マイナスの矛盾定義


episode01







〈 シャロンサイド 〉




きっと俺が泣きながら縋れば、アリスは俺の傍にいてくれただろう。俺から離れていかなかっただろう。


そんなことは分かり切ってる。


なのにそれができなかったのは――何でだ。




「あーあ。嫌われたっすね」



アリスを追ってキャシーがいなくなった後、陽は俺に苛むような目を向けた。



「いつアリスちんが帰ってくるかも分からない状況で如月からの電話に出るからっすよ」


「しょーがないじゃん。あいつ、最近俺が電話に出ないだけですぐヒステリックになるしぃ」


「あー……。あいつも困ったもんですね。今回は何の用事だったんすか?」


「前と同じだよぉ。アリスと会わせろ会わせろってうるさい。アリスがリバディーに保護されたことでやっと接触しやすくなったのに、俺らが奪い返したから機嫌悪いの。俺はアリスと如月を直接会わせることは避けてるからねぇ」


「…アリスちんは男にも女にもモテすぎっすね」



激しく同意する。


アリスの魅力を知ってるのは俺だけでいいのにねぇ。




舌打ちをした俺を見て陽は面白そうに二カッと笑い、怪我人とは思えないほど明るい声で言う。



「いやーそれにしても見事な開き直りでしたね!さすがボスっすわ!」


「傷開こうかぁ?」


「うっわすんません!ちょっやめてください!マジで死にます!」



少し痛い目に合わせてやろうと思ったが、確かにこの状態でやると死ぬのでやめてあげた。




陽は俺と如月の関係を知っている。


もちろん俺の目的も。


だからといって俺に協力はしないし、アリスに告げ口するような真似もしない。



この件に関しては、俺が何か命令しない限りは傍観者でいるというのが陽の基本的なスタンスだ。
「でも、マジでどうするんすかボス。ボスのせいでアリスちん動揺して戻ってこないじゃないっすか。キャシーも追っかけてっちゃったし」



これ以上怪我人を増やしたくないし、本当はキャシーだってそう簡単にウロウロさせるべきじゃない。


…が、彼女はなんだかんだでアリスを大切に思っているし、止めたって聞かなかっただろう。


アリスの心配ばかりしてるけど、自分もクリミナルズの一員だっていう自覚はないのかなぁ?



「強力な敵のいるこの船上で、そう長く放ってはおけませんよ。特にアリスちんはつい数ヶ月前までリバディーにいたんすから、連中の中には顔知ってる奴も多いでしょう」


「その割には落ち着いてるねぇ。本当は大丈夫だって思ってんじゃないのぉ?」


「…まぁ、そっすね。焦るだけの気力がないってのもありますけど、アリスちんに関しては問題ないって思ってます」


「お前が鍛えてるんだしねぇ。そりゃ強いでしょ」


「ええ、まぁ。今なら武器も持ってるでしょうしね。…それに…たとえリバディーで最も恐れられている3人組の連中を相手にしても、アリスちんなら別の意味で大丈夫だと思ってます」


「別の意味ぃ?」


「いや…あくまで俺にはそう見えたってだけで実際どうかは知らないんすけど、あの3人アリスちんにご執心みたいっすからね。スパイ活動中そこそこ仲良さそうでしたし」



死ねばいいのに。



「あ、今ボス物騒なこと考えましたよね?顔怖いですよ」


「そお?」


「まぁまぁ、アリスちんが厄介なのに好かれるのはいつものことじゃないっすか」
陽と話しているとまた部屋の呼び出しベルが鳴り、キャシーが入ってきた。



「アリスを完全に見失ってしまいましたわ……。状況がよく分からないんですけれど、どうなっていますの?あきらかに様子がおかしかったですわ」



キャシーが俺たちに疑いの目を向けてくる。


陽はバツが悪そうに俺を見た。



説明しなければいつまでも追及してこられるだろう。


今ここで言ってしまった方が楽だ。


「俺のせいだよ」



アリスにバレたのだから、キャシーに隠しても意味がない。



「マーメイドプランの中心人物である如月と、俺は協力関係にある。アリスはさっきそれを知ったんだ」



俺の言葉に、キャシーは戸惑いを隠せない様子だ。



「どういうことですの…?協力関係って…」


「如月は昔クリミナルズのメンバーだった。アリスと出会う前から、俺は如月と繋がりがあったってことぉ」



キャシーが険しい表情になったが、俺は続けた。



「ずっとアリスがマーメイドプランの情報を得ないように裏で妨害してた。マーメイドプランに資金提供もした。…アリスの目的を知っていながら。ね、最低でしょお?」


「……どうして……」


「アリスとずっと一緒にいたくて」



陽にしか言ったことのなかった隠し事を、アリスにバレることさえなければきっと一生言わなかったであろう本音を、俺は吐き捨てた。
言ってしまった後、これで良かったのだと感じた。



「軽蔑したぁ?」



キャシーは俺に恋愛感情を抱いているが、俺はキャシーの思っているような素晴らしい人間ではない。


キャシーの大切な友人の頑張りを裏で阻害してきた卑怯な男だ。



「…私はシャロン様を慕っております。軽蔑するなんてことあり得ませんわ。ですが……1つ思うことを言わせてください。シャロン様は、アリスのためにアリスを好きなのではなく…自分のためにアリスが好きなのではありませんか」



そうだ。俺の好意は純粋な好意とは言えない。


好意と呼べるのかすら分からない。



「キャシーの言う通りだと思うよ。俺は今も昔も、自分のことしか考えてない」



キャシーはなぜか悲しそうな表情をした。



何か言いたそうにして、しかし何も言わず一度口を閉じ、俯いて聞いてきた。


「…いつから、そんなことを考えるようになりましたの?」



そんなことって、どれのことだろう。


アリスと一緒にいたいと思い始めたのがいつかってこと?



いつから…いつからだったかなあ。


それこそ、一番最初からだったんじゃないだろうか。



「始まりはアリスとの出会いだよぉ。アリスとの出会いが、俺や如月を変えた」



それが良いことだったのか悪いことだったのか、俺には今でも分からない。





ただ――あの瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。


俺は1人の少女を殺した。




正確には、“敵の男を殺そうとした時急に出てきた少女を誤って打ってしまった”だけどねぇ。
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