マイナスの矛盾定義
私は私を釈放しないことを責めているのであって、別に貴方にこの組織の大切さを気付いてほしかったわけじゃないわよ?





「ふっ…」



気付けば、私の腰に手を回したままのアランが笑っていた。


まぁ、確かにこの話の噛み合わなさは笑ってしまうレベルだ。



「諦めろ。俺らのリーダーはお前の手に負えねぇよ」



ある意味そうかもしれない。


何だか自分が馬鹿らしくなってきた。


ブラッドさんは変なところでずれているというか、私の予想を上回る変わり者なのだ。
「…もういいわ」



おかげで冷静さを取り戻せたような気がする。


だからと言って謝罪や感謝の言葉を述べるのも可笑しいから、結局また話を変えることにした。



「ニーナちゃんとアランが傍にいるっていうのはどういうことなの?」


「見張りとして私が傍にいるのは当然です」


「俺はちょうど手が空いてんだよ。人体実験やってるような連中の代表が来んだから、何かあった時に備えておいた方がいいだろ」


「じゃあ僕も行きたいなー。何かあった時に備えて、さ」


「ラスティ、君には仕事が溜まっているでしょう?」


「ちぇ~ぶらりんのケチ」



ブラッドさんに提案を却下され、可愛らしく唇を尖らせるラスティ君は、つまらなさそうに自分の椅子に腰を掛けた。


パソコンを起動させ、足で自分の座る椅子を回してくるくる回転している。





「まだ時間はありますし、1階へ行く前に気晴らしに2階で朝食を取ってきてはどうです?」



ブラッドさんはさり気なく近付いてきてアランの手を私から退けさせ、私に視線を落として聞いてきた。
ブラッドさんなりの気遣いなのかもしれない。


ここに来てこの階から移動したことは一度もないし、できれば違う場所へ行きたい気分だ。


私が「そうね」と頷いて上体を起こすと、アランも「そうだな。俺も朝食食ってねぇし」と賛成する。



するとラスティ君は回転させていた椅子を止め、何だか楽しそうに言う。



「でもさー手錠つけてる女が2階で歩き回ってたら流石に浮かない?あーでもそういうのもアリかな?いっそ首輪付けて行ったら?アリスちゃん相当恥ずかしいよね~。周囲に見られて嫌な思いしてるアリスちゃん想像すると萌えるなー」



アランとブラッドさんはそんなラスティ君を冷ややかな目で見ていた。勿論私も。


まぁ、いつものことだし仕方ない…なんて諦めの溜め息を吐いてしまう私は、結構ラスティ君に慣れてきたんじゃないだろうか。



「手錠なんかつけなくても、これで十分だろ」



不意にアランの大きな手が私の手を握った。


反射的に振り解こうとしたけれど、力が強くて敵わない。


自分の力不足で抵抗できないことに腹が立ち、ちょっとは痛めつけてやろうと思って怒りに任せアランの手をぎゅーっと強く握ると、何が面白いのかアランは吹き出しやがった。



「握力なさすぎだろ…」


「るっさいわね。…いたたたたた」



お返しだとでも言うようにぎゅうううううううっと馬鹿力で手を握られ、骨がごりごりっと音を鳴らした…ような気がした。


この男、これでも加減してそうだから怖い。
気のせいかブラッドさんの私達を見る目がより冷ややかになった。


この人は目で私達を凍らせることができるんじゃないかと思ってしまうくらいだ。




「んじゃ行ってくるわ」



そんなブラッドさんを歯牙にもかけずに、アランは私を引っ張って部屋の外へ向かおうとする。


ニーナちゃんもラスティ君とブラッドさんにお辞儀した後私達の後ろを付いてきた。




しかし――仕事部屋を出ると、ニーナちゃんはすぐに「あの」と声を掛けてきて。



「私は今朝エリックと食事をしましたので、先に受付で待っています。私の代わりに受け付けを担当してくれている方にも挨拶がしたいので」



私ではなくアランの方を見て淡々と伝えたニーナちゃんは、またぺこりとお辞儀をして先に早歩きで行ってしまった。

相変わらず私と目を合わせることはない。


居心地が悪い、と思った。



「……ニーナは元々ああいう奴だ。根本的な性質はブラッドに似てんだよ。冷たいのは今のお前に対してだけじゃねぇ。態度が変わったんじゃなく、元に戻っただけだ」



心情をアランに悟られ、慰めのような言葉をもらってしまった。


要するに、今の友好的でないニーナちゃんが本来の彼女だと言うのだろうか。




「それが何よ?」



そうアランに冷たく返し、前だけを見て歩く。



ニーナちゃんが私に対してどんな態度を取ろうが関係ない。


私は敵組織の人間で、この組織の情報を漏らし、自分達の組織の情報を消した。


事実は変わらない。




私にとってあの子は敵組織の受付嬢であって、それ以上でもそれ以下でもない……はずだ。
―――
――――――



久しぶりに来た2階では、相変わらず食べ物の良い匂いがあちらこちらから漂ってくる。


食堂までの道のりには様々なお店が並んでいて、友人同士でお喋りをしながら店の外で立って食べている人や、店の中のテーブルで軽い物を口にしながらパソコンの画面を見ている人もいる。



私はあの食堂以外で食べたことがないから、今日はこの辺の店に寄ってみたいわね…なんて思っていると、私の手をしっかり握ったままのアランが問うてきた。



「何が食いたい?」



そんなことを聞かれても、この状態じゃ食べられる物が限られている。



そうねぇ…片手で持てる食べ物と言えば…と考えていると、ふとファーストフード店が目に入った。


そういえば、この手の店には随分長い間行っていない。




「ハンバーガーでも食うか」



私よりも先にアランが一人納得したようにそう言い、私の手を引っ張って勝手に店まで歩いていく。



私に聞いといて結局1人で決めてるじゃない…。


まぁ、ちょうど同じ気持ちだったし良いんだけど。
この時間帯は客が少ないのか、たまたまみんな食堂の方へ行っているのか…どっちにしろ今回は並ばなくて済みそうだ。




「ハンバーガー2つな」



アランが気怠げに注文すると、奥の方にいる店員も顔を上げるのが分かった。


男女問わずアイドルでも来たかのように嬉しそうな表情をし、他の店員に目配せをしている。



何よこれ…外じゃ恐れられてるくせに、内部じゃアイドル扱いなわけ?



「アランさん、いつもありがとうございます!」



さっきまで眠たそうに立っていた男性店員も急に表情が明るくなり、ちらりとアランの横の私に目を向けて、ヒソヒソ声でアランに聞く。



「そっちの子、新しい夜のお相手っすか?」



声を小さくしているつもりだろうが、この距離なら十分聞こえる。


私にもアランにも失礼であろう発言だ。



「ばーか、よく考えろよ。夜の相手なら股縄でもして連れ回してる。もっと人が多い時にな」


「ま、まじすか…。さすがっすね」



何がさすがなのよ?と睨むが、全く効いていないようで。



「でも、アランさんが女の子と手ぇ繋いでんの初めて見ました」



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