マイナスの矛盾定義
来年からは鏡付きの物を使用するべきね。
久しぶりの浴衣にぎこちなさを感じながら外へ出れば、足下には下駄が用意されていて。
それを履いてヤモの元へ行くと、シャロンは満足そうに後ろから抱き締めてきた。
次にジャックが「似合ってるね」と言い、ヤモが『さすがオレ!』と言う。
悪いけれど私にはどんな感じに仕上がっているのか分からない。
この浴衣のレンタル料は、結局どっちが払ったんだろう。
「はい、これ。今日この組織の祭りを体験させてもらったお礼も含めて、レンタル代の代わりだよ」
ジャックは私にパステルブルーの髪飾りを見せ、慣れた手付きで私の左耳の上に付ける。
浴衣と色が一緒…統一感が出る物を選んでくれたのかしら。
「…代わりって?」
「シャロン君が払ったんだよ。ったく、妙な所で負けず嫌いだよね」
クスクスと楽しげに笑うジャックは、シャロンからの鋭い視線に気付き、また笑った。
「…さて、シャロン君が君と2人きりになりたいみたいだから俺はそろそろ帰るね。今日はありがとう。Ciao!」
最後に私の髪をくしゃっと撫でて、会場から出て行くジャック。
何だか楽しんでくれたみたいだ、なんてその後ろ姿を見て思う。
いや、楽しませることが目的で一緒に来させたわけではないけれど。
最近のジャックの様子を見ていると、どうもこの組織が気に入っているように見えるのは私の気のせいかしら?
……あれであの研究にさえ関わっていなければ、こっちだって快くこの組織に関わらせてあげられるのに。
ヤモの目も気にせず私のことをまだ抱き締めているシャロンは、何かを思い付いたかのように突としてふっと笑った。
「浴衣って脱がしにくいって聞くけどぉ、ほんとかなぁ?」
何を意図しているのか分からないその言葉に眉を顰めれば、
「試してみる?」
シャロン独特のだらしなく甘ったるい声が私にそう問いかける。
「くだらないこと言ってないで離れて」
「やぁだ。ていうかアリス、お腹出てるよぉ?食べすぎたぁ?」
無遠慮にお腹の肉をむぎゅっと摘んでくるせいで折角の演奏に集中できない。
多分これが最後の演奏なんだから、ゆっくり聴かせてくれたっていいじゃない。
「貴方はそういうこと女の子に言っちゃダメだって知るべきね」
「へぇ~?アリス、こういうこと言われたら恥ずかしいのぉ?ふぅん、可愛いのになぁ。…恥ずかしがってると尚更いじめたくなっちゃう」
「……」
挑発的な態度が気に食わないので無視した。
終盤だからか観客の盛り上がりも激しい。
1年に1度の夏祭り。こんな行事がある犯罪組織なんて、きっと他にはない。
私のお腹が気に入った様子のシャロンをなるべく気にしないように、暫く演奏を聴く。
ふとシャロンが言った。
「ねぇアリス」
「何よ」
「俺がいつかいなくなってもさぁ、この夏祭りは続いてほしいねぇ」
「未来はどうなるか分からないわ。…でもきっと続くわよ、祭り好きの人が多いもの」
「アリスは好きぃ?」
「まぁ、嫌いではないわ」
「じゃあ、約束してくれる?この祭りを未来に引き継ぐって」
「私が?どうやって?貴方が毎年やっていれば残るわ。貴方にしかできないことよ」
わけが分からず顔を見ようとするが、よく考えるとこの至近距離でシャロンの方を向くこともできない。
と。耳にシャロンの吐息が触れた。
「――約束して?」
私が逆らえないことを知っていて、こんな頼み方をするんだろうか。本当に、人の話を聞かない男だ。
私は小さく頷いた。
心臓が痛くなった。何故かは分からない。
祭りが終わるまで、私はずっとシャロンの腕の中にいた。
――某日、リバディー本拠地6階会議室。
――…不愉快だった。
会議室の白い長机に向かっているのは、僕、ぶらりん、アラン、えりりんとニーナちゃん…それからチャロと陽くん。
「つまり、あの女が生きていたということか?」
えりりんはアランの話に思い詰めるような仕草をしつつ、聞き返す。
「あぁ、確かにアリスだった」
アランはぶっきらぼうに答える。
室内が静まり返った。
死んだところを見たとしか聞かされていないチャロはどっちなんだと怪訝な顔をする。
まぁ、僕はアランから事前に聞いてたから驚かないけどね。
……引っ掛かるのは、アリスちゃんが言ったらしい“ある言葉”。
この会議が始まる前に一通り調べてみたけど、なーんの情報も見つからなかった。
「アリスちんが闇取引に関わる人間なら、その場所に張り込んだ方がいいんじゃないっすか?」
「彼女がこの組織に何の為に潜り込んだのかもまだ判明してないんだから、それ以外に探しようがないしね」
陽くんとチャロがそう言うが、僕は内心笑ってしまった。
なるほどね、まだ情報管理室を調べてないんだ。鈍いなぁ、この組織の連中は。
まぁ誰も情報管理室に入られるなんて夢にも思ってないだろうしね。
僕は飲み終わったいちごミルクのパックをゴミ箱に投げ捨てた。
……にしても、うっっっぜぇ。本当に不愉快だ。
何が不愉快かって、あの2人が――
「お兄ちゃんもエリックも、まだ何か隠してますよね」
ニーナちゃんは酷く冷たい声音で、僕も思っていることをそのまま口にする。
何も言わずただ考え込むえりりん。ぶらりんも黙って目を閉じた。
この2人が言おうとしないようなことなら、どうせなかなか聞かせてもらえないのは分かり切ったことだ。
うーん…こうなったら交渉するしかないなぁ、それもぶらりん相手に。
ぶらりんなら、アリスちゃんの情報であれば食いついてくる。
アリスちゃんがクリミナルズの幹部だって情報は十分売れるんじゃないか?
証拠だってあるし、僕を除いてまだこの中の誰も知らない。
ぶらりん達が隠していることに“あの言葉”が関係するのかは分からないけど、試してみる価値はありそうかな。
ぶらりん達の秘密と僕の情報を交換する――上手くやらないと、ぶらりんにこっちが脅されて終わりだ。何も得られないかもしれない。
ぶらりんもえりりんも、命令1つでここにいる人間を動かせる。
いくら僕でも丸腰でこの連中は相手にできないし…拘束される可能性は十分あるけど、優秀組として訓練を受けた僕が多少の拷問で秘密を吐くような人間じゃないことはここにいる誰もが知っているだろう。
こっちとしても、たとえ脅されようがそう簡単に言う気はない。
いかにぶらりんをその気にさせられるか…うん、いいねこの感じ。やるかやられるか。
何も言わないぶらりんとえりりんに痺れを切らしたのか、アランは舌打ちして「寝る」と会議室を出て行こうとする。
誰も止めない。
代わりに僕が関係のない質問をして引き留めた。
「アランってよく寝るよねー。何で寝るの?睡眠不足?夜何時に寝てるの?」
「…言わねぇよ、怒るだろ」
え、何それ。
久しぶりの浴衣にぎこちなさを感じながら外へ出れば、足下には下駄が用意されていて。
それを履いてヤモの元へ行くと、シャロンは満足そうに後ろから抱き締めてきた。
次にジャックが「似合ってるね」と言い、ヤモが『さすがオレ!』と言う。
悪いけれど私にはどんな感じに仕上がっているのか分からない。
この浴衣のレンタル料は、結局どっちが払ったんだろう。
「はい、これ。今日この組織の祭りを体験させてもらったお礼も含めて、レンタル代の代わりだよ」
ジャックは私にパステルブルーの髪飾りを見せ、慣れた手付きで私の左耳の上に付ける。
浴衣と色が一緒…統一感が出る物を選んでくれたのかしら。
「…代わりって?」
「シャロン君が払ったんだよ。ったく、妙な所で負けず嫌いだよね」
クスクスと楽しげに笑うジャックは、シャロンからの鋭い視線に気付き、また笑った。
「…さて、シャロン君が君と2人きりになりたいみたいだから俺はそろそろ帰るね。今日はありがとう。Ciao!」
最後に私の髪をくしゃっと撫でて、会場から出て行くジャック。
何だか楽しんでくれたみたいだ、なんてその後ろ姿を見て思う。
いや、楽しませることが目的で一緒に来させたわけではないけれど。
最近のジャックの様子を見ていると、どうもこの組織が気に入っているように見えるのは私の気のせいかしら?
……あれであの研究にさえ関わっていなければ、こっちだって快くこの組織に関わらせてあげられるのに。
ヤモの目も気にせず私のことをまだ抱き締めているシャロンは、何かを思い付いたかのように突としてふっと笑った。
「浴衣って脱がしにくいって聞くけどぉ、ほんとかなぁ?」
何を意図しているのか分からないその言葉に眉を顰めれば、
「試してみる?」
シャロン独特のだらしなく甘ったるい声が私にそう問いかける。
「くだらないこと言ってないで離れて」
「やぁだ。ていうかアリス、お腹出てるよぉ?食べすぎたぁ?」
無遠慮にお腹の肉をむぎゅっと摘んでくるせいで折角の演奏に集中できない。
多分これが最後の演奏なんだから、ゆっくり聴かせてくれたっていいじゃない。
「貴方はそういうこと女の子に言っちゃダメだって知るべきね」
「へぇ~?アリス、こういうこと言われたら恥ずかしいのぉ?ふぅん、可愛いのになぁ。…恥ずかしがってると尚更いじめたくなっちゃう」
「……」
挑発的な態度が気に食わないので無視した。
終盤だからか観客の盛り上がりも激しい。
1年に1度の夏祭り。こんな行事がある犯罪組織なんて、きっと他にはない。
私のお腹が気に入った様子のシャロンをなるべく気にしないように、暫く演奏を聴く。
ふとシャロンが言った。
「ねぇアリス」
「何よ」
「俺がいつかいなくなってもさぁ、この夏祭りは続いてほしいねぇ」
「未来はどうなるか分からないわ。…でもきっと続くわよ、祭り好きの人が多いもの」
「アリスは好きぃ?」
「まぁ、嫌いではないわ」
「じゃあ、約束してくれる?この祭りを未来に引き継ぐって」
「私が?どうやって?貴方が毎年やっていれば残るわ。貴方にしかできないことよ」
わけが分からず顔を見ようとするが、よく考えるとこの至近距離でシャロンの方を向くこともできない。
と。耳にシャロンの吐息が触れた。
「――約束して?」
私が逆らえないことを知っていて、こんな頼み方をするんだろうか。本当に、人の話を聞かない男だ。
私は小さく頷いた。
心臓が痛くなった。何故かは分からない。
祭りが終わるまで、私はずっとシャロンの腕の中にいた。
――某日、リバディー本拠地6階会議室。
――…不愉快だった。
会議室の白い長机に向かっているのは、僕、ぶらりん、アラン、えりりんとニーナちゃん…それからチャロと陽くん。
「つまり、あの女が生きていたということか?」
えりりんはアランの話に思い詰めるような仕草をしつつ、聞き返す。
「あぁ、確かにアリスだった」
アランはぶっきらぼうに答える。
室内が静まり返った。
死んだところを見たとしか聞かされていないチャロはどっちなんだと怪訝な顔をする。
まぁ、僕はアランから事前に聞いてたから驚かないけどね。
……引っ掛かるのは、アリスちゃんが言ったらしい“ある言葉”。
この会議が始まる前に一通り調べてみたけど、なーんの情報も見つからなかった。
「アリスちんが闇取引に関わる人間なら、その場所に張り込んだ方がいいんじゃないっすか?」
「彼女がこの組織に何の為に潜り込んだのかもまだ判明してないんだから、それ以外に探しようがないしね」
陽くんとチャロがそう言うが、僕は内心笑ってしまった。
なるほどね、まだ情報管理室を調べてないんだ。鈍いなぁ、この組織の連中は。
まぁ誰も情報管理室に入られるなんて夢にも思ってないだろうしね。
僕は飲み終わったいちごミルクのパックをゴミ箱に投げ捨てた。
……にしても、うっっっぜぇ。本当に不愉快だ。
何が不愉快かって、あの2人が――
「お兄ちゃんもエリックも、まだ何か隠してますよね」
ニーナちゃんは酷く冷たい声音で、僕も思っていることをそのまま口にする。
何も言わずただ考え込むえりりん。ぶらりんも黙って目を閉じた。
この2人が言おうとしないようなことなら、どうせなかなか聞かせてもらえないのは分かり切ったことだ。
うーん…こうなったら交渉するしかないなぁ、それもぶらりん相手に。
ぶらりんなら、アリスちゃんの情報であれば食いついてくる。
アリスちゃんがクリミナルズの幹部だって情報は十分売れるんじゃないか?
証拠だってあるし、僕を除いてまだこの中の誰も知らない。
ぶらりん達が隠していることに“あの言葉”が関係するのかは分からないけど、試してみる価値はありそうかな。
ぶらりん達の秘密と僕の情報を交換する――上手くやらないと、ぶらりんにこっちが脅されて終わりだ。何も得られないかもしれない。
ぶらりんもえりりんも、命令1つでここにいる人間を動かせる。
いくら僕でも丸腰でこの連中は相手にできないし…拘束される可能性は十分あるけど、優秀組として訓練を受けた僕が多少の拷問で秘密を吐くような人間じゃないことはここにいる誰もが知っているだろう。
こっちとしても、たとえ脅されようがそう簡単に言う気はない。
いかにぶらりんをその気にさせられるか…うん、いいねこの感じ。やるかやられるか。
何も言わないぶらりんとえりりんに痺れを切らしたのか、アランは舌打ちして「寝る」と会議室を出て行こうとする。
誰も止めない。
代わりに僕が関係のない質問をして引き留めた。
「アランってよく寝るよねー。何で寝るの?睡眠不足?夜何時に寝てるの?」
「…言わねぇよ、怒るだろ」
え、何それ。