マイナスの矛盾定義
「私はまだ許してないわ。謝罪はいらないから金が欲しいところね。今度は何億要求しようかしら?」


「億単位かよ…。あとアリスちん、マジで顔怖いから。落ち着けって。見ろよ、ジャックの腕」



なだめてくる陽の言う通りジャックの腕に目を向けると、包帯でぐるぐる巻きに固定されていた。雑な巻き方だ。



「それは…?」


「シャロン君に何本か折られちゃってね。まぁ、これくらいで済んで良かったってところだね。キャシーなんて血走った目でチェーンソー持ち出したくらいだし」



キャシーが?こ、こわ…。
「ほらな?ジャックへの仕返しは他の奴らがもうしたみたいだし、多少は許してやれよ」


「陽、あなたどっちの味方なのよ?そもそもジャックはこの組織に所属してもいない人間よ?ここに出入りしていることでさえ疑問に思うべき相手と、正式な構成員の私、どっちを庇うのが正しいのかくらい分かるわよね?骨を数本折られた程度で許せ?ふざけたこと言わないで」


「まぁまぁ、怒らない怒らない。聞いた話じゃ、ジャックはアリスちんをさらわせた後自分でボスに連絡してるんだぜ?目的を果たす為にアリスをリバディーに売りました、助けに行ってくださいってな」


「はぁ!?意味が分からない!そんなこと言うなら最初から売るなって話でしょ?こっちがどんな目にあったと思って…!」


「おう、それは知ってる。大変だったなーアリスちんも」


「そう!大変だったの……うう…」



思わず涙ぐんでしまう。最初のうちはどれほど不安だったか……。


我ながら情緒不安定だとは思うが、陽のことは何だか兄的存在のように思えてきて、陽の前では感情の起伏が激しくなってしまう。


やっぱりどこかでこの組織に来た時のことを覚えているんだろうか。でも、最初見た時この人知ってる!とは思わなかったのよね…。


幼い私にとってはシャロンの存在感が強すぎたのかしら?武器の使い方を教えてくれた人のことなんてよく意識していなかったのかもしれない。



「アリスちんが捕まったのは報告されてたのに、早く助けられなくてごめんな?」


「…陽が悪いんじゃないわ…」



ジャックには今後も研究の調査のために協力はしてもらうけど、信用は絶対にしてやらない。


もっと言えば、ジャックを信用した私も悪い。注意不足と言われればそれまでね。
「アリス!ここにいましたのねっ!」



急に部屋のドアが勢いよく開かれ、そこにはいつもの如くゴシックファッションの少女キャシーが立っていた。



つかつかと私の方へ寄ってきて、小声で話し掛けてくる。



「帰ってきてからシャロン様にべったりで内密に話し掛ける機会がありませんでしたのよ…。ちょっと今からお茶しません?」


「お茶?じゃあ、陽も一緒に…」


「2人っきりでですわ!」


「え、ええ…分かったわ」



キャシーの形相からするとただ事ではないのだろう。


訓練の時間が終わったらシャロンといることになっている。一緒にいない時間を延長したらシャロンは不機嫌になるに違いない。…やむをえない。訓練の時間を削ろう。



「陽、私から頼んでおいてごめんなさい、今日はここまでで終わりにしていいかしら?」


「ん?あぁ、俺は明日も時間はあるし構わねーよ」


「ありがとう。じゃあ、また明日」



私はキャシーに付いて部屋を出た。


シャロンから外出禁止と言われているため外には出掛けられない。


でも、今お茶しに行くと言ったらあのカフェだろう。




私のいない間にクリミナルズは随分変わった。


バズ先生の働きかけもあってか教育の面で充実するようになってきたようだし、どこを見ても自由で工夫された生活が目立つ。



まだ犯罪行為で資金を稼げない幼い子供達が、クリミナルズ限定のカフェをつくり、そこでお金を稼ぐようにもなっている。
クリミナルズという組織の中でお金が流れているだけであり、一見組織自体の稼ぎにはなっていないようにも思われるが、カフェでは組織の構成員が個人として所有しているお金が使われ、そのお金を受け取って一部を組織側に回すことで組織の資金にもなる。


カフェは今組織内でブームになっていて、カウンターや通常のテーブルの他に、個室も利用しているので2人っきりになるにはちょうどいいだろう。自分の部屋に戻ってたらシャロンに見つかって絡まれるかもしれないし。



予想通りキャシーは例のカフェに向かい、即座に個室に入って注文をした。


デザートも注文できるが、シンプルに珈琲を2つ。


小さい子がとことこ注文を聞きに来て、とことこ出て行って、とことこ珈琲を持ってくる。


…可愛い。癒される。珈琲も普通に美味しいし、これは流行るわね。




それにしても、わざわざ探しに来るほどの用件って何なのかしら。


じっと見ていると、キャシーは言いにくそうに切り出した。



「その…相談、なのですけれど。私、相談ができるほど深い関係の友達がいないんですのよ。ですから仕方なく身近な女性であるあなたに…」


「え?私達って友達じゃなかったのかしら?」


「ぶふぉッ!」



キャシーは勢いよく珈琲を吹き出し、慌ててティッシュを取り出しテーブルを吹き始めた。



「な、ななななな何を恥ずかしいことをおっしゃっていますの!私達はライバルですわ!友達ってあれですのよ!?仲良くお喋りしたり一緒に食事をしたりするんですわよ!?」


「今まさにそうじゃ…」


「違いますわーっ!これは違いますわーっ!!」



キャシーは叫びながらぶんぶん頭を横に振る。正直うるさい。
「はぁ…それで…相談っていうのは何なの?」



私の質問にまた黙り込んでしまったキャシーを珈琲を啜りながら待っていると、暫くして口を開いた。




「バズ君が………………私に恋情を抱いているかもしれないんですわ」



えええええ。それはないんじゃないかと言おうとして、一連のバズ先生の行動を思い出してみる。


バズ先生がキャシーをいじめている図しか思い浮かばないけれど、考えようによっちゃ好きな子いじめる男の子に見えなくもない。


何より人の気持ちは分からないし…一概には否定できない。



「何かそういう素振りがあったの?」


「素振り、というか、バズ君が私をからかうのはいつものことなんですけれど、好きというようなことを言われまして…そんな風なネタでからかわれたことは今まで一度もないんですわ」



なるほど。でも、キャシーならシャロン以外の人間にそんなこと言われても軽く無理だと即答しそうなのに、相談するほど気にしてるってことは…。



「関係を壊したくないとかそういうことかしら?」


「まさにそんな感じです。単にからかわれたのかどうかも分からず、それに対しては何も言っていませんわ。バズ君の方も追求してきませんし」



本人じゃないから分からないけれど、からかわれている可能性が最も高い気がする。



それでも不安そうなキャシーの表情を見ていると、何だか他に隠していることがあるように思えた。
「それに関係して何か別の悩み事があるの?」


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