マイナスの矛盾定義
ただそれだけの思いで、慎重に春の正体に近付いていき、時には別の方法でブラッドに言うことを聞かせようともした。
しかしブラッドはやはり応じず、俺はゆっくりとゆっくりと、春が関わる“マーメイドプラン”へと手を伸ばしていた。
マーメイドプランの内容を知った時には驚いた。
いや、本当は反吐が出るほど嬉しかった。
嗚呼、だからか、と。
だからブラッドはあんなにも必死に春を探し続けていたのか、と。
納得と同時に小さな希望すら抱いていた。
不老不死?どれだけ死んでも生き返る?
そんなことが本当に可能なら――死んだ人間を生き返らせる薬だって、つくれるかもしれないじゃないか。
俺は何の躊躇もなく研究員としてマーメイドプランに従事した。
エマが死んでからずっと空っぽだった俺にとって、その希望は生き甲斐でもあった。
研究に関わりながら春の居場所を探した。
そして俺はある日――…リバディーの施設内に春らしき人物が入っていく写真を確認した。
人を雇って施設内に出入りした人間の写真を撮ってもらっていたのだ。
ブラッドの情報を得るために行っていたことで春と繋がるなんて、思いも寄らなかったことだ。
それが春であるという確証はなかったが、研究所に残されている春の写真と比較してみても、やはりどこか雰囲気が似ていた。
実験体として扱われていた頃からの年数を考慮しても、調度一致する外見だった。
ブラッドは気付いていないのか?
何故指名手配されている春がここにいる?
疑問は尽きなかったが、とりあえず俺は“春”ではなく写真に写っている“アリス”のことを調べた。
どの組織に所属しているのか。
どんな活動を行っているのか。
俺の持つ多くの犯罪者との繋がりを駆使すれば、簡単に調べることができた。
ただ、リバディーでのアリスの行動まではさすがに把握できなかった。
ブラッドがアリスのことをどう感じているのかも分からない。
俺は様子を見つつブラッドに揺さぶりをかけていくつもりで、食堂でパフォーマンスをする団体を雇い、ブラッドを連れて来るように指示した。
その企みはいつもの如く失敗したわけだが、数日後、また写真が送られてきた。
アラン君とアリスが2人で出て行く写真だった。
狙いは俺だとすぐに分かった。
リバディーの奴らも無能じゃない。
団体の連中に拷問でもして俺のことを吐かせたのだろう。
「向こうから来てくれるなら、これほど楽なことはないね」
ここに来てようやくエマの願いを叶える為の材料を見つけた気がした。
もうすぐ叶えられると思った。
ポケットから取り出した箱の中では、
あの頃エマから貰った指輪が光っていた。
今でもエマとの日々を昨日のことのように思い出す。
目を瞑ると、あの太陽みたいな笑顔が浮かんでくる。
俺は、エマを満足させることができていたのだろうか。
《《<--->》》
温もりの失われていく感覚が
《《<--->》》
手の中にこびり付いて離れない
黙ってジャックの話を聞いていた。
主人のこと。
エマさんのこと。
ブラッドさんのこと。
そして、ジャックのこと。
こんな想いを背負ってまでエマさんを生き返らせることを諦めてくれたジャックへの感謝がより深まった。
今度何かプレゼントでもしてあげようかしら…贈り物なんて柄じゃないけど。
「…その、やっぱり奥さんの墓場には来てほしいの?ブラッドさんに」
「そりゃあね。生き返らせるのは諦めたけど、墓場に来させることを諦めるつもり無いよ」
ジャックはエマさんの願いだけは叶えようとしているらしい。
そして。
「まぁ、それも君のおかげで叶いそうなんだけど」
と、意味の分からない言葉を付け足した。
私のおかげ…?私、何もしてないわよ?と眉を寄せた
―――その時だった。
ドォォオオオンと大きな爆発音が聞こえてきたのだ。この周辺に人がいるはずもないのに。
驚いている私とは違い、ジャックはただ苦笑していて。
「もう来たのか、早いな。約束の時間まであともう少しあるのに」
……どういうこと?何が起こってるの?
「ごめんね?前に騙されたお返しさ」
騙した?お返し?…嫌な予感がする。
「今日ここに君が来ることをブラッドに知らせておいた。代わりにあいつはエマの墓に付いてきてくれることになったよ」
「―――…ッ、」
こいつ…!!
待って、じゃあ今の爆発の音はリバディーの連中?
まずい、まずい、まずい。捕まったら痛い目に合うどころじゃ済まない。
下手したら、またマーメイドプランの実験体に戻される――…体中に恐怖が駆け巡り、うまく頭が回らない。
確かこの研究所の出入り口は3つ。
リバディーの奴らが私を捕まえる為に全ての出入り口を封鎖する可能性もあるし、早めにここを出ないといけない。
でも、この建物から出られたとしても、外で待ち伏せされていたら…。
音の伝わり方からして、さっきの爆発音は敷地内に入るために門を破壊した音…だと思う。
この敷地は有刺鉄線付きのフェンスで囲まれている。
敷地内から出るにはリバディーの奴らが爆破によってつくった穴を通るか、私とジャックがこの敷地内に入る時使った狭い通り道から抜けるしかない。
どうする?どこかに隠れるって言っても隠れるところなんてないし、隠れられたとしてもすぐ見つかる。
それに、相手が何人なのか分からない。
相手がどれだけこの研究所のマップを把握しているかも分からない。
一応武器は持ってるけど…大人数で来られたら使い物にならない。
――ていうか、ゴチャゴチャ考えてる暇はない。
「ブラッドが俺からの連絡に応じてくれたのも、俺が君と知り合いだと分かったからだ。全ては君のおかげさ」
私はジャックを睨み付けた。今度は本気の怒りを込めて。
こいつ、裏切りやがった。
元からリバディーの連中と交渉してたんだわ。
私を取り引き材料にして。
あの夏祭りでブラッドさんはジャックと私が一緒にいるということを把握した。
私を見つけることが難しいのならば、当然ジャックの方を探すだろう。
おまけにジャックはブラッドさんと積極的に連絡を取ろうとしていた。
ブラッドさんの気持ち1つでブラッドさんはジャックと交渉することのできる状況だった。
そんなこと、少し考えれば分かる。
なのにあの夏祭りからもジャックと関わり続けてきた私は――彼を疑いながらも、無意識に過信していたのだろう。
これは私の落ち度だ。
彼は私と同じように、自分の目的を果たそうとしているだけ。
それより急がなきゃいけない、と思い廊下に出て走り出した。
こういう時はなかなか冷静な判断ができない。
焦るな、落ち着け。
とりあえずこの建物を出ないと…3つのうち何処を使って外へ出るべき?
しかしブラッドはやはり応じず、俺はゆっくりとゆっくりと、春が関わる“マーメイドプラン”へと手を伸ばしていた。
マーメイドプランの内容を知った時には驚いた。
いや、本当は反吐が出るほど嬉しかった。
嗚呼、だからか、と。
だからブラッドはあんなにも必死に春を探し続けていたのか、と。
納得と同時に小さな希望すら抱いていた。
不老不死?どれだけ死んでも生き返る?
そんなことが本当に可能なら――死んだ人間を生き返らせる薬だって、つくれるかもしれないじゃないか。
俺は何の躊躇もなく研究員としてマーメイドプランに従事した。
エマが死んでからずっと空っぽだった俺にとって、その希望は生き甲斐でもあった。
研究に関わりながら春の居場所を探した。
そして俺はある日――…リバディーの施設内に春らしき人物が入っていく写真を確認した。
人を雇って施設内に出入りした人間の写真を撮ってもらっていたのだ。
ブラッドの情報を得るために行っていたことで春と繋がるなんて、思いも寄らなかったことだ。
それが春であるという確証はなかったが、研究所に残されている春の写真と比較してみても、やはりどこか雰囲気が似ていた。
実験体として扱われていた頃からの年数を考慮しても、調度一致する外見だった。
ブラッドは気付いていないのか?
何故指名手配されている春がここにいる?
疑問は尽きなかったが、とりあえず俺は“春”ではなく写真に写っている“アリス”のことを調べた。
どの組織に所属しているのか。
どんな活動を行っているのか。
俺の持つ多くの犯罪者との繋がりを駆使すれば、簡単に調べることができた。
ただ、リバディーでのアリスの行動まではさすがに把握できなかった。
ブラッドがアリスのことをどう感じているのかも分からない。
俺は様子を見つつブラッドに揺さぶりをかけていくつもりで、食堂でパフォーマンスをする団体を雇い、ブラッドを連れて来るように指示した。
その企みはいつもの如く失敗したわけだが、数日後、また写真が送られてきた。
アラン君とアリスが2人で出て行く写真だった。
狙いは俺だとすぐに分かった。
リバディーの奴らも無能じゃない。
団体の連中に拷問でもして俺のことを吐かせたのだろう。
「向こうから来てくれるなら、これほど楽なことはないね」
ここに来てようやくエマの願いを叶える為の材料を見つけた気がした。
もうすぐ叶えられると思った。
ポケットから取り出した箱の中では、
あの頃エマから貰った指輪が光っていた。
今でもエマとの日々を昨日のことのように思い出す。
目を瞑ると、あの太陽みたいな笑顔が浮かんでくる。
俺は、エマを満足させることができていたのだろうか。
《《<--->》》
温もりの失われていく感覚が
《《<--->》》
手の中にこびり付いて離れない
黙ってジャックの話を聞いていた。
主人のこと。
エマさんのこと。
ブラッドさんのこと。
そして、ジャックのこと。
こんな想いを背負ってまでエマさんを生き返らせることを諦めてくれたジャックへの感謝がより深まった。
今度何かプレゼントでもしてあげようかしら…贈り物なんて柄じゃないけど。
「…その、やっぱり奥さんの墓場には来てほしいの?ブラッドさんに」
「そりゃあね。生き返らせるのは諦めたけど、墓場に来させることを諦めるつもり無いよ」
ジャックはエマさんの願いだけは叶えようとしているらしい。
そして。
「まぁ、それも君のおかげで叶いそうなんだけど」
と、意味の分からない言葉を付け足した。
私のおかげ…?私、何もしてないわよ?と眉を寄せた
―――その時だった。
ドォォオオオンと大きな爆発音が聞こえてきたのだ。この周辺に人がいるはずもないのに。
驚いている私とは違い、ジャックはただ苦笑していて。
「もう来たのか、早いな。約束の時間まであともう少しあるのに」
……どういうこと?何が起こってるの?
「ごめんね?前に騙されたお返しさ」
騙した?お返し?…嫌な予感がする。
「今日ここに君が来ることをブラッドに知らせておいた。代わりにあいつはエマの墓に付いてきてくれることになったよ」
「―――…ッ、」
こいつ…!!
待って、じゃあ今の爆発の音はリバディーの連中?
まずい、まずい、まずい。捕まったら痛い目に合うどころじゃ済まない。
下手したら、またマーメイドプランの実験体に戻される――…体中に恐怖が駆け巡り、うまく頭が回らない。
確かこの研究所の出入り口は3つ。
リバディーの奴らが私を捕まえる為に全ての出入り口を封鎖する可能性もあるし、早めにここを出ないといけない。
でも、この建物から出られたとしても、外で待ち伏せされていたら…。
音の伝わり方からして、さっきの爆発音は敷地内に入るために門を破壊した音…だと思う。
この敷地は有刺鉄線付きのフェンスで囲まれている。
敷地内から出るにはリバディーの奴らが爆破によってつくった穴を通るか、私とジャックがこの敷地内に入る時使った狭い通り道から抜けるしかない。
どうする?どこかに隠れるって言っても隠れるところなんてないし、隠れられたとしてもすぐ見つかる。
それに、相手が何人なのか分からない。
相手がどれだけこの研究所のマップを把握しているかも分からない。
一応武器は持ってるけど…大人数で来られたら使い物にならない。
――ていうか、ゴチャゴチャ考えてる暇はない。
「ブラッドが俺からの連絡に応じてくれたのも、俺が君と知り合いだと分かったからだ。全ては君のおかげさ」
私はジャックを睨み付けた。今度は本気の怒りを込めて。
こいつ、裏切りやがった。
元からリバディーの連中と交渉してたんだわ。
私を取り引き材料にして。
あの夏祭りでブラッドさんはジャックと私が一緒にいるということを把握した。
私を見つけることが難しいのならば、当然ジャックの方を探すだろう。
おまけにジャックはブラッドさんと積極的に連絡を取ろうとしていた。
ブラッドさんの気持ち1つでブラッドさんはジャックと交渉することのできる状況だった。
そんなこと、少し考えれば分かる。
なのにあの夏祭りからもジャックと関わり続けてきた私は――彼を疑いながらも、無意識に過信していたのだろう。
これは私の落ち度だ。
彼は私と同じように、自分の目的を果たそうとしているだけ。
それより急がなきゃいけない、と思い廊下に出て走り出した。
こういう時はなかなか冷静な判断ができない。
焦るな、落ち着け。
とりあえずこの建物を出ないと…3つのうち何処を使って外へ出るべき?