マイナスの矛盾定義
そう言う陽の目は、子供の成長を見守る保護者みたいだった。
れんの言う玩具屋は、タクシーで1時間ほどのそこそこ遠い場所にあった。


商店街に並ぶ店の1つ。


小さな店だが、どこよりも早く新しい商品を販売しているらしい。



「あるある!あったよシャロンさん!」



調子に乗ってうかれさわいでいるれんを見てやはり殺意を抱いてしまいそうになり、それを抑えるようにしてお金だけを手渡した。



「俺こういう店趣味じゃないから1人で買ってきて?外で待ってるねぇ」


「はーい!」



ったく、ゲーム1つで何がそんなに嬉しいのか。


子供ってよくわかんなぁい。





俺はれんが店に入っていくのを確認してから向かいの文房具店に入った。


折角来たんだし何か買わなきゃ勿体ないよねぇ。


アリスは最近勉強することが多いから、新しいペンでも買ってあげれば喜ぶだろう。








…………と思ってペンだけ買うつもりだったのに、いざ商品の並ぶ棚を見てみると色々とあげたい物が増えてきて、結局大荷物になってしまった。




アリス困るかなぁ。

こんなにいらないって言いそう。

でも必要な分は遠慮無く貰いそう。




アリスの反応を予想しながら店を出ると、通り過ぎる女性達の会話が耳に入ってきた。



「ねぇ聞いた?さっきリバディーの人が来てたんだって」


「えー嘘!何でこんなところに?」


「変な事件があったのかなー」


「そういえば、この辺に麻薬密売組織の親玉が隠れ住んでるって話聞いたことある!それかなぁ?」


「えーマジ?こんなとこに住んでんの?」


「リバディーの人が来るなら余程のことがあったんだよ!」
“リバディー”。


あの銃撃戦以来しばらく聞いていなかった単語だ。


確か情報管理組織だが、警察では手に負えない事件や犯罪者の処理を行っていると聞いたことがある。



正直なぜ他国の組織が日本までやって来て日本の治安に関わる仕事をしているのか疑問だが、これも日本とあの国が友好関係を深めている証拠なんだろう。



俺達のような犯罪組織を取り締まろうとしてくる可能性もある。



まぁ日本で活動しにくくなればまた他の国に移るだけだし関係ないか…なんて考えていると、――背後に人の気配がした。




反射的に振り返ると、



「みーつけたっ」



キャラメルブロンドの癖毛と、ヴァイオレットの瞳。


比較的細身の――子供。




……こいつ、一般人じゃないな。




不気味に笑う子供からちらりと見える八重歯が、吸血鬼のそれに見えた。




「…お前誰ぇ?」


「通りすがりの誘拐犯でーっす。お連れさんは別の場所に運ばせてもらっちゃった」



そう言えば、れんの姿が見当たらない。


買う物が決まっていたのだから、そろそろ店から出てきてもおかしくはないのに。




「あの子を返してほしければ、僕が指定した場所に丸腰で来てね?」



子供は俺に携帯を手渡し、くすりと笑みを深める。



このガキに見覚えはない。


俺に話し掛けてくるということは、俺に用があるのだろう。


そしてこんなやり方をしてくるということは……十中八九敵だ。


この場で殺すのは簡単だが、そうするとれんの居場所が分からなくなる。



「後でその携帯に連絡するから」



俺は渡された携帯をポケットに入れ、走り去るガキの背中をしばらく見ていた。
「あれ、れんはどうしたんっすか?」






部屋に戻ると、陽はまだ掃除をしていた。几帳面か。



「飽きたからお金だけ渡して置いてきた」


「ええええ……子供好きなんじゃなかったんすか…?」


「子供と出掛けるなんて俺にはまだ早かったってことだよぉ」



椅子に座って携帯を開くと、早速何かが送られてきていた。


画像付きのメッセージか……。



「ボスってそんな携帯持ってましたっけ?」



陽が不思議そうに覗き込んでくるので、反射的にホーム画面に戻した。



「俺が何個も携帯持ってんの知らないのぉ?全部使い捨てだし」


「いや、その何個も持ってる携帯の中にそんな機種なかったような気がしたんで」



………こいつ、俺の持ってる携帯全部把握してるわけ?


この観察力は敵に回したくないなぁ。



「これはさっき買ってきたやつだよ」


「ふーん…そうなんすか」



陽は納得したように掃除を再開した。




陽が離れたことを確認してからメッセージを開くと、



“2時間後この場所に来てね。お連れさんの生存確認はしたいだろうから、1時間後と会う直前にビデオ通話をかけるよ”



という文と共に、地図の画像と目隠しをされ縛られているれんの写真が送られていた。



指定されている場所は、以前リバディーとクリミナルズが銃撃戦をしたところだ。


……リバディーの関係者か。
“何者だ?”


とだけ返信するとすぐにメッセージが返ってきた。




“お前が毒で殺した女の子の兄だよ”




殺した人間なんて星の数ほどいるが、俺なら毒で殺しはしない。



ふと如月の言葉を思い出した。



  『あなたたちが銃撃戦をしている間、敵の女の子に打った毒薬…随分効いたみたいだったから……この子に試したらどうなるんだろうって……』




………あれか。




確かに俺の監督不行届きではあるが、俺が殺したわけじゃない。


……と言っても、こんな強引なやり方をしてくるガキには通用しないだろう。




「なぁ陽、お前リバディーに潜入してくんなぁい?」


「………はぁ!?いきなり何言い出すんすか!」


「厄介なガキがいるから、様子を見ておいてほしいんだよねぇ。ついでにそのままスリーパーとして長く所属してくれると嬉しいなぁ。あの組織最近力付けてきてるらしいし」


「リバディーってあの!?」


「うん」


「そんなこと急に言われても無理っすよ!」


「手続きなら俺が取るから、ね?リーダー命令」


「……ッあああああ…俺所属する組織間違えたかなああああ?とんだブラック組織じゃねーかよおおおお」



頭を抱える陽を無視して、俺は再び画面を見た。
メッセージには続きがあった。



“僕はお前を許さない”



俺に恨みを抱く人間は沢山いるが、こんなやり方をしてくる奴は初めてだ。


何が目的なのだろう。


俺を殺したいのなら単純に襲い掛かればいい話だ。返り討ちにするけど。



少なくとも罠であることは考えなくても分かる。


指定された場所に行けば、どんな方法であれあのガキは俺を陥れようとしてくるに違いない。



どうしたもんかな…仲間を連れていけば、れんが殺されないとも限らない。


俺1人で対処するしかない。



俺は画面から目を離し、天井を見上げた。



天井の染みが魔物の絵画に見えた。






ふと冷静になった。


おかしな話だと思った。


俺らしくないと我に返った。




俺はどちらが異常な自分でどちらが正常な自分なのか分からなくなった。




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