マイナスの矛盾定義
登録されている多くの連絡先の中から、シャロン君の物を見つけ出し、通話ボタンを押した。



相当怒ってるんだろうなぁ。


気は進まないけど、彼の協力は必須事項だ。仕方ない。



……悪いな、ブラッド。


俺はあの子に約束をした。


お前が本当の意味でアリスを傷付けることはない。


それを分かっていて“預けた”んだ。





「もしもし、シャロン君?――少し話があるんだ」




俺の目的は果たした。あとは――…





アリスと一緒に、アリスの目的を果たさなければならない。
《《<--->》》
-captive-
――食する物全てに、味が無いように感じる。





「また暴れたんですか?」



泰然たる態度でそう質問してくる男の視線は、私の擦れて赤くなった手首に向けられている。



「あっれー?暴れちゃダメって言わなかったっけ?アリスちゃん、手枷だけじゃなく足枷も付けられたいの?」


「栄養もきちんと取れていないようですし…。聞き分けのない子ですね」



用意された食事は極力口に入れないようにしているけれど、それでもいよいよという頃になると抵抗も無視して無理矢理食べさせてくるから腹が立つ。



「何故食べないんです?毒は入っていませんよ」



理解できないとでも言うようにこちらに問うてくるブラッドさんが理解できない。


そんな言葉信じられないし、美味しいはずの食べ物もこんな状況じゃそう感じない。


ぐったりと横になっている私に、ブラッドさんは水の入ったペットボトルの飲み口を当ててくるけれど、私は口を固く閉じて拒否する。




すると、ブラッドさんは私の背中に手を回して上半身を支え、自分の口に含んだ水を私に飲ませてきた。


飲み込むまでブラッドさんの唇は離れず、催促するように舌が口内へと入ってきて、視界の片隅でラスティ君が「きゃー」なんてわざとらしい高音で言ってニヤニヤしているのが見える。
喉が渇いているのは事実で、口の中まで入ってきた水を本能的に飲み込んでしまった私は、それでもしつこく居続けようとするブラッドさんの舌を噛んだ。


本人は噛まれたくせに何故か嬉しそうに笑い、優しく私を横にする。



「キスしたこと、反省したって言ってたくせに…」


「そんなことを言われても困りますね。これはただの口移しですし、なかなか食べてくれない君が悪いわけですし」



“ただの口移し”でする舌の動きじゃなかったような気がするんだけど?



「床じゃ痛いでしょう?良い子にしていたら、ソファまで移動させてあげますよ」



全く嬉しくない。


私はソファへ行きたいんじゃなくて、仲間の元へ帰りたいんだ。




捕まって何日が経っただろうか。


毎日毎日、この仕事部屋で横たわっているだけ。



……好機はきっとやってくる。


こいつらは多分、私に甘い。


私はまだ一度も生死の境を彷徨っていない。


今のところ、こいつらが私を研究所へ引き渡そうとする様子もない。
「…私をどうするつもりなの?」



探るようにそう聞けば、ブラッドさんが答えた。



「どうもしませんよ。君のことはずっとこの組織で保護します。君がこちらに寝返って、クリミナルズの情報を売ってくれるというのなら――仲間にしてもいい」



ふざけるな。


国と繋がっているこの組織にいる限り、実験体としていつ何をされるか分からない。


貴方の言う“保護”は“管理”でしょうが。



「それとも、まだクリミナルズへの忠誠心を捨てられませんか?」



ブラッドさんは立ち上がり、椅子に腰を掛ける。



「君にとってまだ、クリミナルズが帰る場所だと言うのなら……潰してもいいんですよ?帰る場所がなくなれば、居場所がなくなれば、…もう俺の元にしかいられなくなる」



冗談とも脅しとも取れないような落ち着いた声音で、そう言ってくる。


もう自分には笑う気力なんてないと思っていたのに、思わず笑いが漏れてしまった。



「何が可笑しいんです?」



私を見下げるブラッドさんは、不可解だと言わんばかりに眉を潜める。
「――…あまり私たちを舐めない方がいいわよ」



確かにリバディーの優秀組は犯罪者達に恐れられている。


でも、恐ろしさで言えば…うちのリーダーだって負けていない。


私たちの組織をそう簡単に潰せると思うのがどれほど浅はかな考えか。


それを思うと笑ってしまう。



「貴方達ごときに、クリミナルズが、私の仲間が、私の雇い主が――どうにかなるわけないじゃない」



そう言った途端、容赦無く足を踏まれた。



「あんま調子乗られると困るんだけど?」



苛立ったようなラスティ君の声が降ってくる。


わざとなのか何なのか、アランに撃たれた箇所を強く踏み付けてくるから、痛みに奥歯を噛み締めた。



「何その目、もしかして許してほしい?」


「…ッの悪趣味野郎…!」



吠えるようにそう言って睨み付けると、ラスティ君はぷっと吹き出して。



「アハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」



一体何が面白いのか、それはそれは愉しそうに笑いながら私の足を一蹴りした。



「……ッ、」



痛い。痛いけど、悲鳴は絶対にあげてやらない。


そんなのこのクソガキを喜ばせるだけだと分かっているから。
「イイねーアリスちゃん、その反抗的な態度。…でも、そろそろ飽きちゃった。早く心折れちゃえばいいのに。仲間を売るか、売らないか。その葛藤が欲しいんだよね~」



この状況を心底楽しんでいるであろうラスティ君は、そう言って不気味な笑みを深める。


ここに来て何日が経ったんだろう。


ラスティ君が飽きるほどの時間が既に過ぎているんだろうか。



「つーまーりー、俺はもっともっとドロドロしたモノが見たいってことー。さっさと新しい萌えを見せてくんない?」



ラスティ君は屈んで私を覗き込み、いつもより少し低い声のトーンでそう言った。


私に斬られた傷がなかなか治らないのか、その手には包帯が巻かれている。




と、その時。


ガンッと部屋のドアが勢いよく足で開かれ、両手に何やら重そうな荷物を抱えたアランが入ってきた。


そのまま自分のデスクまでズカズカ歩いて行き、その荷物を置く。


ふぅっと面倒臭そうに吐く溜め息でさえ色っぽく感じるのは、やはりアランだからだろうか。
「そいつに手間取らされたせいで仕事が溜まってる」



アランの言葉にラスティ君は立ち上がり、デスクに置いてあったいちごミルクにストローを挿しながら不満そうに言う。



< 130 / 227 >

この作品をシェア

pagetop