マイナスの矛盾定義
「どういう用意をしてたのか知らないけどぉ、俺を奥に誘き寄せて罠に嵌めようとされても困るから、先に手を打たせてもらったよ。……あと、」



シャロンはズボンの片側から日本刀を出し、鞘から抜いた。



「小型爆弾を所持してるみたいだけどぉ、接近戦じゃなかなか使えないでしょお?」



距離を取ろうと後ろへ行けば火が燃え盛っている。かと言ってこの距離で爆弾を投げれば自分が巻き込まれる可能性もなくはない。


ラスティ君は珍しく苛立ったように舌打ちをし、その顔からは笑みが消えた。



続いてシャロンは容赦なくラスティ君を刀で斬り付け――たと思ったが、ラスティ君はギリギリのところで避け、刃が擦った程度で済んだ。


炎で動ける範囲を狭めたのは良い考えだと思うけど、動いているうちに位置が逆転したら終わり。


エレベーター側にラスティ君を来させたら、形勢逆転ということになってしまうだろう。


シャロンならうまくやると思うけど…相手はあのラスティ君だし、大丈夫なのかと少し心配になる。
「じゃあアリスちん、そろそろ行くぞ」


「え?ちょっ…」



陽はエレベーターのボタンを押し、私を引っ張って自分の方に寄せる。



「ちょっと、シャロンはどうするのよ?」


「俺はこいつを止めておくよぉ。この組織一の策略家みたいだしぃ、野放しにしてたら面倒そうじゃん?」


「でも早くここを出ないと、」


「何勘違いしてんの?俺、別にアリスを助けに来たわけじゃないんだけどぉ。目的は別にあるから、まだここにいるよ」


「…え?」


「俺はちょっと敵組織にダメージ与えてやろうと思って来ただけだしぃ。あとは自力でここから逃げ出してねぇ?」



なるほど…シャロン達の目的はあくまでもこの組織の破壊。私はついでみたいなもんってことね。



「…因みに俺は“独断で”アリスちんの手助けすっけど…それなら文句ないっすよね、ボス?」


「ふぅん。まぁ、いいんじゃなぁい?俺は関係ないしぃ」



陽はウィンクしてシャロンに許可を取ったが、可愛くなかった。



「それにぃ。この子は手を怪我してるみたいだし、俺1人でも問題ないでしょ」



私が噛んだから傷口が開いたんだろうか。


ラスティ君の手に巻かれた包帯からは血が滲み出てきている。痛みでかなり動かしづらそうだ。




と、そこでエレベーターのドアが開く。



しかしラスティ君もただで逃がす気はないようで、怪我をしていない方の手でこちらへ向かって何かを投げてきた。


エレベーターへ乗り込む私達――いや、陽の方へ投げナイフが飛んでくる。


同じく投げナイフを持っていればそれで跳ね返すところだけれど、あいにく今の私は何も持っていない。


このスピードでこの角度じゃ避けるのも難しい――なら、多少怪我はするだろうが私が手で受け止めて――。
と。私の隣の陽が瞬時に上着の中から投げナイフを取り出し、こちらへ向かってくる投げナイフに投げ当てて跳ね返した。



エレベーターのドアが閉まりほっとして力が抜けると同時に、“私ならこうする”というようなことをやってのけた陽に違和感を覚える。



「…ひょっとして武器の使い方、同じ人に習ったのかしら」



私達の組織では、幼い頃から必要とあらば武器の使い方を教えられる。


陽も組織の一員なら、偶然先生が同じ人だったとしてもおかしくはない。



「はあ?アリスちんに武器の使い方教えたの俺だからな。マジで覚えてねーの?」


「えっ…」



嘘だ。全く記憶にない。



「つか、アリスちんがボスに拾われた時期に俺いたんだけどなー」


「昔すぎて…ごめんなさい」


「まーその後俺この組織でスパイ活動することになったし、それから一度も会ってねーんだから忘れて当たり前か。アリスちんがここに来た時は相当ビックリしたんだからな?ボスから何も聞いてなかったし」





ふとエレベーターが6階へ向かっていることに気付く。



「1階へは行かないの?」


「このまま行くのは危ねーからな。アリスちんを逃がさないように1階にはかなりの人数が集まってるはずだ。クリミナルズの幹部も結構な数が来てるらしいけど…殺さないっつーハンデがある分、こっちに不利っしょ?」



それを聞いて安心した。本当に誰も殺さないようにしてくれているんだ。


シャロンはさっき私を助けに来たわけじゃないって言ってたけど、私のお願いはちゃんと聞き入れてくれているらしい。




そんなことを考えているうちにエレベーターのドアが開き、真っ直ぐ続く6階の廊下が目に入った。


左右には部屋のドアがどこまでも並んでいる。


陽はいくつもある部屋のドアからエレベーターに最も近いドアを開き、私を押して中へ入った。
おそらくこの組織のメンバーの誰かの部屋なのだろう、生活感がある。


陽は部屋のクローゼットを遠慮無く開き、私に何やら固い服を投げてきた。



「今すぐそれ着てな。6階のメンバー用の制服だ。帽子もある。少しは目眩ましになるだろ。俺がスパイだっつー情報が回るのも時間の問題だし、早く着て早く行こうぜ」



それもそうだと思い投げ渡された制服とやらを上から着て、靴を履き、帽子も被り、すぐに部屋を出る。仕事柄、早く着替えることにはそれなりに慣れている。


私の後に付いて部屋を出た陽はエレベーターの【1】のボタンを押し、私に告げた。



「俺とはぐれるようなことがあれば、1階のどこかで待っててな。この組織の制服を着てても黒髪で攻撃を仕掛けてこない女ならアリスちんだと思えってことになってるから、クリミナルズの連中は襲ってこない。1人で外へ出るのは危ねーから必ず待ってろよ」



私が頷くと、陽は腕時計で時間を確認し――




「――どういうことなの?陽」



後ろから聞こえてきた声に、一瞬動きを止めた。


私が振り向くと同時に陽も振り返り、ふうっと溜め息を吐く。少し焦っているようだ。



「ラスティ君から連絡が来たの。陽がスパイだって。みんなに知らせろって。…嘘でしょ?」



ダークブラウンの髪を三つ編みにしたその女性は、こちらを警戒するように見つめる。



「その子、アリスちゃんでしょ?どうして今、一緒に…」



もう1人の指揮官であるチャロさん。


陽とは長い間共に仕事をしてきたはずだ。
「アリスちん、ここは俺が止めるから先行ってて」


「分かった。行くわ」


「ちょっとは躊躇えよ!」


「貴方がどうなろうが知ったこっちゃないもの」


「……すぐ追いつく。絶対に捕まるなよ」


「あなたもね」




エレベーターのドアが開き、私は急いで中へ入った――中に人がいる可能性を忘れて。



「……っ、」



その人物が目に入った瞬間戻ろうとしたが腕を掴まれ動けず、背後ですぐにドアの閉まる音がした。


いくら6階のメンバー用の制服を着ていたとしても、この人にならすぐバレる。






「ブラッドさん…」



私の目の前に立つ男の人は、無表情で私を見下ろしていた。


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