マイナスの矛盾定義
「どう?アリスちゃんの運命が全部僕の手にある気持ちはさ!あ?苦しいでしょ?苦しいよなァ?――もっと苦しめばいいのに」



人の、こんなにも憎悪に満ちあふれた声音を、私は初めて聞いた。
「あの日、あの時!“春”が研究所から逃げた日!君達の組織と僕達の組織が鉢合わせした日!あの銃撃戦が起きた日!お前がぶらりんを殺そうとした日!“春”がぶらりんを庇って死んだ日!ぶらりんが“春”に恋に落ちた日!“春”の死体がお前らに回収された日!――…僕の妹が殺された日!僕の妹がお前によって殺された日!僕の妹が毒薬によって苦しんで死んでいった日!

あの日のことは、本当に、いつまでも忘れらんなくてね?一秒一秒、映像のように思い出せるんだよ。僕、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとお前のことを考えてたよ?どう復讐してやろうか、どう殺してやろうか、どうやれば身も心もぐちゃぐちゃにできるか――ずうううううううっっっっっっと考えてたんだよなぁ!感謝しろよ。お前みたいな残忍な人殺しのことをこんなにも考えてやってんだからさぁ、え?ベルを返せよ、僕に返せ!!!!!!

お前を殺したら、きっとベルは救われる。ベルを助けてあげなくちゃ。お前をお前をお前をお前を殺し殺し殺して、殺して殺して、ベルをベルをベルをベルを助けてあげる。そし、そしたらァっ、僕も救われるんだァ……、ねぇねぇ、そうでしょ?そうだよね?そう思うよね?早く早く、ベルを助けてあげなくちゃ。お前を苦しめれば苦しめるほど、ベルの心が和らぐんだよ。ほら、ベルだってそう言ってるよォ。今までで一番嬉しそうな声で僕を呼んでる。えへへ、えへ、えへ。嬉しい…嬉しい嬉しい嬉しいよぉ。ベルが嬉しそうにしてる。僕を褒めてくれてる。えへへ…。もっともっと頑張らなくちゃ。もっともっともっともっと…救ってあげるネ!!!!」
ラスティ君のその様を恐ろしく感じ、同時に、どうしようもなく胸が詰まる思いがした。



「わざわざ助けに来るほど大事な子を、たった1人で身分秘匿捜査させたのが運の尽きだよ?アハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!……~ッハァ~。その歪んだ愛情が命取りになるとも知らずに」



シャロンは黙っている。黙ってラスティ君を見据えている。


人から憎悪の念を抱かれるのは、慣れっこだとでも言うように。


そして、暫くしてから口を開いた。







「もう1度言うけどぉ、“この状況で”アリスを人質にしようとしたって無駄なんだよねぇ」


「はァ?」



つまらなさそうに伸びをするシャロンは、ついでに欠伸までして。


ラスティ君はイライラしたように顔から笑顔を消し、眉を潜めた。


シャロンが何を考えているのか、今は私にも分からない。


ここまで余裕でいられる秘策か何かがあるのだろうか…。



と、シャロンはふふっと可愛らしい笑みを浮かべて。













「――リバディーに潜り込ませてる俺らの仲間が“1人”なんて誰も言ってなくなぁい?」




しん、と場が静まり返った。
ラスティ君の視線が、ゆっくりと私の方へと向けられる――正確に言えば、私の後ろにいる、陽の方へ。





「あーあ…バラさないでくださいよ、――ボス」




それは、以前エリックさんをボスと言っていた声音とは、全く違った物だった。



「んなこと言ってもぉ、この状況を打破するにはバラすのが手っ取り早いでしょ。このクソガキ、ヒステリックなんだもん。こわいこわぁーい」


「まったく…俺の培ってきたこの組織の連中との長年の信頼関係が今この瞬間パァっすよ。まぁ、こういう時の為のスリーパーでもあるんすけど。…あ、アリスちん、痛くしてごめんな」



陽は力で押さえ付けていた私をあっさりと離した。



「まぁ、お仕事お疲れ様。今日で任務は終了、ってことでいいよぉ。随分と頑張ってくれたみたいだしぃ、報酬は弾むよ?」


「有り難いっす。…つっても俺そんな金使わないんすけどね」


「じゃあわざと少なめにしとこぉ。どうだったぁ?この組織の一員としてずっと働いてみて」


「んー。割と楽しかったすよ。食堂の飯がうまかったっす」


「ひどぉい、浮気者。俺らの組織よりこっちのご飯?」


「その言い方やめてくださいよ…!俺が、クリミナルズの一員だってことくらい、忘れたことはねーっすよ」




……私を初めて見た時驚いたような顔をした理由。


都合良く屋上の存在をメールで教えてくれたことも、これで納得がいく。


もしかしたら、あの時アランの前で機密事項を喋ろうとしたのも、私を逃がそうとしてくれたからかもしれない。




――…こいつは、私達の仲間なんだ。
「なるほどね。確かに、付き合いの長い陽くんがスパイだったっていうのは想定外だな。途中から飼われたの?それとも最初からかな?」



今まで仲間だった人間が敵と分かったというのに、ラスティ君は酷く落ち着いている。



「俺はスリーパーとしてこの組織に入ったんで、最初からラスティさん達の敵だった、ってことになるな。ごめんちゃい」



戯けるように答えた陽にすぅっとラスティ君の目が冷ややかになったが、その口元は変わらず弧を描いていた。



「クソほど萌えるね」



今更だけれど、きっとこれは復讐云々関係なくラスティ君の性質なんだろう。


……自らの予期しない展開を心から楽しむタイプ。



「面白くてたまんないよ。アリスちゃんを使って苦しめた後で、ここでそこのクソ野郎と一緒に死んでも構わないと思ってたけど……どうやらそうもいかなくなったみたい」



やっぱり、ラスティ君は復讐を終えたら死ぬつもりなんだ。


きっと彼は妹の死に捕らわれている。彼の生きる目的は復讐。



……でも…。


「本当に彼の妹に毒物を打ったの?」



どうしてもそれが引っ掛かる。何の理由もなくシャロンが幼い子供に毒を使うだろうか。


シャロンは余程の理由が無い限りそんなことしない、それだけは分かる。



「責任は俺にあるねぇ」


「責任って何の、」


「アリス、良い子だから後でね?……で、この階は俺ら以外誰もいないのぉ?君のお仲間は全員下の階にいるのかな?」



詳しく聞こうとしたけれど、今答えてくれる気はないらしい。


シャロンは私からラスティ君へと視線を戻した。
「言ったじゃん?そろそろ来ると思ってた、ってね。こっちもこっちでそれなりの用意はしてるんだよね。僕以外の人間がいたら逆に邪魔になりかねない」



確かに、今この階にはアランもブラッドさんもいない。



「ふぅん…じゃあ人がいないって前提で、遠慮なくぶっ壊させてもらうねぇ?」



シャロンはラスティ君に見えない角度でズボンから瓶とライターを取り出し、瓶の先の布らしき物に火を付け、ラスティ君の背後へ投げる。


瓶がラスティ君の向こうにある壁に当たると奥の通路は炎上し、一気に火が広がっていく。



火炎瓶か…シャロンが使用したのはおそらく通路を塞ぐ為。



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