マイナスの矛盾定義
「あぁ、こういうことは妻にはしなかったな。色んな女性と関わってると自然に身に付いた」
「…やっぱり女好きなの?」
「女好き?」
「アランが言ってたのよ。貴方は色仕掛けに引っ掛かるとか、女性が1人でいるとすぐナンパするとか…何ていうか、ろくでもない奴みたいな言い方で」
「あぁ、あいつブラッドの忠犬だもんな。ブラッドが嫌いな俺はあいつも嫌いなんだよ。まぁ、女性を口説くのは俺なりの礼儀っていうか…確かに好きと言えば好きなんだけど、本気にはならないよ?」
結局好きって認めちゃったじゃない…。
アランがブラッドさんの忠犬というのはあまり感じなかったけれど、思い当たる節がいくつかある。
かと言ってリーダーであるブラッドさんと他の2人の間に明確な上下関係があるとも思わない。よく分からない3人組だったけれど、それなりに仲が良かった気がする。
でもそれよりも気になるのは、
「ブラッドさんも人を嫌いになるのね」
ブラッドさんがジャックを嫌いだという点だ。
「嫌いというより、関わりたくないと思ってるんだろうね。ブラッドにとって俺は理解に苦しむ人間だろうし。…それに、ブラッドは俺と一緒にいた頃の自分を消したいとも思ってる」
一体いつの話をしているのか分かってしまった。
多分ジャックが言っているのは、ブラッドさんが飼われていたという時のこと。
ブラッドさんは、そんな自分を私に知られるのが嫌だと言った。
それはつまり、ブラッドさんがその頃の自分を嫌っているということ。
ジャックとの関係を絶つことでその頃の自分との繋がりを断とうとしているのかもしれない…なんて勝手な想像をしながら歩いていると、『立ち入り禁止』と書かれた看板が閉ざされた門に貼られていた。
更には有刺鉄線の付いたフェンスが立ちはだかっていて、とても敷地内に入れるとは思えない。
敷地の中央に建っている大きな建物は、元研究所と言えど見たところ廃墟と化している。
ヤモと行った研究所はここまで厳重じゃなかったのに…やっぱりここは大きいからかしら?
「狭いけど向こうに通り道があるから、そこから入ろう」
ジャックが私の手を引いて門とは別の場所にある出入り口付近に連れて行ってくれる。
そこだけは有刺鉄線が途切れていて、ギリギリではあるけれど人が通れる場所だった。
敷地内に入り建物に向かう最中、ふっと何かを思い出した。
……来たことがある。
見覚えはないはずなのに、漠然と来たことがあると感じた。
匂い?雰囲気?何がかは分からないけれど、当時の記憶と重なる。
そしてそれは――建物の中に入ると確信に変わった。
見覚えがある。
私は研究所から研究所へ移動する際眠らされていることが多かったから、建物の外観だけじゃ分からなかったのかもしれない。
中は想像していたよりも綺麗で、使われなくなってまださほど時間が経過していないようにも感じられた。
私が来たことがあるということは、ここはそれなりに重要な研究所なのだろう。
でもそれくらい重要な研究所だからこそ、
「……何もないわね」
研究に使った重要な機材や道具、書類は移動させられている。
ジャックと一緒に数々の部屋を回ってみたけれど…薬品が入っていたらしい空っぽの容器が棚に残されているくらいだ。
この研究所もいつ取り壊されるか分からないんだから…何もなくたってしっかり見ておかないと……何か今後の役に立つかも………。
「アリス?」
「何…?」
「大丈夫か?」
何それ…私に聞いてる…?
「酷い汗だ」
「…は…?」
「少し座って休もう」
「……」
「アリス、聞いてる?」
「………」
「アリス!」
ジャックの普段より少し大きな声に、自分の体がビクッと過剰に揺れるのが分かった。
何だろう。
意識が朦朧としている。
ジャックが喋っているのは分かっていたのに、何を喋っていたのか分からない。
「…あ…」
「ほら、座って」
「……いい…早く何か手掛かりになる物を探さなきゃ…」
《《---->》》
『本当に死なないんですね』
《《---->》》
『ええ、あの子は化け物ですからね。様々な毒薬を投与してきましたが、どれも効きませんでした』
《《》》
「…寒いのか?」
「…は…?」
《《---->》》
『首が飛んでも再生します。時間は掛かりますがね。…ただ、このグラフを見てください。その時間は徐々に短くなってきている』
《《---->》》
『例の完全体に近付いている、と』
《《》》
「休んだ方がいい。震えてる」
《《---->》》
『しかし、痛覚はあるのでしょう?』
《《---->》》
『構いませんよ。あの子は化け物です、人間ではありません』
《《》》
「………ッ…、」
震えが止まらない。呼吸を整えることができない。吐き気がする。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。殺さないで。死にたくない。痛い。痛い。痛い。
「アリス!!」
「……っ…」
パンッと両頬に手を当てられる。
少し力を入れられたようで、ジンジンと痛かった。
すっと視界がクリアになって、ジャックの表情がちゃんと見えるようになった。
「急がなくていい。大丈夫だ。落ち着くまで休もう」
ジャックが床に座って壁に寄り掛かったので、私もその隣に座る。
「ここはもう使われていない。君がまたここで実験体になる日は絶対に来ない」
「……ええ」
ジャックは子供に諭すように私に言い、頭を撫でてくれた。
それだけのことなのに、震えは止まっていた。
「落ち着くまで何か話そうか。んー…そうだな…。シャロン君と君って、どういう仲なの?」
わざと研究とは全く関係ない話をしてくれるジャックにほっとする。
それと同時に力が抜けて、壁に体重を預けた。
「…雇い主とその雇われ」
「キスは?」
「は?」
「キスはしたことあるでしょ?」
「ないわよ。何言ってるの」
「え?」
ジャックは至極驚いたように瞠目する。
一体私とシャロンを何だと思っているのかしら。
「そういう関係じゃないわ」
「へぇ…なるほどね。でも、シャロン君って君に手を出さないくせに意地でも君と誰かがそういう関係になることを阻止しそうじゃない?まぁ、君は結婚とかもしなさそうだけど」
「しないと死ぬわよ」
「寂しくて?へぇ、君にもそういう可愛げが…」
「自分1人じゃあまり稼げる気がしないもの」
「……」
見なくてもジャックが苦笑していると分かった。
…何よ、何か文句あるの?お金がないと何をするにも困るじゃない。
「でも、君って結構稼いでるんだろ?生きるのに困ることはなさそうだけどな」
「私、目的を果たしたらクリミナルズを抜けるつもりよ。その後で職に困らないとも限らないわ」
「え?」
「何?ずっといるとでも思ってた?」
「…やっぱり女好きなの?」
「女好き?」
「アランが言ってたのよ。貴方は色仕掛けに引っ掛かるとか、女性が1人でいるとすぐナンパするとか…何ていうか、ろくでもない奴みたいな言い方で」
「あぁ、あいつブラッドの忠犬だもんな。ブラッドが嫌いな俺はあいつも嫌いなんだよ。まぁ、女性を口説くのは俺なりの礼儀っていうか…確かに好きと言えば好きなんだけど、本気にはならないよ?」
結局好きって認めちゃったじゃない…。
アランがブラッドさんの忠犬というのはあまり感じなかったけれど、思い当たる節がいくつかある。
かと言ってリーダーであるブラッドさんと他の2人の間に明確な上下関係があるとも思わない。よく分からない3人組だったけれど、それなりに仲が良かった気がする。
でもそれよりも気になるのは、
「ブラッドさんも人を嫌いになるのね」
ブラッドさんがジャックを嫌いだという点だ。
「嫌いというより、関わりたくないと思ってるんだろうね。ブラッドにとって俺は理解に苦しむ人間だろうし。…それに、ブラッドは俺と一緒にいた頃の自分を消したいとも思ってる」
一体いつの話をしているのか分かってしまった。
多分ジャックが言っているのは、ブラッドさんが飼われていたという時のこと。
ブラッドさんは、そんな自分を私に知られるのが嫌だと言った。
それはつまり、ブラッドさんがその頃の自分を嫌っているということ。
ジャックとの関係を絶つことでその頃の自分との繋がりを断とうとしているのかもしれない…なんて勝手な想像をしながら歩いていると、『立ち入り禁止』と書かれた看板が閉ざされた門に貼られていた。
更には有刺鉄線の付いたフェンスが立ちはだかっていて、とても敷地内に入れるとは思えない。
敷地の中央に建っている大きな建物は、元研究所と言えど見たところ廃墟と化している。
ヤモと行った研究所はここまで厳重じゃなかったのに…やっぱりここは大きいからかしら?
「狭いけど向こうに通り道があるから、そこから入ろう」
ジャックが私の手を引いて門とは別の場所にある出入り口付近に連れて行ってくれる。
そこだけは有刺鉄線が途切れていて、ギリギリではあるけれど人が通れる場所だった。
敷地内に入り建物に向かう最中、ふっと何かを思い出した。
……来たことがある。
見覚えはないはずなのに、漠然と来たことがあると感じた。
匂い?雰囲気?何がかは分からないけれど、当時の記憶と重なる。
そしてそれは――建物の中に入ると確信に変わった。
見覚えがある。
私は研究所から研究所へ移動する際眠らされていることが多かったから、建物の外観だけじゃ分からなかったのかもしれない。
中は想像していたよりも綺麗で、使われなくなってまださほど時間が経過していないようにも感じられた。
私が来たことがあるということは、ここはそれなりに重要な研究所なのだろう。
でもそれくらい重要な研究所だからこそ、
「……何もないわね」
研究に使った重要な機材や道具、書類は移動させられている。
ジャックと一緒に数々の部屋を回ってみたけれど…薬品が入っていたらしい空っぽの容器が棚に残されているくらいだ。
この研究所もいつ取り壊されるか分からないんだから…何もなくたってしっかり見ておかないと……何か今後の役に立つかも………。
「アリス?」
「何…?」
「大丈夫か?」
何それ…私に聞いてる…?
「酷い汗だ」
「…は…?」
「少し座って休もう」
「……」
「アリス、聞いてる?」
「………」
「アリス!」
ジャックの普段より少し大きな声に、自分の体がビクッと過剰に揺れるのが分かった。
何だろう。
意識が朦朧としている。
ジャックが喋っているのは分かっていたのに、何を喋っていたのか分からない。
「…あ…」
「ほら、座って」
「……いい…早く何か手掛かりになる物を探さなきゃ…」
《《---->》》
『本当に死なないんですね』
《《---->》》
『ええ、あの子は化け物ですからね。様々な毒薬を投与してきましたが、どれも効きませんでした』
《《》》
「…寒いのか?」
「…は…?」
《《---->》》
『首が飛んでも再生します。時間は掛かりますがね。…ただ、このグラフを見てください。その時間は徐々に短くなってきている』
《《---->》》
『例の完全体に近付いている、と』
《《》》
「休んだ方がいい。震えてる」
《《---->》》
『しかし、痛覚はあるのでしょう?』
《《---->》》
『構いませんよ。あの子は化け物です、人間ではありません』
《《》》
「………ッ…、」
震えが止まらない。呼吸を整えることができない。吐き気がする。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。殺さないで。死にたくない。痛い。痛い。痛い。
「アリス!!」
「……っ…」
パンッと両頬に手を当てられる。
少し力を入れられたようで、ジンジンと痛かった。
すっと視界がクリアになって、ジャックの表情がちゃんと見えるようになった。
「急がなくていい。大丈夫だ。落ち着くまで休もう」
ジャックが床に座って壁に寄り掛かったので、私もその隣に座る。
「ここはもう使われていない。君がまたここで実験体になる日は絶対に来ない」
「……ええ」
ジャックは子供に諭すように私に言い、頭を撫でてくれた。
それだけのことなのに、震えは止まっていた。
「落ち着くまで何か話そうか。んー…そうだな…。シャロン君と君って、どういう仲なの?」
わざと研究とは全く関係ない話をしてくれるジャックにほっとする。
それと同時に力が抜けて、壁に体重を預けた。
「…雇い主とその雇われ」
「キスは?」
「は?」
「キスはしたことあるでしょ?」
「ないわよ。何言ってるの」
「え?」
ジャックは至極驚いたように瞠目する。
一体私とシャロンを何だと思っているのかしら。
「そういう関係じゃないわ」
「へぇ…なるほどね。でも、シャロン君って君に手を出さないくせに意地でも君と誰かがそういう関係になることを阻止しそうじゃない?まぁ、君は結婚とかもしなさそうだけど」
「しないと死ぬわよ」
「寂しくて?へぇ、君にもそういう可愛げが…」
「自分1人じゃあまり稼げる気がしないもの」
「……」
見なくてもジャックが苦笑していると分かった。
…何よ、何か文句あるの?お金がないと何をするにも困るじゃない。
「でも、君って結構稼いでるんだろ?生きるのに困ることはなさそうだけどな」
「私、目的を果たしたらクリミナルズを抜けるつもりよ。その後で職に困らないとも限らないわ」
「え?」
「何?ずっといるとでも思ってた?」