マイナスの矛盾定義
アリスと出会ったのは、俺がクリミナルズのリーダーになってからまだそれほど経っていない頃。



風が暖かく、桜の舞う季節だった。




「どーするんすか、その子」


呆れ顔で俺を見てくる陽。



そんな俺たちの前、ソファの上で寝ているのは――“不老不死”らしい女の子。



「しょーがないじゃん、拾っちゃったんだもん」


「その子、やばい研究に関わってるみたいじゃないっすか。もっとリーダーとしての自覚持ってください。気まぐれでそんな爆弾みたいな子拾うなんて…」


「いいねぇ、爆発させてみたいなぁ」


「……」


「そんな目で見ないでよ。俺の行動が不満ならお前がリーダーになりゃ良かったじゃん、陽」


「茶化さないでくださいよ。先代が選んだのはあんたです」


「あぁ、あの人も謎だよねぇ。なーんで俺選んだんだろ?大切な組織だろうに」


「任せられると思ったからじゃないっすか」



ますます意味分かんないなー。


俺だと逆にメチャクチャにしそうとか思わないのかねー?
「とにかく、猫じゃないんですから厄介なの連れてこないでください。敵増やすだけですよ。指名手配されてんだから警察かリバディーが来る可能性は高かったし、そもそも俺はこの子を見に行くこと自体反対だったんです。他の奴らが興味持ってどうしてもって言うから仕方なく付いてったものの…案の定銃撃戦!こういう無茶はするにしてももっと組織自体が安定してから……って聞いてます?」



陽の説教よりも、俺の興味は視線の先――ソファの上の少女の“死体”にあった。



俺が敵組織の司令官を撃とうとしたら邪魔しやがった女の子。


不老不死ってことは、そのうち生き返るのかなぁ?




俺は彼女に薄い布団を掛け、その黒髪を撫でた。



「……奪われちゃったんだよねぇ」


「は?」


陽が怪訝そうな表情を向けてくる。



「あの時俺、この子に見とれちゃってた。興味が湧いたっていうか。不思議に思えて。俺、理由を説明できないような行動をいきなりする子って理解できないんだよねぇ」


「説明できないような行動?」


「だってそうでしょお?多分この子とさっきの組織の司令官、赤の他人だよ。あっちはこの子を捕まえようとしてたのに、それを庇うって馬鹿みたいじゃない?俺らが戦ってるうちにさっさと逃げれば良かったのに。それとも、もう逃げられないって諦めてわざと捕まろうとしたのかなぁ?」
この小さな体が再び動くようになったら、聞かせてくれるんだろうか。


どうしてあんなことをしたのか。


俺の理解の範疇を遥かに超える行動をした理由を。




「…多分、この子はあんたなんかよりもっと人間らしい人間なんじゃないっすか」


陽が興味なさげに言う。


分からない。不老不死のこの子よりも、俺の方が人間らしくないって言うわけ?


俺にとっちゃ他人のために死ぬことの方がよっぽど人間っぽくない行為だし、理解できないんだけどなぁ。





陽はちらりとソファの上を見て、


「生き返ったら寒いかもしれませんし、布団かけておきましょうか」



なんだかんだ言っておきながら彼女の死体を気遣っていた。
それから数週間、彼女は目を覚まさなかった。


最初のうちは興味を持った奴らが頻繁に部屋まで見に来ていたが、全く動く気配のない彼女に飽きたのかそのうち誰も見に来なくなった。




――ただ1人を除いて。



「如月、もう遅いから自分の部屋に戻ったらどうなのぉ?」



もう日付は変わっているというのに、如月はずっと死体を見つめている。


一体何時間そうしているつもりだろうか。



如月は俺の問い掛けに返事をしない。


余程見入っているのだろう。



少々イラッとして、今度は少し大きめの声で問うた。


「いつまでいるつもりぃ?」



ようやく俺の声が届いたのか、如月はこちらに視線を向ける。



「……この子…本当に不老不死なのかな…」



俺の質問に答えろよ、と内心舌打ちしながら投げやりに答えてやった。



「本当にそうかどうかなんて判断のしようがないよぉ。いずれ自然に起きるのかもしれないし、外部から何かしなければ生き返らないのかもしれない。本当にただの死体なのかもしれない」
「ただの死体…じゃ、ない……あなたも分かってるでしょ……」



確かにそうだ。普通の死体なら今頃腐っていてもおかしくはない。


死体にしては、彼女には全く変化が見られない。



「何にせよ普通の身体じゃないのは確かだろうねぇ」



俺の言葉に満足したのか、如月は嬉しそうに頬を染める。



そして、


「この薬、試してみようかな………」


ポケットから注射器を取り出した。



「……それは?」


「あなたたちが銃撃戦をしている間、敵の女の子に打った毒薬…」



また悪い癖が出たのか。


如月は事あるごとに不必要な生物実験をしようとする。


対象は人間を含む。


如月がこんな女だから、組織内じゃ如月関係の噂が絶えない。


如月は個人の研究室を隠し持っていて、そこでヒトのクローンを大量につくっているだとか。


如月は組織の人間を毎晩1人ずつ眠らせて部屋に運び、人体実験のための犠牲にしているだとか。



どれも証拠がないし本人は否定してるからこっちからは何も言えないけど、どの噂が本当でも如月ならあり得る。



「随分効いたみたいだったから……この子に試したらどうなるんだろうって……」



そう言って注射針を彼女の皮膚に近付けようとする如月。
「そーゆーの、どこで買ってんのぉ?」



如月は常に何かしら毒薬を持っているが、出かけているところを見たことがないので疑問だった。


「これ……私がつくった新薬」


…マジかよ。


如月が何か怪しい薬をつくっていることは知ってたけど、そんなポンポン毒薬がつくれるもんなのかねぇ。



「阻害剤を見つければいいだけだから簡単…」



簡単に聞こえないんだけどぉ。



「優秀な毒薬みたいで……めでたく研究員になれた」



何を意味しているのか分からず続く言葉を待っていると、如月は俺にとって耳を疑う話をし始めた。



「この薬……マーメイドプランの研究所に寄附したの。動物実験に適してるってね」


「はぁ?……お前、マーメイドプランの研究所に連絡したの?」


「え…?あぁ……この子がここにいることは教えてない……。研究所の連中も、リバディーの連中も、この子は私たちがどこかへ売り飛ばしたと思ってる……」



まぁ、そうだろうねぇ。俺が情報操作したし。



「マーメイドプランに興味があるとだけ伝えて、この薬を送ったら…代表者……多分この子のお父さん……が研究員にならないかと誘ってくれたの……」



マーメイドプランの代表者が最重要実験体の父親?


どうなってんの、その研究。


実の娘を実験の材料にしたってわけぇ?
「あ、そうだ……」



如月がふと注射針を彼女の皮膚から遠ざけた。



「いらないメンバーはいない?」



「……はぁ?」



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