マイナスの矛盾定義
そういう人探しなら、リバディーのような国に認められている機関の方がやりやすいけど…逆に、犯罪者を探すのは同じ犯罪者集団である私たちの方がやりやすいのだ。



だから国内にいるならば本当に明日の朝までには見つけてしまう――…私はどうしたいのか。




「……どこかで待ち合わせをして、一対一で話をしたいと思ってるわ」




自分の声が少しだけ震えているのが分かる。
これは私にとってやらなければいけないこと。


今まで、あの研究の手掛かりを必死に探してきた。


なのに見つかった途端あの研究に関わるのが怖くなるなんて、どうかしてる。




「怖い?」


私の考えていることをあっさりと言い当てるシャロン。



「俺が代わりに行ってあげよっか」


嗚呼、何故この男はこういう時だけ私を甘やかそうとするのか。




――…でも。


「これは私の問題よ。雇い主の貴方に、そこまで手を貸してもらうわけにはいかない」


私だっていつまでも立ち止まっているような女じゃない。



シャロンは、「強がっちゃって」とクスクス笑う。


そして――ポン、と私の頭に手が置かれた。


何をする気だと身構えたけれど、シャロンは私の頭を撫でるだけ。




「アリスがそうやって必死に頑張ってるの見ると、どうにかしちゃいたくなる」



いつものだらしない声じゃない。どこか真剣さを孕んでいる。


ただこれだけのことで、いつものように反論できなくなる自分が不思議だ。
そんな私を見てシャロンは再びクスクスと笑う。



それから、ぶっ飛んだことを言い出した。



「頑張ってるご褒美として、今日は一緒に寝てあげよっか?」



どうやったらこの状況でそんな台詞が出てくるのか。


ご褒美どころか罰ゲームになっている。




「…報酬ならお金にして頂戴」


「んー…でもぉ、この部屋ダブルベッドしかないよ?」



……この男、最初からそのつもりでこの部屋をとったのね?



「そんなご褒美ならいらないわよ。私、ソファで寝るわ」


「まぁまぁ、たまにはいいじゃん?」


「…良くない」


「ドキドキしちゃうから?」




可愛らしく小首を傾げる目の前の男を殴りたい。



ドキドキなんてするわけないでしょ。


確かに、出会った当時はやたらと心臓に悪いことをしてくるシャロンにいちいちドキドキしていたのは事実だけど。


それも、もう慣れた。
「…一緒に寝るくらい何でもないわよ」


ボソリ。言った後でハッとする。


これこそがこの男の狙いだと頭では分かっているはずなのに。



見上げると、あからさまにニヤリとしているシャロン。


自分のシャロンに対する負けず嫌いさを恨む。




「そっかそっかぁ。じゃ、お風呂入っておいで?今日は早めに寝よ」


「……策士」


「ん?お風呂も一緒に入りたい?」


「っなわけないでしょ…!」



思わず隣にあるクッションを投げつけたくなった。


無論、そんなことをしたら倍になって返ってくるに決まっているからやらないけれど。



シャロンはふふ、とさっきよりもっと機嫌良さそうに笑う。



「何よ」


「べっつにぃ?アリスもちゃあんと俺のこと意識するようになったんだなって」
「…どういう意味?」


「だぁーって、拾ってから暫くはお風呂だって平然と一緒に入ってたしぃ。それに比べると今は随分…ねぇ?」


「昔の話をぶり返さないで」




私だってあの時は色々と不安定だったんだもの。


今の私と昔の私は別物だわ。



それに“拾って”なんて言い方、いい加減やめてほしい。


いつになったらこの男は私を人間扱いするのか…。


いや、逆に人間扱いなんかされたら違和感しか感じられない気もするが。




シャロンはそんな私の心情など露知らず、また嘘くさい言葉を吐いた。


「俺は今のアリスも昔のアリスも好きだよ」


「組織の道具として?それともペットとして?あぁ、どっちもかしら」


「んー…まぁ、否定はできないけどねぇ」



ほらね。私の雇い主はこういう男。


人間扱いなんて期待するだけ無駄なのかもしれない。




「今も昔も俺は、アリスに首輪とリードつけて足下にずぅーっと置いておきたいと思ってる」



そんな言葉を、語尾にハートマークでも付きそうな言い方で音にするシャロン。



これ以上会話しても自分が疲れるだけだと判断した私は、逃げるようにしてバスルームへと向かった。
《《---->》》
――…お 兄…ちゃ…お 兄 ちゃん…兄…――
アリスちゃんに仕掛けた機械からの電波が途絶えてから数時間。


多分壊されたんだろうなー。つまんね。


予想の範囲内だけど、早すぎ。


もうちょっと会話を聞いてたかったんだけど。



あのボイスレコーダーに録音された音声は、そのまま僕の携帯に送信されるようになっている。勿論位置情報も。


言わば、便利な盗聴器みたいなもん。



でも壊されたんじゃ意味もないよねー。


最後に受信した位置情報は割と近くの高級ホテル。



そして最後に受信した音声は、


『ちょっ…!どこ触ってんのよ…!!』

『暴れちゃだぁめ。』



―――という意味深なモノ。



これを聞いた時のアランとぶらりんの表情、面白かったなぁ。


ほんとは僕とぶらりんだけで聞く予定だったのに、アランも入ってきちゃった。


まぁどっちにしろ面白いからいいんだけどね。
……にしても。


「ねーねー、2人共ちょっとは仕事に集中しようよ」



さっきからアランもぶらりんもイライラしすぎ。


このギスギスした空気どうにかなんないかなー?


こういう空気に萌える時もあるけど、やっぱ場合によるんだよねー。




「……休暇なんてもう2度と取らせません」


ぶらりんが警察から回ってきた資料を片手にそう言った。


完全に僕の話聞いてないよね。



「ったく、何が“親みたいなもん”だ。イチャついてんじゃねぇかあの生意気女」


もはや資料に目を通すことすら放棄してイライラしているアラン。


2人共僕の声が聞こえてないのかなー?内耳神経大丈夫ー?




「まぁいいじゃん。どうせ明日には帰ってくるし」


「男女が1晩ホテルにいて何もしねぇわけねぇだろ」


「それはアランの場合でしょ?それにアリスちゃんは…、」



“ああ見えて割とウブだよ”と言い掛けてやめた。


そんなこと言ったらアリスちゃんが処女ってこと分かっちゃうかもしれないしね。


別に本人は隠すつもりないみたいだけど、今言っても面白くない。
なんて考えていると、


「乗り込みましょう」


ぶらりんが大真面目な顔でそんなことを言い出した。



乗り込むってあのホテルにー?うわ、やめてほしいなぁ。


それは僕にとっても都合が悪い。



「焦るのも分かるけどさ、アリスちゃんだって折角の休日なんだよ?邪魔しちゃダメだって。それに、許可したのはぶらりんじゃん」


正論を吐いてぶらりんをなだめる。



< 55 / 261 >

この作品をシェア

pagetop