マイナスの矛盾定義
と、アランがラスティ君の頭をべしっと叩いた。



「ったく、何考えてんだ」


「えー?べっつにやらしいことなんて考えてないよ?」


「そうだとしても、いくらブラッドが遅いとはいえアリスをお前と2人で寝させたら俺がブラッドに小言言われるだろうが」


「ならアランも一緒に寝る?」


「は?」


「僕アランとも一緒に寝たいなー。そういう機会って共同任務の時にしかないじゃん?…それに…僕、昔から誰かと一緒に寝るってことがあんまなかったし。みんなで寝てみたいんだよね」



ラスティ君がいつもと変わらぬ笑顔で漏らした言葉は、本心なのかそうでないのか。


一瞬信じてしまいそうになるけれど……やはりラスティ君が言うと嘘臭い。寒気がする。


そう思ったのは私だけのようで、アランは溜め息を吐いて言った。


「…分かったよ。仕方ねぇな」

「わーい。楽しみだなー理性と格闘してるアラン見るの。最近女抱いてないんだからただでさえ溜まってるでしょ?」


「……お前、もしかしてそれが見たいだけか?」


「まっさか!純粋にアランと寝たいってのもあるよ?」


「………」



アランは心底うんざりした表情になっているが、ラスティ君は相変わらずニッコニコしている。


仲良いわねこいつら。苦労性の兄と掴めない弟みたいで。



ラスティ君はふと私の視線に気付いたようでこちらを向き、「あ、そうだ」と思い出したようにいそいそと私の手錠を長めの鎖で繋いだ。


如月と会った後ということもあり、こう繋がれると、何だかあの研究所を思い出してしまいそうになる。


……いや、あの研究所の連中はわざわざ繋ぐことなんてしなかった。


そもそも普段生活する部屋は閉め切られていたから、逃げ出す為の出口もない。


あの閉鎖的な空間に比べれば、ここはまだマシね…。
「そういやさ、今日6階に不審者が出たんだって。この組織のメンバーでも、2階で雇われてる奴らでもなかったらしいよー?取り逃がしちゃったみたいだけど」



ラスティ君はしっかり私を繋いだ後、アランの方を振り返りながら言う。


不審者ねぇ…この組織の本拠地に無許可で入り込むなんて自殺志願者か何かかしら?



「最近多いな」とアランが面倒そうに言った。



「マジで不審者か?1度も受付を通過したことのねぇ奴が6階に来れたってことは、少なくともエレベーター用のカード持ってたってことだろ」


「この建物もなんだかんだで侵入しやすいからね。カードならその辺の従業員がたまたま外へ出てきたところをぶっ飛ばして奪えばいいし。…まぁ、情報管理室の防犯カメラに映ったり、9階に来たりすればたとえボタンを押し間違えただけだとしても一発で殺るけど」



ラスティ君は愉しそうに笑いながら自分の椅子に腰を掛け、机の上にあった新しいいちごミルクのパックにストローを挿した。



「気になるのはその不審者の行動だよね。特に何かするわけでもなく見るだけ見て行ちゃったらしいよー?まるでこの建物のマップを把握しようとしてるみたいに」



どくんと心臓が大きく脈打ったのを感じた。


よく分からない構造をした敵地への下調べは、シャロンがよく下っ端に指示することだった。


シャロンなら、以前私が持ち帰ったこの建物のエレベーター用のカードを複製済み。


…まさかね…。

そもそもシャロンは私がここにいることを知らない。



「何か起きそうでわくわくしない?戦時でもさ、敵地を把握することって結構重要じゃん?そういう意味では賢いやり方っていうか」


「戦時ってお前な…これから戦争が起こるみたいな言い方じゃねぇか」


「でも、僕らとクリミナルズの間で大喧嘩が起こる可能性は無きにしも非ずでしょ?」
クスリと妖しげに笑い私に視線を向けたラスティ君は、


「まぁ、アリスちゃんにそれほどの価値があればの話だけどね」


なんて馬鹿にしたように言う。



「…何が言いたいのか分からないわ」


「嘘だよ。分かってるくせに。ちょっと期待したでしょ?」


「期待?馬鹿ね」



もしあの傲慢雇い主が私の為にこの組織と喧嘩するようなことが起きたとして、その時私が何か感じるとしたら、不満だけだ。


「完全に私の過失とも言えるこの状況下で、あいつの助けを全面的に借りるなんて、私のプライドが許さないわ」



唐突に、ラスティ君がガタッと椅子から立ち上がり、高らかに笑いながら私の方へ近付いてくる。



「アハッ、アハハハハハハハハハハ!アー、面白いなァ、アリスちゃん!かーわうぃい。あいつが大好きなんだね?やっぱアリスちゃんの中心にいるのはいつでもどこでもあのヤブ医者なんだ?」



座っている私の顔を覗き込んだラスティ君は、いつも以上に下衆な表情をしていた。



「すっっっっっっげぇ腹立つ」



近い、と思った時にはもう遅く。


拘束された両手は思ったように動かせず。



――ふにゅ、とラスティ君の柔らかい唇が私の唇に重なった。





刹那、アランがラスティ君の肩を掴んで勢いよく引き戻す。



「何勝手なことしてんだ、」


「え?ちゅーだよ?……ウッ、」



きょとんとして答えたラスティ君の腹部に、アランは軽い…いや、多少重め?のパンチを食らわした。


不意打ちで効いたようで、ラスティ君はお腹を押さえながら苦しそうに姿勢を低くする。



「いってぇぇ…。んもー、何ムキになってんの?ちゅーなんてただの唇と唇の接触じゃあん?別に舌も入れてないし~。アランてば、まるでアリスちゃんの護衛だね」
「いいからこいつから離れろ。何でんなこと…」


「だあってアリスちゃんムカつくんだもん。いつまで経っても思うようにならないっていうかー」


「遊ぶのも大概にっ、……」



最期まで言わせまいとするかのように、ラスティ君はアランにもちゅっと音を立てて軽いキスをした。



え………。



「ほらね?僕、アランにだってできるよ」



にこりと可愛らしい笑顔を見せるラスティ君と、青筋を立て口元をひくつかせるアラン。



「……そういう問題じゃねぇんだよ、このガキが!」


「2つしか変わらないのに~」


「あんまふざけてっとしめっぞコラ」


「いいよいいよ!久しぶりに殴り合いでもしちゃう?萌えるなー」


「何高揚してんだてめぇは!」



アランがラスティ君に思い切り蹴りを入れようとし、ラスティ君はラスティ君でそれを上手く避け、すぐさま体勢を整えてアランに掴み掛かった。


アランはその手を捻りラスティ君を押し倒そうとするも、ラスティ君はするりと逃れ距離を取る。


意外と良い勝負なんじゃないかしら。


仲間同士の喧嘩だというのにやたら動きが速くて目が痛くなってくる。


2人共口元に笑みが浮かんでいるし、楽しんでいるらしい。




それにしても、ここは私が怒るところであるはずなのに、アランの方が先に怒ったからタイミングを逃してしまった。



一応年頃の女である私の唇を無断で奪うってどういうことなのかしら?


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