マイナスの矛盾定義
私は彼を騙していたのだ。私の格好を見れば、私が今の状況を利用して逃げようとしていることくらいすぐ分かるだろう。





「――知っていましたよ、君が俺のことを好きでないことくらい」



その言葉に顔を上げると、そこには“君のことが俺に分からないとでも思いましたか?”と問い掛けるように薄く笑うブラッドさんがいた。



「ただ…一時の夢を見たかったんです」



私の腕を掴んでいたブラッドさんの手が、私を離した。



「彼の所へ行くのでしょう?あの日俺の目の前で君を拾った彼の所へ」



何も言えない。



「緊急事態です。俺は行かなければならない。…この組織の司令官として」



何を言っていいのか分からない。



「……奪ってやれば良かった。怪我さえしていなければ、体が言うことを聞けば、あの時彼に君を渡したりしなかったのに」





この人はただ、


「君を拾ったのが、俺なら良かったのに……っ」



――本当に私のことが好きなのだ。
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