いけど…家族ごとこの組織に?
チラリと女の子を見下げれば、私が不思議に思ったのを察したのか、何だか気まずそうにしている。
あまり聞かれたくない話題なのだろうか。
私は昔住んでいた家のことについては触れず、何でもないような顔をして話を続けることにした。
「ならこの施設にも持ってきてるかもしれないわね」
「……うん」
「ママに一度聞いてみて。…そういえば、ご両親はまだ一度も見てないの?」
「さ、先に部屋に戻ったんだよ!あたし、いつもどこかで遊んだ後はちゃんと部屋に戻るもん。準備が必要なら、ここにいる他の友達に協力してもらう!おねーさん達も手伝って?」
「え?どういうこと?」
「金魚を飼う道具を持ってないか聞いて、持ってたら貸してもらうの。それであたしがすくった金魚を一晩休ませて、明日新しいのを飼いに行く!」
なるほど…。でも、そんなにすぐ見つけられるかしら?
もうすぐ祭りも終わってしまう。
「なら俺も手伝うよ。聞き出すのは得意なんだ」
ナンパする気満々な様子のジャックは、そう言って爽やかな笑顔を見せる。
と。
「あれ?アリス…今年も見回りしてるの?」
後ろから聞き慣れた声がし、振り返るとそこにはやはり、ボサボサの黒髪のバズ先生。
その後ろに隠れるようにしてこっちを覗いているのはキャシー。
バズ先生で顔だけしか見えないが、珍しく髪をお団子にしている。
「そうよ。2人は一緒に回っていたの?」
「ち、違いますわっ!私が浴衣レンタルで遊んでいたら拉致されたんですのよ…!おまけに私の好みの色じゃない浴衣まで着せられて…アリスからも何とか言ってくださいまし!」
浴衣レンタル…そういえば、入り口の近くでそんなのもやっていたような。
そもそもこの祭り自体日本のアイデアを取り入れてできた物だから、日本のやり方を真似して楽しもうとする人が多いのだ。
「バズ先生は浴衣着ないのね」
「うん、ボクはキャシーを見るだけで満足だよ。…取り分け他の人に浴衣姿を見られたくなくてボクの後ろに隠れるキャシーをね」
「見られたくないに決まってますわっ!こんな色似合いませんもの!」
「……何色なの?」
「白に薄い桃色の花柄。写真撮ってるから、アリスだけになら後で見せるよ」
「ああああああ最っ低ですわ!バズ君のバカ!嫌いですわ!」
後ろでぎゃーぎゃー喚くキャシーと、私から見ても非常にご機嫌なバズ先生。
いつものゴシックファッションとは違い、黒色の入っていないキャシーの浴衣姿…キャシーには悪いけど、確かに見てみたい。
「君なら何だって似合うと思うけどなぁ」
そう言いながら、無遠慮にキャシーを覗き込もうとするのはジャック。
バズ先生は異様に素早くジャックの角度からキャシーが見えないようにする。
おかげで私の方からはキャシーの可愛らしい姿がちょっと見えてしまっているけれど。
「別に隠さなくてもいいじゃないか」
「あんたみたいな目付きのやらしい男に視線で犯されるなんて、キャシーが可哀想でしょ」
「君、俺のこと敵視しすぎじゃない?」
「この組織の人間でもない詐欺師が同じ空間にいるんだから、仕方ないよ」
そう言えば、ジャックとバズ先生は同年齢くらいなんじゃないだろうか。
バズ先生の年齢は分からない。でも、見た目としてはちょうど25歳くらいだ。
険悪なムードを傍観しながらそんなことを思っていると、女の子が私に聞いてくる。
「このおにーさん達、おねーさん達の知り合い?」
“おにーさん達”はバズ先生とキャシー、“おねーさん達”は私とジャックを指しているのだろう。
「ええ、そうよ」
「じゃあ金魚用の道具借りられるかな?」
あぁ…そういえば、バズ先生なら道具はともかくとして金魚の育て方の本とか持っていそうだ。
「金魚用の道具…って、何のことですの?」
バズ先生とジャックの間の険悪ムードから早く逃れたいのか、キャシーがこっちに向かって聞いてくる。
「この子、金魚すくいをする予定なの。でも金魚を飼う準備がまだできてなくて、準備ができるまで代わりに金魚を休ませられるような物が欲しいのよ」
「あら、それなら私の部屋にありますわよ。昔飼っていたエンゼルフィッシュのですけれど…後で私の部屋に来てくださればお渡ししますわ」
思ったより所持者があっさり見つかった。
女の子の表情がぱぁっと明るくなる。
更に、
「ボクの部屋には育て方の本があったような気がするよ。あー、でも散らかってるからもうどこにあるんだか…まぁ、キャシーと探して後日渡しに行くよ」
バズ先生までもが予想通りそう言った。さり気なくキャシーも巻き込んでいる。
「ありがとう!じゃあ、今から金魚すくいやってくるね!」
嬉しそうに飛び跳ねながら金魚すくいの方へ走っていく女の子。
私はまだキャシーを覗き込もうとしているジャックの服を掴んでやや強引に付いて来させた。
「あーあ、見たいのになぁ」
「あれほどバズ先生が隠してるんだから、諦めた方が無難よ」
「…あ、そうだ。代わりに君の浴衣姿が見たいな」
「は?」
「いいだろ?それならあの子の浴衣姿は我慢するよ」
勝手に話を進めているジャックを睨むが、効果はなかった。
着物か…もう何年も着てないわね、そう言えば。久しぶりに着てみるのも悪くない。
私が返事をするより早く、女の子の「あー!もう破れちゃった!」という声がして。
調度良いタイミングで女の子が私の手を引っ張る。
そこで私とジャックの会話は中断され、新しい屋台へと向かう。
女の子は金魚すくいを通り越し、わたあめの屋台の前で止まった。
「あら、金魚すくいはしないの?」
「金魚すくいの金魚はすぐ死んじゃうって聞いたことあるんだもん」
金魚と言えば、昔家族と行った夏祭りですくった金魚は、長く生きていたように思う。
生物は基本的に何でも好きなお父さんが毎日世話をして、金魚はどんどん大きくなっていった。
本当に金魚なのかも分からないほどに。
あの金魚もどきがどうなったのか思い出せない。
今は、きっともう…。
「育て方さえ間違えなければいいんじゃないかしら」
深く考えるよりも先に言葉が出てきた。
「飼うつもりなら、先に育てる為の準備をしておくべきね。ただ水に入れておけばいいってものでもないのよ。家族に魚類を飼った経験のある方はいる?」
「えっ…と…分かんない…」
「まぁ、いなくても調べてちゃんとケアすればきっと生き延びるわ。どこかで水槽とか見たことないかしら?」
「あ、水槽なら、ママが昔住んでた家の倉庫にしまってた」
……昔住んでた家?
この子、この組織に家族で滞在してるのに元は普通の家庭にいたの?
そんなケースを見るのは初めてだ。
この組織内にいた男女が結ばれてできた子供っていうのは多いけど…家族ごとこの組織に?
チラリと女の子を見下げれば、私が不思議に思ったのを察したのか、何だか気まずそうにしている。
あまり聞かれたくない話題なのだろうか。
私は昔住んでいた家のことについては触れず、何でもないような顔をして話を続けることにした。
「ならこの施設にも持ってきてるかもしれないわね」
「……うん」
「ママに一度聞いてみて。…そういえば、ご両親はまだ一度も見てないの?」
「さ、先に部屋に戻ったんだよ!あたし、いつもどこかで遊んだ後はちゃんと部屋に戻るもん。準備が必要なら、ここにいる他の友達に協力してもらう!おねーさん達も手伝って?」
「え?どういうこと?」
「金魚を飼う道具を持ってないか聞いて、持ってたら貸してもらうの。それであたしがすくった金魚を一晩休ませて、明日新しいのを飼いに行く!」
なるほど…。でも、そんなにすぐ見つけられるかしら?
もうすぐ祭りも終わってしまう。
「なら俺も手伝うよ。聞き出すのは得意なんだ」
ナンパする気満々な様子のジャックは、そう言って爽やかな笑顔を見せる。
と。
「あれ?アリス…今年も見回りしてるの?」
後ろから聞き慣れた声がし、振り返るとそこにはやはり、ボサボサの黒髪のバズ先生。
その後ろに隠れるようにしてこっちを覗いているのはキャシー。
バズ先生で顔だけしか見えないが、珍しく髪をお団子にしている。
「そうよ。2人は一緒に回っていたの?」
「ち、違いますわっ!私が浴衣レンタルで遊んでいたら拉致されたんですのよ…!おまけに私の好みの色じゃない浴衣まで着せられて…アリスからも何とか言ってくださいまし!」
浴衣レンタル…そういえば、入り口の近くでそんなのもやっていたような。
そもそもこの祭り自体日本のアイデアを取り入れてできた物だから、日本のやり方を真似して楽しもうとする人が多いのだ。
「バズ先生は浴衣着ないのね」
「うん、ボクはキャシーを見るだけで満足だよ。…取り分け他の人に浴衣姿を見られたくなくてボクの後ろに隠れるキャシーをね」
「見られたくないに決まってますわっ!こんな色似合いませんもの!」
「……何色なの?」
「白に薄い桃色の花柄。写真撮ってるから、アリスだけになら後で見せるよ」
「ああああああ最っ低ですわ!バズ君のバカ!嫌いですわ!」
後ろでぎゃーぎゃー喚くキャシーと、私から見ても非常にご機嫌なバズ先生。
いつものゴシックファッションとは違い、黒色の入っていないキャシーの浴衣姿…キャシーには悪いけど、確かに見てみたい。
「君なら何だって似合うと思うけどなぁ」
そう言いながら、無遠慮にキャシーを覗き込もうとするのはジャック。
バズ先生は異様に素早くジャックの角度からキャシーが見えないようにする。
おかげで私の方からはキャシーの可愛らしい姿がちょっと見えてしまっているけれど。
「別に隠さなくてもいいじゃないか」
「あんたみたいな目付きのやらしい男に視線で犯されるなんて、キャシーが可哀想でしょ」
「君、俺のこと敵視しすぎじゃない?」
「この組織の人間でもない詐欺師が同じ空間にいるんだから、仕方ないよ」
そう言えば、ジャックとバズ先生は同年齢くらいなんじゃないだろうか。
バズ先生の年齢は分からない。でも、見た目としてはちょうど25歳くらいだ。
険悪なムードを傍観しながらそんなことを思っていると、女の子が私に聞いてくる。
「このおにーさん達、おねーさん達の知り合い?」
“おにーさん達”はバズ先生とキャシー、“おねーさん達”は私とジャックを指しているのだろう。
「ええ、そうよ」
「じゃあ金魚用の道具借りられるかな?」
あぁ…そういえば、バズ先生なら道具はともかくとして金魚の育て方の本とか持っていそうだ。
「金魚用の道具…って、何のことですの?」
バズ先生とジャックの間の険悪ムードから早く逃れたいのか、キャシーがこっちに向かって聞いてくる。
「この子、金魚すくいをする予定なの。でも金魚を飼う準備がまだできてなくて、準備ができるまで代わりに金魚を休ませられるような物が欲しいのよ」
「あら、それなら私の部屋にありますわよ。昔飼っていたエンゼルフィッシュのですけれど…後で私の部屋に来てくださればお渡ししますわ」
思ったより所持者があっさり見つかった。
女の子の表情がぱぁっと明るくなる。
更に、
「ボクの部屋には育て方の本があったような気がするよ。あー、でも散らかってるからもうどこにあるんだか…まぁ、キャシーと探して後日渡しに行くよ」
バズ先生までもが予想通りそう言った。さり気なくキャシーも巻き込んでいる。
「ありがとう!じゃあ、今から金魚すくいやってくるね!」
嬉しそうに飛び跳ねながら金魚すくいの方へ走っていく女の子。
私はまだキャシーを覗き込もうとしているジャックの服を掴んでやや強引に付いて来させた。
「あーあ、見たいのになぁ」
「あれほどバズ先生が隠してるんだから、諦めた方が無難よ」
「…あ、そうだ。代わりに君の浴衣姿が見たいな」
「は?」
「いいだろ?それならあの子の浴衣姿は我慢するよ」
勝手に話を進めているジャックを睨むが、効果はなかった。
着物か…もう何年も着てないわね、そう言えば。久しぶりに着てみるのも悪くない。
私が返事をするより早く、女の子の「あー!もう破れちゃった!」という声がして。